乾貴士が電撃移籍。規律を尊ぶ実直な指揮官率いるアラベスで、活躍する画は描けるか。
乾貴士の移籍が、決まった。
新天地になるのはアラベスだ。今季終了時までのレンタル加入。前所属エイバルと同様、スペイン北部のバスクに拠点を置くクラブに乾は向かう。
■ブレイクスルーの理由
エイバルで、乾はスペインでの評価を高めた。昨季のリーガエスパニョーラ第19節バルセロナ戦で大久保嘉人(当時マジョルカ所属/39試合)が保持していた日本人選手最多試合出場記録を更新。日本人鬼門の地とされていたリーガにおける彼の功績は計り知れない。
エイバルでブレイクスルーの時を迎えた乾だが、それには理由があった。一言で言えば、エイバルというクラブと土地が「合っていた」のである。エイバルの歴史を紐解くと、武器製造に辿り着く。労働と産業で栄えた場所で、製品(武器)を作り上げるプロセスにおける義務の履行により、人々は互いに助け合い、平等主義を尊重するようになったといわれている。
決して裕福だとは言えない労働者階級の街。その土地のアイデンティティにあった選手を揃え、街とクラブの一体化が図られた。そのプランの一部となった乾は、ハーフポジションからのプレスを体得してホセ・ルイス・メンディリバル監督の戦術において必要不可欠な選手となった。そして、乾はファンから愛されていた。歯車ががっちりと噛み合い、乾とエイバルの相思相愛の関係が築かれたのだ。
■実直な指揮官
しかしながら、ベティスでは苦境に立たされた。攻撃フットボールを信奉するキケ・セティエン監督の下、厳しい競争が待っていた。3-1-4-2や3-4-2-1といった特殊なシステムで戦うベティス。乾に適応のための時間は用意されていなかった。
何より、乾がエイバルでレギュラーを勝ち取ったのは守備の能力を高めたからだ。前線からのプレッシングとショートカウンターが鍵を握るチームで、プレスの先鋒として重宝された。だがベティスにおいてはボールを握りながら攻めるというのが前提にある。それはまさに真逆のスタイルだ。
一方で、バスクに拠点を置くアラベスは今季、堅守速攻を生業に快進撃を続けてきた。ベティスより、エイバルに近い戦い方をするチームである。
そのアラベスを、救った人物がいる。アベラルド・フェルナンデス監督だ。17-18シーズンの途中に、13試合を終えて2勝11敗で最下位と絶望的な状況に置かれたチームを任されると、残り試合で勝ち点41ポイントを稼いで残留という目標を達成した。
筆者にはアベラルドを取材した経験がある。あれは、アベラルドがスポルティング・ヒホンで監督を務めていた2014年夏頃だった。スペイン人の取材クルーに、「今季はどうだい?」と尋ねられたアベラルドは、間髪入れずに答えた。「困難だ」と。そのシーズン、スポルティングは破竹の勢いで勝ち続け、1部昇格を果たした。
アベラルドが嘘をついていたわけではない。事実、2014-15シーズンのスポルティングは、経営難によって夏の移籍市場で充分に補強を行えないまま開幕を迎えていた。だがアベラルドはジョニー(現在マラガからアラベスにレンタル中)を筆頭にカンテラーノを登用しながら、チームとスポルティンギスタを密接に繋げ、連勝街道をひた走った。
もうひとつ、指揮官に関して強く頭に残った出来事がある。それは現役時代にプレーした、バルセロナについて質問した時だった。当時バルセロナが獲得したばかりのルイス・スアレスについて意見を求めると、アベラルドからは「素晴らしい選手だ」という素っ気ない答えが返ってきた。
1部と2部で戦うカテゴリーは違えど、現場に立つ者が他クラブの選手への評価を迂闊に口にするべきではない。そういうメッセージを感じた。規律を尊び、フットボールと真摯に向き合いながら静かな闘志を燃やす男。そんな印象を受けた。
その実直さを表すように、アベラルドのアラベスは決して諦めず、粘り強い。今季、第5節ラージョ・バジェカーノ戦(5-1)を除き、すべての勝利を1点差で手にしている。ここまで挙げている9勝のうち、8勝が1点差での勝利なのだ。
ただ、エース級の活躍をしてきたイバイ・ゴメスのアスレティック・ビルバオ移籍が決まり、現在5位と躍進しているアラベスは戦力ダウンを余儀なくされている。そこで選ばれたのが、乾だ。彼に対する要求は高いものになるだろう。指揮官が熱い眼差しを送る中、乾はどういったプレーを見せるのかーー。いまから、ワクワクが止まらない。