Yahoo!ニュース

ある発言から映画への出演が激減。それでも世界から愛される名優が久々の主演作について語る

水上賢治映画ライター
「白日青春-生きてこそ-」で主演を務めたアンソニー・ウォン  筆者撮影

 「インファナル・アフェア」、ハリウッド映画「ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝」、あるいは香港の巨匠ジョニー・トー監督の一連の作品など、数々の映画に出演してきたアンソニー・ウォン。

 アジアのみならず世界にファンをもつ名優といっていい彼の新たな主演映画が「白日青春-生きてこそ-」だ。

 作品は、1970年代、中国本土から香港に密入境した過去のあるタクシー運転手のチャン・バクヤッ(陳白日)と、現在難民申請中のパキスタン人の両親の下、香港で生まれた10歳の少年ハッサンの交流を見つめた物語。

 わけあって息子との関係がうまくいっていないバクヤッが、不慮の事故でハッサンの父の命を奪ってしまうことに。

 自責の念にかられたバクヤッが、警察から追われる身となったハッサンに手を差し延べ、海外への逃亡を助けるべく奔走する姿が描かれる。

 その中で、ウォンは、愛情表現が不器用で、なかなか素直になれない、日本で言えば昭和の頑固おやじのようなバクヤッを好演。

 その演技は高い評価を受け、台湾の第59回金馬奨では最優秀主演男優賞を受賞している。

 ただ、ご存知の方も多いように、2014年に香港で起きた香港反政府デモ「雨傘革命」を公で支持して以来、彼は中国・香港の映画への出演が激減。いまもなかなか出演作に恵まれず、微妙な立場にいるのが現状だ。

 本インタビューは、そのことを踏まえた上での彼の発言・言葉であることを留意してほしい。

 では、「アンソニー・ウォンここにあり」という姿をみせてくれている映画「白日青春-生きてこそ-」についてアンソニー・ウォンに訊く。全四回。

「白日青春-生きてこそ-」で主演を務めたアンソニー・ウォン  筆者撮影
「白日青春-生きてこそ-」で主演を務めたアンソニー・ウォン  筆者撮影

新人監督のデビュー作に相次ぎ出演することになった理由

 はじめに「白日青春-生きてこそ-」は、マレーシア出身で香港へ移住したラウ・コックルイ監督の長編デビュー作。

 アンソニー・ウォンにとっての前回の主演作となる「淪落(りんらく)の人」もまた新人、オリヴァー・チャン監督のデビュー作だった。

 前回はノーギャラで出演したことも話題を呼んだが、新人監督の作品へ続けて出演することになった経緯をこう明かす。

「(新人監督の作品の出演に続けて出演することになったのには)理由は特にないんですよ。たまたまです(笑)。

 ただ、実はこの映画は、『淪落の人』と同じ映画制作会社がつくった作品なんです。彼らとはそのとき一緒に仕事をしていて、わたしはとても信頼を置いていました。

 それから、会社の社長も旧知の仲で。

 彼の方からまず連絡が来たんです。『新人監督の作品で、こんな脚本があるんだけど、どうだろう?』といった具合に。

 まあ、当時も今もあまりかわらないけれども、いろいろなことがあって暇で暇で(苦笑)、ほかに特にやることもない。映画に久しく出演していなければ、とんと演技もしていない。

 それで『じゃあ考えましょう』ということで脚本を送ってもらいました。

 脚本を読んでみると、映画にするに値するものだと思いましたので、出演を決めました」

ラウ・コックルイ監督と議論を重ね、時には進言も

 その中で、ラウ・コックルイ監督とは脚本について議論を重ね、吟味していき、時には助言をして変えるべき点は変えていったという。

「そうですね。ラウ・コックルイ監督は本当に礼儀正しい人で、一緒に仕事をするにも申し分のなく、才能のある監督だと感じました。

 ただ、クレバーな監督ではあるけれども今回が初長編となる新人監督です。

 そして、これは新人監督特有と言えるかもしれませんが、どうしてもいろいろな試みをしようとしてしまう。

 それは悪いことではありません。やらなければわからないことがあるし、たとえ失敗しても糧になることは多い。

 だから、はじめからチャレンジすることをためらってはいけないし、試みを恐れてはいけない。

 でも、映画を作る上では、時間や予算をはじめいろいろな制約がどうしても生じてしまうわけです。

 可能なことと無理なことがどうしても出てきてしまう。

 その線引きの判断が、若いとなかなかできないし、やりたいことだったりするとなかなか捨てられない。

 一方で、わたしはそれなりにキャリアを重ねてきましたから、可能かどうか、やるべきことなのかそうでもないのかの判断がだいたいつく。

 ということで、差し出がましいかもしれませんが、『ここはこうしたらどうだろう』と監督に代案となるアイデアや手法を助言して、脚本に反映してもらいました」

「白日青春-生きてこそ-」より
「白日青春-生きてこそ-」より

あの夜の海のシーンは、わたしのアイデアです

 具体的なシーンとして、このシーンをあげる。

「バクヤッが密航でハッサンを海外へと逃すことに決める。

 でも、実はハッサンが泳げないことを知って、かつて中国本土から海を泳いで香港にやってきたバクヤッは泳ぎを教えようとする。

 見てくださればわかりますが、あの夜の中でのシーンです。

 実は、当初、あのシーンは実際に海に入って泳ぎを教えるシーンになっていたんです。

 もっと言うと、はじめは『海で泳ぎを教える』といったぐらいで、昼間なのか夜なのかもはっきりしていなかった。

 そこから、夜に撮るということになったんですけど、当日現場にいってみると、予想以上に海の水が冷たい。

 もう足をちょっとつけたぐらいで震え上がるような冷たさで、子役の彼は耐えられないと思いました。

 耐えたとしても、もしかしたら体調を崩してしまうかもしれない。

 短期間スケジュールの低予算の映画ですから、そうなると撮影に支障が出るどころか映画がとん挫するかもしれないと思いました。

 それから、真っ暗なので照明が重要。でも、わたしからすると明らかに足りていない。

 これできっちり撮れるのかと思いました。それと体制はきちんと整えているものの、もし溺れるなど不慮の事故が起きたとき、明かりがないと探すことができない。そのことを危惧しました。

 あと、水中撮影のカメラマンもちょっと海の冷たさが予想以上で、その寒さに完璧に対応した準備ができていなかった。

 そして、なにより海で泳ぎを教えることに意味があるのかなと思ったんです。

 よく考えてください。まったく泳げない子どもに、ちょっと教えたところで泳げるようになるわけがない(苦笑)。

 このシーンの重要なところは泳ぎを実際に教えることではなくて、泳ぎを教えようとすることでバクヤッとハッサンの距離が少しだけ縮まって、互いの気持ちをおもんばかるところにほかならない。

 で、こんな感じにすれば十分成立するでしょうと監督に進言して、いまのシーンになりました。

 あのシーンはわたしのアイデアです。

 おかげさまでずぶ濡れにならないですみました(笑)。

 くれぐれも言っておきますと、ずぶ濡れになることが嫌なわけではありません。

 監督の求めることにはできるだけ応じたい。

 でも、いろいろなことを考え合わせて、ときには最良の別の形を見つけなければいけないことがあるということです」

(※第二回に続く)

「白日青春-生きてこそ-」ポスタービジュアル
「白日青春-生きてこそ-」ポスタービジュアル

「白日青春-生きてこそ‐」

監督・脚本:ラウ・コックルイ(劉國瑞)

出演:アンソニー・ウォン(黃秋生)、 サハル・ザマン(林諾/Sahal Zaman)、エンディ・チョウ(周國賢) 、インダージート・シン(潘文/Inderjeet Singh) 、キランジート・ギル(喬加雲/Kiranjeet Gill)

公式サイト:hs-ikite-movie.musashino-k.jp

新宿シネマカリテほか全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべてPETRA Films Pte Ltd © 2022

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事