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ウクライナのいまにつながる物語に託した思い。世界はまさか、でも私たちは予期していたロシアの攻撃を

水上賢治映画ライター
オレシャ・モルグネツ=イサイェンコ監督

 そのメロディを耳にすれば、おそらく聴き覚えがあるであろう一曲「キャロル・オブ・ザ・ベル」。クリスマスキャロルとしてよく知られるこの曲のベースになっているのが、ウクライナ民謡ということはあまり知られていないのではないだろうか?

 実は、「キャロル・オブ・ザ・ベル」は、ウクライナで古くから歌い継がれている民謡「シェドリック」を、1916年「ウクライナのバッハ」と称される作曲家マイコラ・レオントーヴィッチュが編曲、英語の歌詞をつけたもの。映画「ホーム・アローン」の劇中で歌われ、世界に広く知られるようになったという。

 映画「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」は、この曲をモチーフにした人間ドラマ。第2次世界大戦という戦火に人生をほんろうされたウクライナ、ポーランド、ユダヤ人の3家族の運命の行方が描かれる。

 そこには強国の脅威にさらされ続けてきたウクライナの歴史と、それでもなお失われなかった人としての誇り、そして人種を超えた平和への希望が刻まれている。

 手掛けたのは、ドキュメンタリー作品を主に発表してきたウクライナのオレシャ・モルグネツ=イサイェンコ監督監督。

 現在もウクライナのキーウで暮らしながら活動を続ける彼女に話を訊く。全四回。

オレシャ・モルグネツ=イサイェンコ監督
オレシャ・モルグネツ=イサイェンコ監督

多くのウクライナ人は、ロシアが攻撃してくることがあると予測していました

 前回(第一回はこちら)は、本作を作るきっかけとなった3つの事項について訊いた。

 そこから作品は、どう動いていったのだろうか?

「そうですね。

 まず、ドキュメンタリー映画『THE BORDERLINE』を制作している段階から、資金調達に動き始めました。

 そのあと、なんとか資金のメドがついて、2019~2020年に撮影に入りました。

 ですから、コロナのパンデミックの影響は多少ありましたけど、幸運なことにほぼ受けずにすみました。

 それから、みなさんご存じのようにウクライナへのロシアによる軍事侵攻は昨年2022年2月のこと。

 よく『まるで今回の戦争を予感されていたような作品』と言われるのですが、その前に作品は完成していたので、ロシアの軍事侵攻の影響を受けて作られた作品ではありません。

 つまり、ウクライナはずっとロシアの脅威を受けてきていたのです。

 世界各国は『まさかそんなことは起きないだろう』と考えていたかもしれませんが、わたしを含め多くのウクライナ人は、ロシアが攻撃してくることがあるだろうと予測していました。

 なので、本格的にロシアが侵攻を始める昨年2月の1ヶ月前には、いつ戦争が起こってもすぐに逃げられるよう荷物をまとめていました。

 それぐらい脅威を感じていたのです」

「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」より
「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」より

脚本家のクセニア・ザスタフスカ氏の祖母の体験がもと

 話を脚本に戻すが、クセニア・ザスタフスカの手によるもの。この脚本の第一印象をこう語る。

「前回お話ししましたが、まずわたしが映画化したいと思える題材、テーマ、内容がつまっていました。

 彼女がこの脚本を書き上げたのは2014年と聞いています。

 そして、わたしが手にしたのは、2018年のことでした。

 この脚本を映画化しようとプロデューサーが動いていたのですが、監督が見つからない状況がしばらく続いていたみたいで。

 ある日、そのプロデューサーの方から、わたしのところに脚本が送られてきたんです。『興味はないか』と」

 脚本は、脚本家のクセニア・ザスタフスカ氏の祖母の体験がもとになっているという。

「彼女の祖母が第二次大戦で体験したことを基にしています。

 彼女の家族は、戦時中、ポーランド人とユダヤ人の家族をドイツ軍から守っていたそうです。

 舞台設定をイバノフランコフスクにしたのも、第二次大戦でナチスからの爆撃が実際にあったこと、ナチスの後すぐにソ連が攻めてきたことの事実に基づいてそうしました。

 それから、OUN(ウクライナ民族主義者組織)が処刑されるシーンや、タリアが家の外に出て行ったと思って外に出て行ったとき、ドイツ軍兵士にみつかってパスポートを見せるよう要求されるシーンがありますが、あれも実際にあったことが基になっています」

「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」より
「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」より

監督を引き受けるかどうかを決める猶予はたった1日!

こうして脚本に惹かれ監督を受けることになるのだが、そこではちょっとした面白いやりとりがあったと打ち明ける。

「実は、いまだから明かすと、わたしに監督を引き受けるかどうか決める猶予は1日しかなかったんです(苦笑)。

 プロデューサーの方から脚本が送られてきて、連絡を受けたのですが、『明日の朝までにやるかやらないか決めてくれ』と伝えられました。

 そんなことを言われたのは初めて。ずいぶん乱暴だなとも思ったのですが、脚本を読み進めるうちに、さきほどいったようにわたしが描きたいと思っていることが書かれている。

 すばらしい脚本だと思いましたし、わたしはひとりのウクライナ人として、こういった歴史があることを自国民だけではなく、海外の方にも知ってもらいたいと思いました。

 この知られざる世界史のひとつを世界各国へと届けたいと思いました。

 なので、翌日、監督のオファーを受ける意思があることをプロデューサーに伝えました」

(※第三回に続く)

【オレシャ・モルグネツ=イサイェンコ監督インタビュー第一回はこちら】

「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」ポスタービジュアルより
「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」ポスタービジュアルより

「キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩」

監督:オレシャ・モルグネツ=イサイェンコ

脚本:クセニア・ザスタフスカ

出演:ヤナ・コロリョーヴァ、アンドリー・モストレーンコ、ヨアンナ・オポズダ、ポリナ・グロモヴァ、フルィスティーナ・オレヒヴナ・ウシーツカ

公式サイト https://carolofthebells.ayapro.ne.jp/

新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、池袋シネマロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

写真はすべて(c)MINISTRY OF CULTURE AND INFORMATION POLICY OF

UKRAINE,2020-STEWOPOL SP.Z.O.O.,2020

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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