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エイバルで成長続ける乾貴士を支えるもの。メンディリバル監督の存在と敏腕SDから見るクラブ方針

森田泰史スポーツライター
メンディリバル監督の見つめる中、乾はしっかりと信頼に応えている(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

本拠地イプルーアで行われる試合で、乾貴士が途中交代でピッチから退く。スタンドに詰め掛けた観客から送られるのは、拍手喝采だ。こういった光景がエイバルで日常のものとなりつつある。

今季、残り2試合までヨーロッパリーグ出場権を争っていたエイバルで、乾は主力としてポジションを確保した。移籍2年目、ここまでリーガ1部で53試合に出場し、「リーガ最多出場日本人選手」として記録を更新し続けている。

乾がリーガの歴史に名を刻むことができたのは、指揮官からの信頼をしっかりと得ていたからだ。それでは、乾を起用し続けてきたホセ・ルイス・メンディリバル監督とは、どのような人物なのか。

■トランプゲームに興じるほど近い選手との距離感

2014年夏にフランクフルトからエイバルに加入した乾。彼の獲得に熱心だったのはスポーツディレクター(SD)のフラン・ガラガルサだ。クラブが3部から1部に駆け上がった奇跡の昇格劇を陰で支えた敏腕SDは、選手補強だけでなく監督就任に際しても独自の哲学を貫いていた。

エイバルは2年半前、乾が加入する直前にメンディリバル監督を招へいした。この人事にも、ガラガルサSDの拘りが強く表れている。オサスナやレバンテを率いた経緯を持つ老獪な指揮官は、エイバルに近接する街で生まれた。カサ(スペイン語で『家』の意)出身であることが、まず招へいの大きなポイントだった。

補強の際に選手の人間性を重視するガラガルサSDは、当然指揮官の性格も評価の対象とした。誠実かつ率直。とてもオープンで、分け隔てなくみんなに接する。事実、エイバルでは遠征時にメンディリバル監督が移動中選手と一緒にトランプゲームに興じる姿が見られるほどだ。それでいて、チームの治安が崩れることはない。

■なぜチームの治安が崩れないのか

練習では全選手に100%を求め、目に余るプレーは容赦なく叱咤する。この夏に加入し、以前レアル・マドリーに所属したキャリアを有するペドロ・レオンでさえ、指揮官の要求に応えられなければ激しいしっ責を浴びる。スター選手を特別扱いしない姿勢。それが選手の信頼につながっている。

一方で、バスク出身指揮官は常に選手たちの状態やコンディションへの配慮を怠らない。例えば乾には、ウィンターブレークの日本への一時帰国に関して移動時間の長さを考慮して、監督の裁量で1日多くオフが与えられた。こうした気配りがあれば、選手はピッチ上において全力で報いたいと考えるものだ。

クラブと指揮官の関係性はどうか。ガラガルサSDはほとんど毎日練習に顔を出し、メンディリバル監督をはじめコーチングスタッフと密にコミュニケーションを取っている。スペインでは、クラブが獲得してくる選手が指揮官の要望に合わない、という現象がしばしば起こるが、エイバルでそれは起こり得ない。

■乾とメンディリバル監督の良好な関係

リーガ第28節エスパニョール戦(1-1)後、メンディリバル監督は「タカにとっては、得点するより、股抜きする方が簡単みたいだね」と乾を評していた。これは今季無得点が続いていた乾に対する、ブラックジョークとも受け取れる。

しかしながら、こうも付け加えた。「彼の良い部分は、チームメートとうまくコンビネーションをしてくれるところ。それと、いつも良いポジションを取っていることだ」。指揮官は日々の練習同様、日本人MFへのフォローを怠らなかった。

そして、インターナショナルウィークを挟んで迎えたリーガ第29節ビジャレアル戦、この試合を最後にスペイン国王の来日に伴い一時帰国することが決まっていた乾が、ついに指揮官に結果で応えた。

現在来季のヨーロッパリーグ出場権をほぼ手中に収めているビジャレアル相手に沈めた会心の一撃は、乾自身の今季初得点だった。

乾はビジャレアル戦後に、メンディリバル監督との得点にまつわるエピソードを明かしていた。練習でシュートを決められなければ乾がでんぐり返しをし、反対にネットを揺らせれば監督がでんぐり返しをする。そんな決まり事をつくっていたというのだ。

乾が相手MFジョナタン・ドス・サントスからボールを奪い、疾風の如く駆け上がってゴール左上隅に豪快にシュートを突き刺した直後。ベンチで嬉しそうにでんぐり返しをした指揮官が、そこにはいた。2人の確かな信頼関係が見て取れる、56歳指揮官の微笑ましい姿だった。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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