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なぜ、彼女の物語が今を生きる女性たちの心に響くのか?50年の時を経て幻の名作が日本初公開に

水上賢治映画ライター
「マリとユリ」より

 「こんな女性監督が存在していたのか?」。

 そう驚きを隠せないのが、現在特集上映が開催中の<メーサーロシュ・マールタ監督特集 女性たちのささやかな革命>のメーサーロシュ・マールタ監督だ。

 彼女は1975 年の「アダプション/ある母と娘の記録」(※今回の特集での上映作品)で女性監督として史上初めてベルリン国際映画祭の最高賞(金熊賞)を受賞。以後も、カンヌ国際映画祭、ヴェネチア国際映画祭をはじめ名だたる国際映画祭で受賞を重ねた。

 アニエス・ヴァルダらと並び称される偉大な女性映画作家に挙げられる存在だ。

 ただ、きわめて重要な映画人でありながら、残念ながら彼女の作品は日本で劇場公開されないできた。

 今回の特集上映が彼女の作品の日本初お目見えとなる。

 ラインナップの5作品は、いずれも40年以上前の作品になるが、驚くぐらい古さは感じられない。

 女性の主体性や自由がテーマに深く根付いた作品は、現代社会にも結び付くひじょうに今日的な内容。

 今回の日本での特集上映に関して、メーサーロシュ監督自身が「古い映画を見つけてくれてありがとう。自由の問題も女性の状況も私が映画を撮った頃からあまり良くはなっていないのですから、これらの作品はきっと、今の時代にも有効でしょう。映画を見て、考えて、語り合ってください」とコメントを寄せているように、むしろ今を生きる女性の心にこそ響く物語になっている。

 メーサーロシュ・マールタ監督が描く作品世界とはいかなるものか?

 メーサーロシュ監督作品の撮影監督を務めた経験をもつヤンチョー・ニカ氏に訊く。全三回

ヤンチョー・ニカ氏
ヤンチョー・ニカ氏

上映作品で一番のお気に入りは「ナイン・マンス」

 全三回連載の最後となる第三回は、今回の上映作品についての話を。

「アダプション/ある母と娘の記録」「ドント・クライ プリティ・ガールズ!」「ナイン・マンス」「マリとユリ」「ふたりの女、ひとつの宿命」の5作品が上映される。

 一番のお気に入りの映画はどれになるだろう?

「なかなか選ぶのは困難で、5作品とも大好きです。

 ただ、どうしても一つということで選ぶとしたら『ナイン・マンス』でしょうか。

 この作品は、ユリという女性が登場する。彼女は工場で働く一方で、農学を学んでいる。

 その勤務先の上司、ヤーノシュと彼女は恋に落ちてしまう。

 ただ、実はユリには、前のパートナーとの間に子どもがいて、そのことを上司には打ち明けられない。

 そこからどうなるのかというのが、おおよそのストーリーになります。

 ユリとヤーノシュという二人が複雑な状況に置かれている。

 そこで二人は激しく対立し、そこからいろいろなテーマが浮かび上がってくる。

 たとえば、ユリからは女性の自立、子どもを抱えながら女性が生きていくの難しさ、『女性はこうあるべき』といった社会への反発といったことが浮かびあがる。

 一方、ヤーノシュという男性からは、家父長制度であったり、『俺が決めたことに従え』といった男性上位の社会であったり、こちらもいろいろと浮かびあがる。

 そういったひと言ではなかなか解決できない問題を目の前に提示している。

 こういった内容だとともすると説教臭くなったり、糾弾するような強烈メッセージが前面に出てしまったり、といったことになりがち。

 物語が複雑になってピントがぼけた形になってしまう可能性もある。

 でも、この作品は、そんなことになっていない。ひじょうにシンプルな構成とシンプルな形で、事の本質をみせてくれる。

 過度な虚飾も装飾も、人間のありのままの姿を見せられたような感触が残る。

 すばらしい作品だと思います。

 ぜひ、日本のみなさんも注目していただけたらと思います」

「ナイン・マンス」より
「ナイン・マンス」より

彼女の映画、ひと言で表すと、必要なものだけで成立している

 そのシンプルさこそが、メーサーロシュ監督作品の魅力だと語る。

「ほんとうにシンプルなんです。

 彼女の映画というのは、ひと言で表すと、必要なものだけで成立している。

 説明過多になってしまったり、付け足してしまったりと、いうことがないというか。

 ほんとうに必要な要素だけをしっかり描いて、しっかり映し出す。

 変な混じりものがない、余計なものがないから、そこに込められたメッセージがシンプルかつダイレクトにこちらに伝わってくる。

 変に複雑にしない。シンプルでいい。

 メーサーロシュ監督作品の魅力はそこにあるような気がします。

 今回の5作品もみていただければ、いまを生きる、とりわけ女性たちにシンプルに伝わってくるメッセージがあると思います。

 ぜひ、多くの方に彼女の作品に出合ってほしいですね」

メーサーロシュ・マールタ監督
メーサーロシュ・マールタ監督

【ヤンチョー・ニカ氏インタビュー第一回はこちら】

【ヤンチョー・ニカ氏インタビュー第二回はこちら】

<メーサーロシュ・マールタ監督特集 女性たちのささやかな革命>メインビジュアル
<メーサーロシュ・マールタ監督特集 女性たちのささやかな革命>メインビジュアル

<メーサーロシュ・マールタ監督特集 女性たちのささやかな革命>

「アダプション/ある母と娘の記録」

「ドント・クライ プリティ・ガールズ!」

「ナイン・マンス」

「マリとユリ」

「ふたりの女、ひとつの宿命」の5作品を上映

詳細は公式サイトへ → https://meszarosmarta-feature.com/

全国順次公開中

写真はすべて(C) National Film Institute Hungary - Film Archive

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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