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アメリカ代表戦の序盤と終盤、ラグビー日本代表の成熟度が垣間見えた。次回大会へは?【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
球を持つのがリーチキャプテン。「主体性」を強調する。(写真:ロイター/アフロ)

かねてから、ラグビー日本代表のリーチ マイケルキャプテンは「主体性」をテーマに掲げていた。苛烈な気質を持つエディー・ジョーンズヘッドコーチらが打ち出した確固たる計画を、受動的ではなく能動的にかみ砕き、共有し、遂行するチームを目指していた。

2015年9月からのワールドカップイングランド大会で、その意志は具現化された。19日のブライトンコミュニティースタジアムでは過去優勝2回の南アフリカ代表を34-32で下し、続く10月3日にあったミルトンキーンズのスタジアムmkでのサモア代表戦は26―5で快勝した。いずれの試合でも相手から一時退場処分が出て、ジャパンのリーチキャプテンは「レフリーとコミュニケーションがうまく取れた」。プレーの合間ごとに選手同士が話し合い、攻防の規律を保った。

選手たちの成熟度は、本物か。10月11日、キングスホルムスタジアムでのアメリカ代表では、まさにそれが試された。

自力での準々決勝進出が不可能なまま準備を重ね、前日には、他会場の結果を受けて正式に予選敗退が決まった。

さらに、先発のバックス陣が過去3試合と大きく異なった。ふくらはぎの問題が長引いて今大会初出場となったクレイグ・ウィングがインサイドセンターに入り、ここまで活躍していたインサイドセンターの立川理道が不慣れなアウトサイドセンターに移動。ウイングには、ジョーンズヘッドコーチが「直感」で抜擢した早稲田大学4年の藤田慶和がリストアップされていた。

選手たちがコントロールできない領域が従来と違うなか、従来と同じ試合進行はなされるのだろうか。結論。殴られては殴り返す展開で、それを可能とした。28-18。リーチキャプテンは振り返った。

「この試合のモチベーションは、自分たちのプライドでした」

例えば、序盤の攻防。

キックオフ直後、やや受け身に映ったジャパンは、アメリカ代表ボールのキックオフ時に落球。スクラムは押し込まれる。縦への直進が多い相手の攻めを向こうに、出足を鈍らせた。前半4分、アメリカ代表が前進して作った接点の周りで後退するのが遅れた選手がいた。オフサイドの判定が下され、ジャパンはペナルティーゴールによる先制点を許した。0―3。

リーチキャプテンは、冷静だった。後に回想する。

「ラインスピードが出ていない、タックルができていない。その2つを修正したら、流れがよくなった」

明確な改善点をわかりやすくあぶり出し、それを組織で共有したのだ。指導者の間では「試合に負けて直したいところが40個出たとしても、最も大事な3、4つだけを直す。その3、4つの改善で他の36、37個も自然と直っちゃうようなものが、絶対にある」との格言がある。リーチは身体をぶつけ合うなかで、その思考軸にならったのである。この人のモットーは「冷静でいる」だった。

6分、ジャパンは自陣からの攻撃でウイング松島幸太朗のトライを導くなどし、7-3と逆転。守備網も生来の活気を取り戻した。1人目が足元へ、2人目が腰元へ、タックルを突き刺す。すぐに起き上がっては接点の周りを固める。飛び出す。また2人がタックル。この繰り返し。球が大外まで回りそうな折は、トライを決めた松島がタッチライン周辺から一気に相手との間合いを詰めた。ナンバーエイトのホラニ龍コリニアシも、思い切りぶっ刺さった。17-8のスコアでハーフタイムを迎えた。

例えば、終盤の攻防。

25-11とほぼ試合を手中に収めた折に迎えた70分、自陣で球を回され失点。25-18。7点差に迫られる。が、ここでも、リーチキャプテンら舵取り役は落ち着いていた。途中から出場していたプロップ、三上正貴の述懐は。

「あそこは、フォワードが順目(相手の攻める方向)に動けていなかったんで。『フォワード順目、行こう』と。修正点は、そこでした」

そう。ノーサイド間際に追い上げられても、選手間のやり取りは抽象とは真逆である。三上はこう続けたのだった。

「やっぱり、そこで『気持ち!』というのではなく、修正点が出てきたのでわかりやすかった。実際、フォワードがポイント(接点)に寄り過ぎていたところはあったので」

後半36分、加点。逃げ切った。戦前に優勢と見られていたスクラムも、時間が経てば自分たちの土俵で組めるようになっていた。最前列のプロップ稲垣啓太によれば、「試合前からファンの皆さんもチームも、『行ける、行ける』みたいになっていて、僕らも『行ける』と思って、ガメっちゃった(各々ががめついた)んですね。バラバラでした。でも、そこを修正してグーッとまとまった」とのことだ。

向こうへ流れを渡しそうな折に、なぜ、冷静に次善策を共有し合えたのか。リーダーの1人、フッカーの堀江翔太副キャプテンはこうまとめた。

「練習から試合を意識して、質を上げてきたから。ワールドカップで1試合、1試合、経験を積み上げてきたのも大きいと思います。一応、具体的に話すようにしていて。個人的なミスを組織のミスと捉えたら危険だったりもするので、そこは見極めたり」

試合で本来すべきことと、試合中に起こったことを把握し、その理解に基づいて試合を進める…。今後のジャパンが安定した結果を残すには、それが必須となろう。

というのも、今度のワールドカップでは1大会3勝というチーム史上初の快挙が達成されたが、それはあくまで現代表がなしえたことであって、日本ラグビー界全体の偉業とは言い難い側面もある。2016年から発足する南半球最高峰スーパーラグビーの日本拠点チームも、8月下旬の時点では結成が取り消されるところだったのだ。ナショナルチームは来年度以降の体制はおろか、体制を整えるのに必要なプランニングも表面化されていない。

だからこそ、堀江の「具体的に話すようにしていて」がより重要なのである。

――現代表の成果が、国力の証と言い切れないかもしれない。そんななか、今大会のようなパフォーマンスを維持するには、どうすればいいでしょうか。

当の本人は静かに頷き、考えを明かした。

「監督から与えられたチーム戦術、戦略を選手が100パーセント理解して、実行する。それにプラスアルファして、どうしたらその戦術、戦略をよくできるのか、どうしたらもっと強くなれるのかを考える。そこが大切になんじゃないですかね」

――指導者が誰になっても、その「主体性」の質を変えない。

「そうですね」

舞台裏に依存するより、表舞台で勝ち取ったソフトを活かして日本ラグビー界を発展させたい…。成功者の矜持である。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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