「その後、こんなことが起きていたのか？」

　そう思わずにはいられない現実を見せてくれるのが、デンマーク出身のカミラ・ニールセン監督が手掛けたドキュメンタリー映画「プレジデント」だ。

　本作が主題に置くのは、ジンバブエの大統領選挙について。おそらく聞き覚えがあると思うが、同国はロバート・ムガベが1980年に首相に就くと、37年にわたって彼の独裁政権が続いた。

　しかし、2017年に軍事クーデターが起きて、ムガベ大統領が失脚。ようやく自由で開かれた国家が誕生するかと思われた。ただ、残念ながらまったく腐敗は変わらず、国民が置き去りにされた政治が終わっていないことを本作は2018年に行われた大統領選挙を通して伝える。

　現場で何が起きて、何をみたのか。カメラを回し続けたカミラ・ニールセン監督に訊く。全六回。

国際社会が目を向けなければいけなかったはずの大統領選挙は

問題だらけで終わったのに、世界でほとんど報じられることはなかった

　前回（第五回はこちら）、作品を通して「ジンバブエに関心を寄せてほしい」とメッセージを伝えてくれたカミラ・ニールセン監督。

　そこにはこんな思いもあるという。

「作品の中で、ムガベ前大統領が会見を行うシーンがあります。

　みていただいたらわかると思うのですが、ムガベ前大統領の前には無数のマイクが置かれていて、実際、ものすごい数のマスコミが押し寄せていた。それこそジンバブエ国内はもとより世界各国の新聞、テレビ、ラジオの大手メディアが来ていました。

　わたしはそれまでいくつかのジンバブエの政治家の会見に出席していましが、こんな数のマスコミがきたことは初めてでした。

　ただ、あの会見で海外メディアも安心してしまったんです。

　前回もお話ししましたが、ムガベが去ったことを確認できて、この先はもう大丈夫だろうとなってしまった。

　ムガベの腹心であったムナンガグワが暫定的に大統領に就任しましたが、それでもムガベの時代よりは悪くならないだろうと思ってしまった。独裁体制に戻ることはまずないだろうとなってしまって、その後行われる大統領選挙まで考えが及ばなかった。

　だから、本作で追った2018年の大統領選挙には残念ながらほとんど目が向けられなかった。

　海外メディアから厳しい目が注がれることはなかった。そして、あんな大統領選挙になってしまった。

　野党がどんな戦いを強いられていたのか、公正な選挙がほんとうに行われているか、といったわたしがこの作品で描いたことに触れたのは、『ワシントン・ポスト』や『ガーディアン』、『ニューヨーク・タイムズ』ぐらい。ほんの一握りのメディアに過ぎませんでした。

　国際社会が目を向けなければいけなかったはずの大統領選挙はいろいろな問題だらけで終わったのに、世界でほとんど報じられることはなかった。

　ですから、世界のみなさんにまずはジンバブエの事実を現実を知ってほしいです」

ユニセフとユネスコで働いていたことも

　このようにジンバブエを長きにわたって取材してきたカミラ・ニールセン監督。

　その作品は高い評価を受け、前作「Democrats（民主主義者）」はトライベッカ国際映画祭で最高賞を受賞。本作「プレジデント」もサンダンス国際映画祭でワールドシネマ・ドキュメンタリー審査員特別賞を受賞した。

　映画作家として確かなキャリアを築く彼女だが、プロフィールを拝見するとユニセフやユネスコのメディア・コンサルタントとして活躍していた時期があったという。

「もうだいぶ前のことなので履歴書から削らないといけないかもしれません（苦笑）。

　おっしゃる通り、以前、ユニセフとユネスコで仕事をしていました。もうかれこれ20年近く前のことになります。

　映画学校を卒業後にお仕事をいただいて。

　ユニセフとユネスコのブロードキャスティング関連のセクションで仕事をしていました。

　仕事の内容をひと言で表すことはちょっと難しいのですが、恵まれない環境や国にいる人を数多く取材しました。

　ただ、どちらも国際機関で、ある物事ひとつを決めるのも、いろいろと乗り越えなければいけないことがあって、とにかく時間がかかってしまう。

　たとえば、ユネスコでしたら、当時は白人男性がアフリカの恵まれない子どもや虐げられている女性たちの声を代弁するような形で世界に発信していた。

　ただ、わたしは恵まれない環境や国にいる人を取材する中で、彼らの望みや願いを彼ら自身の生の声で届ける形の方がいいと考えました。

　で、進言するわけですけど、大きな組織でもありますからなかなか事は動かない。

　中には、提言をまともに扱ってもらえないこともありました。

　なので、数年で辞めてしまいました。

　ただ、いまはどちらの機関もかなり変化したようです。

　たとえば、わたしはユニセフで働いていたとき、恵まれない子どもがいたら、彼自身が自分のことを語り、その言葉をそのまま伝えることが大切で、大人がそれを代弁してはいけないといったようなマニュフェストを作成したことがあるんです。

　当時はうやむやになってしまったんですけど、いまはそういう子どもの声をそのまま届けるような発信のスタイルに変化しています。

　わたしはちょっと提言するのが早すぎたのかもしれません（笑）。

　そういった形でユニセフとユネスコの仕事は辞めて、母国のデンマークに戻りました。

　それ以後は、プロフィールに書いてあると思うのですが、インディペンデントの映画作家としての活動をスタートして、今回の『プレジデント』や、その前段に当たる『Democrats（民主主義者）』といった作品を発表しています。

　今後も映画作家として活動していきたいと思っています」

（本編インタビュー終了）

【「プレジデント」カミラ・ニールセン監督インタビュー第一回はこちら】

【「プレジデント」カミラ・ニールセン監督インタビュー第二回はこちら】

【「プレジデント」カミラ・ニールセン監督インタビュー第三回はこちら】

【「プレジデント」カミラ・ニールセン監督インタビュー第四回はこちら】

【「プレジデント」カミラ・ニールセン監督インタビュー第五回はこちら】

「プレジデント」

監督：カミラ・ニールセン

全国順次公開中

写真はすべて2021（C） Final Cut for Real, Louverture Films & Sant & Usant