禁断の性愛のイメージが強い「卍」の世界に挑む。平凡な夫婦を狂わす彼女は悪女か？

水上賢治

映画ライター

2023/10/15(日) 9:00

　女性同士の性愛に焦点を当て、いまだ「禁断」といった背徳的なイメージの強い谷崎潤一郎の小説「卍」。

　1928年に発表されてから、これまで何度も映画化されてきた同作が、令和のいま再びリメイクされた。

　となると、これまで何度も映画化されてきた原作を、なぜいま再び描くのか？いま、改めて映画化する意味は果たしてあるのか？

　そう疑問を抱くことはある意味、素直な反応かもしれない。

　でも、いまだから「卍」なのかもしれない。むしろいまこそ「卍」ではなかろうか。

　令和に届けられた「卍」を前にすると、そんな感想を抱く。

　禁断はもはや過去で「卍」という物語の世界が、いまという時代にひじょうにフィットしていることに気づかされる。

　果たして、令和のいま「卍」と向き合った俳優たちは何を感じ、何を思ったのか？

　W主演のひとりは、初主演にして初のベッドシーンに挑んだ「遠くへ,もっと遠くへ」も反響を呼んだ、新藤まなみ。

　令和版「卍」と向き合った彼女に訊く。全六回。

二人とも心に隙間が、どうしても埋められない溝があった

　前回（第四回はこちら）は、光子と園子が惹かれ合ったことの話を訊いた。

　その中で、「互いに欠けているものがあって、園子も光子もそこへぴたっとはまったのではないか」と明かしてくれた新藤。

　演じながら、園子にも光子にも心の隙間のようなものを感じていたという。

「園子さんはおそらく旦那さんに大きな不満はない。ただ、その関係が良好かといわれると疑問符がつく。

　夫婦仲は悪くはないけれども、なにかお互いに遠慮のようなものがあって通じ合うまではいっていない。

　その隙間に入ってきてぴたりとはまったのが光子だった。

　一方、光子も順風満帆な人生を送っていたら、おそらくモデルの仕事でバイト代をもらって打ち上げでごちそうになって、『はいそれで終わり』だった気がするんです。

　でも、光子はいまだバイト生活で何者にもなれていない。自分に自信のない光子には、自分で店を切り盛りしている園子は輝いてみえた。

　ああいう女性になりたいと思える人だった。自分のある種の願望を満たしてくれる人が園子だった。

　やはり二人とも心に隙間が、どうしても埋められない溝があったと思います。

　そこを埋めてくる存在だったから、通じ合ったんだと思います」

光子は表面だけみると、明らかにトラブルメーカー。

彼女を悪女、魔性の女とするのはちょっと違う

　新藤の演じた光子は、園子と孝太郎の夫婦の中に分け入って、夫婦の中に大きな亀裂を入れてしまう。

　はたから見ると、どうしても悪女、人の心に取り入るあざとい女性に映るところがある。

　でも、新藤自身はまったく違うことを光子に感じていた。

「表面だけみると、明らかにトラブルメーカーですよね。それはわたしもわかります。

　結果として園子と孝太郎の関係も、自分と園子の関係もガラガラと崩れますけど、その中心にいるのは間違いなく光子だと思います。

　ただ、彼女を悪女、魔性の女とするのはちょっと違うと、わたしは演じてながら感じていました。

　たとえば、海辺で園子と光子がキスをして、もうお互いに気持ちが抑えられなくなってホテルへいって、そのまま体を求めあうシーンがありますよね。

　あのときよりも少し前から光子は園子が気になっている。少し心をもっていかれている。だから、あの時点で、園子をどうにかして自分に振り向かせたい、あわよくば関係をもって旦那から奪いたいみたいな気持ちが少しはあってもおかしくないと思うんです。そういうずるい気持ちが生じても仕方がないというか、それがふつうだと思うんです。もう愛してしまっているから。

　でも、演じていて、光子の中にそういう気持ちを一切感じなかったんです。

　あの時点で、関係を結んで園子と夫の関係を壊してやろうとか、どうにかして自分に振り向かせようとか、光子にそういったあざとい気持ちを演じていて微塵も感じなかった。

　光子はなんの計算もしていない。もう自分の気持ちに素直なだけなんです。

　だから、なにか罠を仕掛けて園子を自分のものにしようとしていない。

　なにか悪だくみを考えて園子と孝太郎の関係を引き裂こうとしていない。

　ちょっとしたボタンの掛け違いで関係がこんがらがってしまったところがある。

　だから、光子は完璧な悪女ではないとわたしは感じていました」