Yahoo!ニュース

高校ラグビー開幕! 深谷・山沢京平が花園のヒーロー候補に?【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ここで高校生が駆ける。

努力は人に見せるものではない。

アスリートの考え方のひとつだ。

12月27日、大阪は花園ラグビー場。第95回全国高校ラグビー大会の開幕日に、そんな気質を持っていそうな17歳がヒーローになった。後半28分、右中間から35メートルの決勝ペナルティーゴールを決める。18-15。

緊迫の場面で、落ち着いて蹴る。言うは易し、行うは難しの状況を、本人は困ったような顔で振り返った。

「ただ思い切って蹴ろうかな、と」

――練習で決められる角度だから、緊張はしない…というイメージですか。

「いや、あまり練習はしないです。蹴って、あまりに入らなかったら(気持ちが)落ちちゃうんで」

山沢京平。埼玉の深谷高校で最後尾のフルバックを務める。この午後は、前年度4強である広島の尾道高校との接戦に挑んでいた。どこか、全体を俯瞰したようにグラウンド最後尾を浮遊した。

15―15で迎えた後半23分頃だ。自陣左の広いスペースへキックを蹴られた。追いかける。拾った刹那、チェイスに来た相手と間近で対峙する。

プレッシャーのかかるところで、背番号「15」はぴたっ、と歩みを止める。ギアを入れる。飛びかかる相手をかわし、陣地を挽回した。本人は「普通っす。大丈夫、というだけ」と振り返るのみだ。

「どこか余裕があるんです」とは、横田典之監督だ。大らかさと厳しさの絶妙な均衡を意識していそうな深谷高校の保健体育教諭は、教え子の目線をこんな風に想像する。

「蹴られたボールの処理は抜群。味方のウイング(最後尾を守る仲間)に指示を出してスペースを埋めたり…。わざとスペースを空けておいて(余裕を持ってカバーする)ということもする」

そう。23分の一連のプレーも、「わざとスペースを空けて…」の一環かもしれなかった。

遡って16分には、忍者のコース取りでトライを挙げている。

相手がチャンスを逸した直後に深谷高校が攻め上がり、敵陣22メートルエリア右にラックを作る。そのさらに右へ山沢は回り込み、静かに大外へふくらみながらパスを呼び込む。

「相手も戻りながら、前に出て(守る)という感じ。ボールだけを見るようになっていました。だから、外側に…」

そのまま、インゴールを駆け抜ける。直後、コンバージョンも決めてタイスコアへ持ち込む。決勝ペナルティーゴールの序章は、自分で奏でたのである。

「ピンチの場面でフォワードががんばってくれていたので、バックスで逆転したい、トライを取りたいと思っていて」

殊勲の青少年が取材陣に囲まれる傍ら、小見山博部長は「こいつの成長と同時に、チームも成長したんです」と証言する。本人やスタッフ陣の話を総合すると、山沢は昨季の花園終了後から肉体改造に着手。体重を約9キロアップさせ、2年生ながら高校日本代表候補となった(選出への本人談話は「マジか、と」)。司令塔であるスタンドオフに霜鳥優太副キャプテン、最後の砦のフルバックに山沢が並ぶことで、ゲーム運びに芯が通ったというのだ。

接戦を決めるプレーを淡々とこなすさまを「大胆なところがある。臆さない。そこが京平の強み」と褒める横田監督は、取材時の様子を伺う。

「あいつ、何か言っていましたか」

――自分の努力を人に伝えるのは、好きではないかもしれません。

問答からの印象をそう伝え聞くと、指揮官は「あ、それはあるかもしれないですね」と言って、こんな逸話を残した。

「本人は全然、そういう話をしないんですけど…。家では、海外の試合のビデオを観まくっているらしいんです。だから色々とプレーのアイデアが出る」

――そのことは、仲のいい部員も知らないかもしれない。

「絶対、そうです。観たことねーよ、とか言ってね。今大会でひょっとしたらブレイクするかな、と思っていたんですけど、きょう、その片鱗が出ましたね」

サッカー少年だったが、高校入学と同時の本格的にラグビーを始めた。実は、2人の兄と同じルートを歩んでいる。

特に次男の拓也は、日本代表のエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチにスタンドオフとしての才気を期待された逸材だ。

本格的な競技歴が1年未満だったルーキーイヤーの花園で躍動。筑波大学3年となったいまは長引く故障に苦しむが、世代随一の才気であることに変わりはあるまい。現日本代表でスタンドオフなどを務める立川理道が、冗談交じりに「山沢(拓也)君には、(自身がプレーしない)フルバックで頑張ってほしい」と言うほどである。

実は京平の走り格好、褐色の肌、澄んだ黒い瞳は、花園を駆け回った兄にそっくりだ。横田監督も、小見山部長も、その点には同意している。

もっとも本人は、兄弟に関する質問にはやや複雑な表情を浮かべている。

「兄ちゃんは兄ちゃんで、自分は自分。兄ちゃんが凄いのは普通に努力してきたからで。1番目の兄ちゃん(一人・元立命館大学)も2番目の兄ちゃんも、ものすごく努力をしていました」

そうだ。兄は練習の虫だった。特に拓也は全体練習中に納得いかないプレーがあれば、とことんまで居残っていたという。

――自分の努力を人に伝えるのは、好きではないですか。

「いや、そんな…。兄ちゃんに比べたら、自分は努力をしているとは言えない」

自分の努力を伝えるのが嫌というのは、少々、違うかもしれない。兄の姿を見た以上、自分が努力をしていると認めることが嫌なのだろう。

12月30日、2回戦に臨む。強力フォワードがモールを組み込む新潟工業高校が相手だ。自陣でプレーする時間を減らしたい深谷高校にとって、山沢らの陣地獲得スキルは不可欠となりそうだ。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

すぐ人に話したくなるラグビー余話

税込550円/月初月無料投稿頻度:週1回程度(不定期)

有力選手やコーチのエピソードから、知る人ぞ知るあの人のインタビューまで。「ラグビーが好きでよかった」と思える話を伝えます。仕事や学業に置き換えられる話もある、かもしれません。もちろん、いわゆる「書くべきこと」からも逃げません。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

向風見也の最近の記事