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背徳的な性愛のイメージが強い「卍」への挑戦。いままで経験のないヒロイン役で体験したこと

水上賢治映画ライター
「卍」で主演を務めた小原徳子   筆者撮影

 女性同士の性愛に焦点を当て、いまだ「禁断」といった背徳的なイメージの強い谷崎潤一郎の小説「卍」。

 1928年に発表されてから、これまで何度も映画化されてきた同作が、令和のいま再びリメイクされた。

 となると、これまで何度も映画化されてきた原作を、なぜいま再び描くのか?いま、改めて映画化する意味は果たしてあるのか?

 そう疑問を抱くことはある意味、素直な反応かもしれない。

 でも、いまだから「卍」なのかもしれない。むしろいまこそ「卍」ではなかろうか。

 令和に届けられた「卍」を前にすると、そんな感想を抱く。

 禁断はもはや過去で「卍」という物語の世界が、いまという時代にひじょうにフィットしていることに気づかされる。

 果たして、令和のいま「卍」と向き合った俳優たちは何を感じ、何を思ったのか?

 W主演のひとり、小原徳子に訊く。全六回。

「卍」で主演を務めた小原徳子   筆者撮影 
「卍」で主演を務めた小原徳子   筆者撮影 

園子の体に刻まれた人生の年輪みたいなものを表現できたのではないか

 前回(第五回はこちら)、光子という運命の人に出会えた園子のことを「うらやましい。わたしもそう思えるような人に会ってみたい」と明かしてくれた小原。

 このようにして園子を演じ切って、「卍」という作品に取り組んで、いまこんなことを思っているという。

「わたしにとってひじょうに大きな役と作品に出合えたと思っています。

 これまでのキャリアを振り返ると、わたしはどちらかというと、いわゆる不幸といいますか、幸の薄いタイプの女性を演じることが多かったんですね。なぜか、そういった役を演じることが多かった。

 でも、今回の園子は、真逆だった。ここまでお話ししてきたように、彼女ははたから見ると『できる女性』で。夫はいるけれども金銭面で頼ることなく、オーナーとしてお店を軌道にのせている。

 しっかりと自分の足で立って生きている、自立した女性なんです。園子は周りの誰かに流されることもなく、自分でいろいろなことを選んで、自分の道をしっかりと歩んできた。

 その間には、きっと社会に揉まれたこともあっただろうし、『女性でお店を経営するのは難しいでしょ』といったような世間の厳しい目にも晒されたこともあっただろうと思います。

 一方で、お店をうまく軌道に乗せたときや、自分のセレクトした服がお客さんに好評だったときは、ほかとはかえがたい喜びを味わうことができた気がします。

 そのような経験を積み重ねていまの彼女がある。

 いろいろな苦楽を経て彼女は、自分なりの目標、自分のお店をもって経営するという夢を叶えた。

 いろいろなことを経験してきたからこそ醸し出される彼女の風格や品格、強さが絶対ある。

 その彼女の強さを自分が果たして体現できるのか、すごくはじめは不安でした。

 これまで求められた役とはかなり違うので正直戸惑いました。

 でも、井土監督とディスカッションして、疑問やわからないことをひとつひとつクリアして、どうにか演じ切ることができた。

 自分なりに園子の体に刻まれた人生の年輪みたいなものを表現できたのではないかと、いまは思っています。

 35歳というひとつ節目となる年齢で、いままであまり演じたことのないタイプの役の園子に出会えて、彼女のような芯のある、自立した女性に取り組めた。

 このことは大きいし、ひとつ自分の役者としての幅を広げられたかなと思っています。

 それから、ひとつ節目となる年に、『卍』という日本映画でリメイクされてずっと受け継がれてきた作品に向き合えたこと、携われたこともきっと今後につながる気がします」

「卍」より
「卍」より

『園子の心の中=わたしの心の中』になっていた

 演じ終えて、園子との時間をこう振り返る。

「いや、園子とわたしという人間が同化したかはわからないんですけど、どこからか、園子と同じ気持ちになっていたんですよね。

 だから、光子と愛を確かめあったときは、ものすごくうれしくて満たされた気持ちに園子と同様にわたし自身がなっていた。

 園子が光子のことが愛しくて愛しくてたまらないときは、わたしも光子が愛おしくてたまらない。

 光子に冷たくされれば園子と同じように、わたしも寂しくて傷つく。

 たとえば、光子にモデルを頼む2度目の写真撮影のシーンがありますよね。

 あのとき、光子の心はもう園子から離れている。

 で、写真を撮っていてもわかるんですよ。明らかにもう光子の気持ちがこちらに向いていないことが。

 もうカメラ越しだけど、ひしひしと気持ちが離れていっていることがわかる。

 でも、園子としては振り向いてほしいから近づくんですけど、それがかえって余計に関係を空回りさせてしまって……。

 近づけば近づくほど、心が離れていってしまう。

 あのシーンは、もういまお話したことが、体にストレートに刺さってくる感じで、苦しくてしかたなかったです。

 それぐらい『園子の心の中=わたしの心の中』になっていた。いま振り返っていても、胸が苦しくなってくる……。

 こうした経験ができたのも、園子といういままでにないタイプの役柄だったからだと思います。

 ですから、いまは園子に出会えたことにほんとうに感謝しています」

(※本編インタビュー終了。次回から、今後の活動のことなどをまとめた番外編を続けます)

【「卍」小原徳子インタビュー第一回はこちら】

【「卍」小原徳子インタビュー第二回はこちら】

【「卍」小原徳子インタビュー第三回はこちら】

【「卍」小原徳子インタビュー第四回はこちら】

【「卍」小原徳子インタビュー第五回はこちら】

映画「卍」ポスタービジュアル
映画「卍」ポスタービジュアル

映画「卍」

監督:井土紀州

脚本:小谷香織

出演:新藤まなみ 小原徳子

大西信満 黒住尚生 明石ゆめか ぶっちゃあ(友情出演)/仁科亜季子

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて (C)2023「卍」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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