Yahoo!ニュース

禁断の性愛のイメージの強い「卍」へ挑む。平穏な日常を壊してもいいと思える人と出会ってしまったら……

水上賢治映画ライター
「卍」で主演を務めた小原徳子   筆者撮影

 女性同士の性愛に焦点を当て、いまだ「禁断」といった背徳的なイメージの強い谷崎潤一郎の小説「卍」。

 1928年に発表されてから、これまで何度も映画化されてきた同作が、令和のいま再びリメイクされた。

 となると、これまで何度も映画化されてきた原作を、なぜいま再び描くのか?いま、改めて映画化する意味は果たしてあるのか?

 そう疑問を抱くことはある意味、素直な反応かもしれない。

 でも、いまだから「卍」なのかもしれない。むしろいまこそ「卍」ではなかろうか。

 令和に届けられた「卍」を前にすると、そんな感想を抱く。

 禁断はもはや過去で「卍」という物語の世界が、いまという時代にひじょうにフィットしていることに気づかされる。

 果たして、令和のいま「卍」と向き合った俳優たちは何を感じ、何を思ったのか?

 W主演のひとり、小原徳子に訊く。全六回。

「卍」で主演を務めた小原徳子   筆者撮影
「卍」で主演を務めた小原徳子   筆者撮影

園子はこの夫婦生活は理想と思っていたけど、実は違うということに気づいた

 前回(第四回はこちら)、「もしかしたら、『卍』の根底には、人間関係がほんのちょっとしたことで崩壊してしまうことがあるのかもしれない」と園子と夫の孝太郎、そして光子の関係から感じたと語った小原。

 そこから改めて園子の夫への向き合い方についてこう語る。

「おそらく園子は、夫の孝太郎に、もちろん細かいところで不満はあったでしょうけど、大きなところでは不満はなかったと思います。

 むしろ、二人ともそれぞれの仕事やプライベートを尊重する理想的な生活ができていた。

 ただ、演じていて園子は夫と真剣に向き合ってこなかったのかなと思いました。

 でも、逆もしかりで、実は孝太郎も園子と真剣に向き合ってはこなかった。

 前回も少しお話ししましたけど、園子は自分がほんとうに思っていることを孝太郎に伝えないできた。

 たぶんどこかの時点からは、あまりに話さないできたから、ほんとうに話したいことがあっても、どこか見て見ぬふりをして自分の中でスルーしていた気がします。

 ある意味、そういったことを見ないで、『今は仕事だから、仕事にだけ集中すればいいから』と自分を納得させて、夫婦関係には目をつぶってきた。

 そうしているうちに孝太郎との関係に何が不満で、自分がどうしたいのかもわからなくなってしまった。

 そこに光子が現れたことで、自分がふだんの生活や日々の暮らしの中でどういうことを求めているのかに気づいてしまった。

 同時に、この夫婦生活は理想と思っていたけど、実は違うということにも気づいてしまった。

 だから、園子はかなり厳しい立場に立たされる。

 このあたりの園子の心境は演じてながらひしひしと伝わってきて苦しかったですね」

「卍」より
「卍」より

実は撮影初日だった、あのクライマックスシーン

 自身の気持ちを表に出さないできた園子が、夫の前で感情を爆発させるシーンが後半にある。

 なにか園子がこれまで抱えてきた苦しみや悲しみがすべてあふれ出るようなこの場面を、小原は見事に体現している。

「実は、あのシーン、撮影初日だったんですよ。

 無茶ぶりでびっくりしました。心の中でこう言いました。『このシーン、ほんとうに初日にやるんでか』と(苦笑)。

 で、ほかのシーンを撮っていないので、どのぐらいのテンションの演技が求められているのかわからない。

 だから、監督とお話しして、いろいろと詰めていったんですけど……。

 最終的には、孝太郎を演じられた大西(信満)さんに助けられたといいますか。

 孝太郎って、決して悪い人ではない。紳士でスマートな人だけど、ちょっと人をイラつかせるところがある。

 たぶん孝太郎本人は悪気はないんだけど、ちょっとかちんとくることを言ったり、少し心をざわつかすことをいったりする。

 撮影現場に入ったら、もう大西さんがそうなってくれていた。

 もう孝太郎そのもので、なんかこちらをイラつかせる雰囲気がある。

 くれぐれも大西さんご本人のことではないので、勘違いしてほしくないんですけど、もう孝太郎になってくださっていた。

 だから、わたしも目の前に孝太郎がいるからスイッチが入ったところがあって。

 もうイライラが募って、あのように感情を爆発させることができました。

 ですから、あのシーンのことはよく覚えています。

 初日に、いきなりクライマックス的なシーンを、夫婦で乗り越えられてよかったです(笑)」

いまある日常を破壊してもいいから向き合いたい人と出会えるって素敵

 では、改めて光子と園子の歩む道をどう思うだろうか?

「大人って一度壊してみないとわからないこと、気づかないことがあると思うんです。

 だから、光子と園子の歩みの結末が、幸福か不幸かははっきりいってわからない。

 でも、光子も園子も、それぞれいままで見えなかった大切な何かが見えたんじゃないかという気がするんです。

 だから、光子も園子も新たな一歩に踏み出せたんじゃないかなと、わたしは思っています。

 あと、わたしの感想を言うと、園子がうらやましいというか。

 いまある日常を破壊してもいいから向き合いたい人と出会えるって素敵だと思うんです。

 そこまで思える人に出会えるなんて、ないというか。

 少なくともわたしはそういう人とまだ出会っていない。わたしにとっての光子はまだ現れてくれていない。

 だから、園子がうらやましい。わたしもそう思える人に会ってみたいです」

(※第六回に続く)

【「卍」小原徳子インタビュー第一回はこちら】

【「卍」小原徳子インタビュー第二回はこちら】

【「卍」小原徳子インタビュー第三回はこちら】

【「卍」小原徳子インタビュー第四回はこちら】

映画「卍」ポスタービジュアル
映画「卍」ポスタービジュアル

映画「卍」

監督:井土紀州

脚本:小谷香織

出演:新藤まなみ 小原徳子

大西信満 黒住尚生 明石ゆめか ぶっちゃあ(友情出演)/仁科亜季子

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて (C)2023「卍」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事