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開幕→ブライトンの歓喜まで…ワールドカップ取材日記1【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
カーン・ヘスケスの逆転トライで南アフリカ代表を撃破!(写真:ロイター/アフロ)

 ラグビーワールドカップのイングランド大会が9月18日~10月31日まであり、ニュージーランド代表が2大会連続3回目の優勝を果たした。日本代表は予選プール敗退も、国内史上初の1大会複数勝となる3勝を挙げ、話題をさらった。

 以下、日本テレビのラグビーワールドカップ2015特設サイトでの取材日記を抜粋(1)。

【9月18日】

 夕暮れ。ロンドン。トゥイッケナムスタジアムの高い、高い、急ならせん階段を駆け上がります。下は見ません。断崖絶壁。

 本当はもっと別な行き方もあったようですが、案内の方に聞いても「No idea(知らない!)」と言われたり、そもそも自分の英語のヒアリング力が著しく欠落していたりといった理由で、もっとも運動量を要する手段でしかたどり着けなかったのです。

 どこへ向かっているのかって? プレスシートです。報道記者が座る席です。つきました。4年に1度のワールドカップの開幕戦、開催国のイングランド代表対フィジー代表を観るため、所定の席にノートとペンを置きます。

 ある法則を再確認します。「苦しい時に力を発揮する選手こそ、エース」。この日はイングランド代表のフルバック、マイク・ブラウン選手であります。

イングランド代表はフォワード陣が炭鉱夫の下働きを重ねて試合をリードしながら、中盤、フィジー代表の激しい守備や、倒される直前に球を繋ぐ柔らかな技に、やや、気圧されます。

 後半24分。18―8のスコアが18―11。詰められます。どうなるイングランド。が、26分、ブラウンが自陣で球を得るや魅せます。カウンターアタック。「外」から「内」に、真っ直ぐな一本道を見定め、ひらひらとステップをかわしつつ進みます。大歓声。

 ここからイングランドはハイテンポな攻めを継続し、フィジーの反則を誘います。28分。21―11。またも安全圏へ突入。

 ブラウンはこの日2トライも決めていますが、球を持ったころには目の前にぽっかりスペースがあるといった印象。そうなるために、球を持っていない時ほど考え、動いていることが想像つきます。日本国内でジャパンの堀江翔太選手や山田章仁選手も、似たような形で前に出ています。そのシーンについて本人に聞いた際の答えも、概ね「もらう前の考え、動き」についてです。堀江選手の言葉を借りれば、「あー、要はね、ポジショニングが全てやと思うんですよね」です。

 何より、そうした視座を、後半26分ごろの苦しい局面でいかんなく発揮されていた(であろう)ところにブラウン選手のエースたるゆえんが隠されていました。

チームの苦しい場面で活躍できる選手は、なぜ、そうできるのか。

 数年来の取材記録をまとめると、「集中力が高いから」「ずっと冷静だから」という2つのワードが浮かび上がります。

 遡って17日の昼頃。ブライトンの海沿いのホテルで日本代表のメンバー発表がありました。南アフリカ代表との予選プールB初戦に向けてです。席に座っての記者会見と、その後のテレビおよびペン記者用の囲み取材を終えて退室しようとするフランカーのリーチ マイケル主将に声をかけます。

――明後日のゲーム。キャプテンとして気を付けることをひとつ。

「…冷静でいる」

【9月19日】

 3点リードを追うノーサイド直前。敵陣ゴール前。シンビン(重い反則による一時退場処分)で1人少なくなった南アフリカ代表を前に、日本代表はスクラムを選択します。ベンチからは「ショット!」。決まれば3点が入るペナルティーゴールで同点を狙え、という意味です。それでもリーチ マイケル主将は「スクラム」。決まれば5点のトライを取って、逆転を狙ったのです。

「スクラム」

 人数は8対7。それ以前、8対8でも思いのほかイーブンで組めていた分(この時すでに退いていたフッカー堀江翔太副将は、力自慢の南アフリカ代表とのスクラムについて、「まとまりゃ、押せる」と自信を持っていました)、重さの総量で勝る日本はぐい、ぐいと左中間から右方向へ押し込みます。このままインゴールに突入することは叶いませんでしたが、球をあちこちへ散らし、最後は逆転トライを決めます。

 9月19日、ブライトンはコミュニティースタジアム。ワールドカップ予選プールB初戦。日本代表が大会24年ぶりの勝利を挙げました。相手は、過去優勝2回の南アフリカ代表。ジャパンはまもなく、世界中のメディアから称賛されることとなります。

「冷静でいる」

 2日前にそう話していたリーチ主将にとって、この決断も「冷静」さの賜物だったのでは、との仮説を立てました。事実、試合後の記者会見では「相手は焦っている」「フォワード(スクラムを組む選手たち)がイケると言っていた」といった旨の発言を残していたものです。

 しかし後日(もう、19日の話ではありませんね)、リーチ主将はその時の心境をこう明かしました。

「指示は見えてましたよ。ウォーター(チームの給水係)もドクターも『ショット! ショット!』と。でも、同点は嫌い。勝つか、負けるかです」

 スクラムという選択を「勝つ」に導ける、その自信と根拠は…。

「自信ですか…。まぁ、取りに行こう、とは…」

 国内外2チームとプロ選手契約を交わす傍ら、ワールドカップイヤーの今年からカフェのオーナーにもなった。そんな恐るべき職務能力を持つ「冷静」なリーチが、最後の最後、のるかそるかの賭けに出た…。これがあるからラグビーは、人間は面白いものです。

【9月20日】

 ブライトンの猫の額ほどのアパートの真っ白なベッドの上で目覚めた折、脆弱なWi-fiでつながった「facebook」を閲覧します。

 朝日新聞の記事がリンクされていました。前日本ラグビー協会会長による談話です。「夢なら覚めないで欲しい」。何だか、現地入りした日の自分を思い出します。こちらは「夢ならとっとと覚めて欲しい」でしたが。

 歴史的勝利から一夜明け、ふと、思い返しました。試合後の同業の先輩からの言葉です。

「何? 感動はしなかったの? なぜ、そこまで冷めているの? 感動しないと、人を感動させられないよ」

 話したのは、普段は綺麗な目線で実相をえぐる、僕が個人的に勝手に尊敬している全国紙記者の方です。確かにあの日。試合中もノーサイドの瞬間も、プレス席をあてがわれた報道陣の皆さまは興奮しっぱなしでした。記者会見で泣いている方もいました。

 僕はどうかというと、特に感情を爆発させることはありませんでした。別に思い入れがあるとかないとかとは無関係です。ファンの方と一緒に興奮している間に、何か大事なものを見落としてしまうのではないかという思いがそうさせています。観ることが仕事で、観たものをもとに取材をして、読者の皆様に新たな地平をお届けするのが仕事だと思っていまして。ちなみにそうして観られたのが、ワールドカップ3大会連続出場で初勝利を挙げたジャパンのロック、大野均選手の、涙でした。ナンバーエイトのアマナキ・レレイ・マフィ選手の、芝に突っ伏す様子もまた。

 実際、前後のゲームでのプレス席を見渡せば、自国代表を応援するジャーナリストがいないわけではありません。どちらかといえば、(自分が本当にどう思っているかはさておき)そうしておいた方が世の中は生きやすいという側面もあるのでしょう。

 ただ、僕の胸中にはジャパンのリーチ マイケル主将の言葉があります。

「俺は、ラグビーを仕事だと思っている。中途半端なことは絶対にしない」

 この日は日本代表の試合翌日練習を諦め、電車でグロスターからウェンブリーへ。由緒あるフットボールパークで、予選プールC初戦、ニュージーランド代表対アルゼンチン代表を取材します。前大会王者の「オールブラックス」ことニュージーランド代表は、アルゼンチン代表に強み(キックとタックルと密集戦)を出されつつ、26―16で勝利。交代出場のセンター、ソニー=ビル・ウィリアムズ(上腕の入れ墨、シャープな突破力、相手のタックルを抱え込んで放つ「オフロードパス」が長所!)も活躍しました。

 試合後、メディアラウンジに元日本代表フッカーの坂田正彰さんがいました。国営放送の試合解説の直後でした。この日のオールブラックスのクオリティー、敗れたスプリングボクス、堅さもあったかもしれぬオープニングゲームでのイングランドなどを踏まえ、「特に優勝を狙うチームは、決勝トーナメントを見据えて戦う。どこも初戦は大変なもの」とお話しされていました。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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