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リオ五輪8強入り間近。男子7人制代表、ニュージーランド代表撃破の価値とは。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
先制トライを挙げた後藤輝也。すいすいと駆けた。(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

イギリスのユーロスポーツUKは、公式ツイッターで「日本はラグビーの神だ!」とつぶやいた。

日本時間8月10日未明。リオデジャネイロ五輪の7人制ラグビー男子の部が当地のデオドロスタジアムで始まり、日本代表が金メダル候補のニュージーランド代表を14―12で撃破したのだ。

日本ラグビー界は、15人制の舞台でもサプライズを起こしている。4年に1度あるワールドカップのイングランド大会が開かれていた2015年9月19日、ブライトンのコミュニティースタジアムで過去優勝2回の南アフリカ代表を34―32で制した。

同大会の白星そのものが20年ぶりとあって、「いいノイズを起こせた」と笑ったのは勝ったエディー・ジョーンズヘッドコーチ。それまでの4年間、主要メンバーを集めて長期合宿を連続で敢行。大会開催年の春から夏までは、大半の日本人選手が缶詰め状態だった。

「神」のつぶやきは、かような経緯も手伝ってのものだろう。7人制の日本代表は続くイギリス代表戦では19―21で惜敗も、予選プールCでの戦績をニュージーランド代表と並ぶ1勝1敗とし、計8チームで争う決勝トーナメント進出の可能性を大きく残している。

改めて、この大活劇の価値を考える。

「Qちゃん」は100メートル走をやらない

あのワールドカップ以来、久しぶりにラグビーに触れた人も多いだろう。なかには、「あれ? 五郎丸は出ていないの?」と思うファンがいても不思議ではない。イングランドで名ゴールキッカーの仲間入りを果たした五郎丸歩なら、すっかりラグビーから離れた視聴者もテレビCMなどで目にしているからだ。

オーストラリアのレッズというチームで怪我をしているから、というのが最も問題のない答えだろうか。いや。もっと身もふたもないベストアンサーがある。

それが、これだ。

「高橋尚子さんが、100メートル走をしますか?」

「大谷翔平の二刀流、ほかにやっている選手がどれくらいいますか?」

そう。ラグビーの7人制と15人制の間は、陸上競技の長距離と短距離、もしくは野球の投手と野手くらいの隔たりがある。

15人制の試合が80分間の一発勝負なのに対し、7人制は15人制と同じサイズのグラウンドで14~20分間のゲームをおこなう。1人ひとりに与えられるスペースは単純計算で15人制の倍。何より7人制には、1チームが1日に数試合おこなう大会方式にも特徴がある。15人制では頑健さがやや重視されるのに対し、7人制では足の速さや疲労回復力が尊ばれる。国際リーグのスーパーラグビーで9トライを挙げるなど15人制の舞台で跳ねた山田章仁も、「セブンズ(7人制)は別なスポーツ」と認識していたものだ。

だから各強豪国とも、7人制代表には7人制の専任選手を多く揃えている。トップクラスのチームが集うワールドシリーズでも、その傾向は顕著だった。

それでも日本の7人制事情は、決して芳しくはなかった。2012年からナショナルチームを率いている瀬川智広ヘッドコーチは、この夏に発売された『7人制ラグビー観戦術 セブンズの面白さ徹底研究』(野澤武史著/ベースボール・マガジン社)で選手招集の事情をこう明かしている。

「ヘッドコーチの仕事は当然、選手の選考が大きな部分であるはずですが、セブンズの場合は選考というよりも各チームが出してくれる人を探していた、という形でした」

日本のラグビー文化は、15人制によって作られた部分が大きい。日本の優れた選手が集まるトップリーグも、ワールドカップに挑む15人制代表の強化のために作られた経緯がある。そのため7人制の日本代表は、瀬川ヘッドコーチ就任以前から選手の招集に手を焼いてきた。

イングランド大会主将のリーチ マイケルなど、15人制専従者にも7人制向きとされる選手は少なくない。もっとも彼らの身体は、1つしかない。瀬川ヘッドコーチは件の対談で、選手を供出してくれるクラブの思いを「トップリーグに出ていない選手のチャレンジの場というか、1つのパスウェーとしての意味合い」と表現した。

五輪に向け、7人制代表に常時選出しやすいコアチームの編成が叶うなど、徐々に環境は整ってはきていた。もっとも、そのコアチームのメンバーは、苦しい台所事情の15人制畑で瀬川が集めた、7人制への意識の高い選手の集まりだ。ニュージーランド代表戦ではそれらの面子が跳ねることとなるが、前提条件は豊かではなかった。

その意味では、今回のニュージーランド代表戦勝利は、同じジャイアントキリングでも南アフリカ代表戦とは異なる価値を帯びていると取れる。

「挟みにいく」

限られた招集条件のもと、ボスは選手間のチームワークを醸成。常に一体感のある雰囲気を作り、今度の下剋上の下地を作った。2010年度までは東芝で指揮を務めるなど、15人制畑の指導者だった瀬川ヘッドコーチは、15人制の試合会場へ通って見定めた若人1人ひとりを、7人制のスペシャリストに育てていった。

フィジカルにやや劣るかもしれぬことを前提に、勝利の方程式も限定。前掲の書籍では、今大会での見どころをこう明示している。

「ジャパンの守り方として考えているのは、1対1では難しいとしても2人で挟みにいく」

「倒れた選手が早く立ち上がること。寝ている選手、グラウンドに倒れている選手の数を極力減らしていこうとしています。(略)即、立ち上がっていいセットをする、プレーできる状態にする、ということ。これを最大でも2秒と目標を設定しています」

確かにニュージーランド代表戦では、強いランナーへのダブルタックル(「2人で挟みにいく」の意味)とその後の起き上がり(選手間の合言葉は「ハマー」)を徹底。真正面で向き合った1対1で相手を止めた場合は、隣の味方がすぐに接点へ絡みついた(7点リードの前半、桑水流裕策キャプテン!)。

イギリス代表戦でも、失点場面以外ではこの守りを貫いた。攻めてはなるたけ接点をつくらず、ランナーを孤立させず、皆で攻め落とすスペースを共有している印象を保った。

11日未明、ダークホース的な位置づけのケニア代表と予選プール最終戦をおこなう。個々の縦の推進力は、過去2戦の相手と同様と観るべきか。3組から8チームが出られる決勝トーナメントへ行くには、ここでの勝利は欲しいところだ。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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