ジエゴ・コスタがついに覚醒。長く続いたスペイン代表のCF議論に終止符。

パスを出すジエゴ・コスタ(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

ジエゴ・コスタが大舞台で覚醒した。

スペインは長きに渡ってストライカーを探してきた。2010年南アフリカ・ワールドカップでは、ダビド・ビジャが決定力を発揮して優勝を達成。ビジャは5得点を記録して大会得点王に輝いた。

ポゼッション・フットボール。それがスペインの揺るぎないスタイルだ。しかしながら、このプレースタイルにおいては、得点力のあるCFの存在が鍵となる。

無得点のままなら、試合は引き分けに終わる。ゆえに大半の対戦相手はスペインにボールを譲り、カウンターから一発を狙うというゲームプランを立ててくる。「ボールを保持しながらも勝てない」というジレンマから脱却するため、スペインには実力のあるフィニッシャーが必要だった。

■ブラジルかスペインという選択

CFの系譜を継ぐ者として、期待されてきたのがコスタだ。だがコスタをめぐって、スペインはある強豪国と競うことになる。ブラジルだ。

二重国籍を有しているコスタに最初に目を付けたのはブラジル代表だった。ブラジルは2013年3月にコスタを初招集。コスタは同年3月21日の国際親善試合イタリア戦でデビューした。

ただ、この時点では公式戦に出場したわけではない。コスタには、まだ選択の余地があった。すると、スペイン代表が2014年W杯に向けてコスタの招集に動きを見せる。

デル・ボスケ当時スペイン代表監督は2013年10月にコスタと直接話し合いの場を設けている。同年11月に発表した招集リストにコスタを含めるも、最終的に負傷の影響で招集は見送られる。運命が、コスタに抗っていた。

しかしながら待望の時は訪れる。2014年3月5日にスペイン代表でデビュー。奇しくも、相手はイタリアで、試合会場はアトレティコ・マドリーの前本拠地ビセンテ・カルデロンだった。この試合前に「神様は僕がカルデロンでスペイン代表デビューする素晴らしさを知っているのかもしれない」とコスタは語っていた。

コスタはポルトガルのペナフィエルでプロキャリアをスタートさせた。ブラガ、セルタ、アルバセテ、バジャドリー、ラージョ・バジェカーノと移籍を繰り返しながら、着実に得点を重ねていく。

スペインで、リーガエスパニョーラで、彼は大きく成長した。そして、アトレティコ・マドリーで萌芽の瞬間を迎え、彼はワールドクラスのFWへと変貌を遂げたのだ。

■裏切り者扱い

スペインでのプレーを選択したコスタは、2014年W杯で開催国の国民から「裏切り者」扱いを受ける羽目になった。

そして、ブラジル大会はスペインとコスタにとって散々なものとなった。初戦でオランダに1-5と大敗すると、チリに0-2と連敗。オーストラリアに3-0で勝利して一矢報いたが、スペインはまさかのグループステージ敗退に終わった。

それでもデル・ボスケはコスタを信頼し続け、EURO2016に向けて再起を図ったスペインの核となる選手に選ぶ。しかしEURO2016では決勝トーナメント1回戦でポルトガルに敗れてベスト16敗退となり、大会終了後にデル・ボスケは辞任した。コスタに対する懐疑的な論調は強まるばかりだった。

デル・ボスケの後任には、フレン・ロペテギ(現レアル・マドリー監督)が招聘された。するとコスタはロシアW杯欧州予選で5試合5得点を挙げ、結果で周囲の喧騒を鎮めた。

■逆境を跳ねのける

昨年夏にチェルシーからアトレティコ・マドリーに復帰したコスタだが、アトレティコがFIFAから選手登録禁止処分を受けていたために、半年間プレーできなかった。ロペテギはコスタが所属クラブで試合に出ていない限り、招集しない考えを固めていた。

だが逆境は常にコスタを強くしてきた。シーズン後半戦で公式戦20試合7得点というまずまずの結果を残して、23名の代表メンバーに滑り込んだ。

そして迎えた今回のW杯で、2試合3得点。スペインを救う活躍を見せている。

過去、W杯の最初の2試合で得点を挙げたスペインの選手は、バソラ、ゴイコチェア、イエロ、フェルナンド・トーレスのみだ。コスタは史上5人目の快挙を成し遂げた。

欠けていたラストピース、それがコスタだとするなら、スペインの展望は明るい。開幕目前の監督交代さえ活力にするような「ふてぶてしさ」を、ピッチ上で体現しているのが、まさにコスタなのだから。