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その存在を知ってほしい強制送還寸前の少年たち。そして、「最強のふたり」の名優の印象は?

水上賢治映画ライター
「ウィ、シェフ!」より

 腕は確かながら、我が強くシェフの指示に素直に従えず、一流レストランを飛び出した女性料理人カティは、移民の少年たちが暮らす自立支援施設の食堂を任されることに。

 しかし、質より量が重要で、予算もわずかと、当然のことながら高級レストランとは別世界。

 食材の調達もキッチンの用具も人手も足りない状況に不満が爆発したカティに、施設長は少年たちを調理アシスタントにしてはと提案。

 このことがカティの人生と、移民の少年たちの未来を変えていく!

 映画「ウィ、シェフ!」は、このようなストーリーが進展していく。

 作品自体は、どん底にいるシェフと、フランスでの生活を望む強制送還寸前の少年たちが人生を好転させようと悪戦苦闘するコメディ仕立ての人間ドラマ。

 ただ、その背景にフランスという国が抱える厳しい現実や世界的な移民の問題などを忍ばせ、内容としてはひじょうに骨太の社会派作品にもなっている。

 この作品を通して、何を伝え、何を描こうとしたのか?

 フランスの新鋭、ルイ=ジュリアン・プティ監督に訊く。全四回

リモートでの取材に応じてくれたルイ=ジュリアン・プティ監督 提供:アルバトロス・フィルム 
リモートでの取材に応じてくれたルイ=ジュリアン・プティ監督 提供:アルバトロス・フィルム 

「最強のふたり」でおなじみのフランソワ・クリュゼについて

 前回(第三回はこちら)に続き、キャスティングの話を。

 強制送還にならぬよう少年たちを支援する施設長のロレンゾ役は、日本でも「最強のふたり」でおなじみのフランソワ・クリュゼが演じている。

「オドレイ・ラミーについて、演じているというよりも彼女自身がもうそのままカティになってくれていた。カティに完璧になってくれたと話しましたけど、フランソワ・クリュゼという俳優もまた同じようにその役のことを深く洞察し、理解して演じられる俳優です。

 クリュゼはロレンゾという人物にひじょうに深い理解を示してくれました。

 ロレンゾという人物は、ある意味、本作において支柱となっているといっていいでしょう。

 ロレンゾの存在なくして、この物語は成立しない。

 フランスで生きることを望む少年たちをどうにか強制送還させず、ここで暮らせるように導くことに彼は全身全霊で取り組んでいる。

 彼のような存在がいたから、カティの役割というのも生まれたのです。

 今回、フランソワ・クリュゼとは初めて顔を合わせました。

 ただ、フランスどころか世界に名の知られる著名な俳優であり、多忙でもあることは想像できる。

 ですから、この役に興味を示してくれるかは初めの段階では未知数でした。

 でも、わたしはどうにかして彼に出てもらいたいと思っていました。

 なぜなら、彼のような著名な俳優に出演してもらうことがひじょうに意味があると思ったからです。

 オドレイ・ラミーもフランソワ・クリュゼもそうですが、彼らのような名の知れた俳優が出ることで、この社会問題が広く知れ渡ってくれるところがある。

 この問題について関心が強まる可能性がより高くなる。

 ですから、ロレンゾ役はどうにかしてフランソワ・クリュゼにお願いしたいと考えていました」

「ウィ、シェフ!」より
「ウィ、シェフ!」より

クランクインしてすぐクリュゼがアキレス腱断裂の大けがを負う

 その願いは届き、フランソワ・クリュゼは出演を承諾する。

「うれしいことに、フランソワ・クリュゼはロレンゾという人物にひじょうに思いを寄せてくれました。

 この脚本にもひじょうに深い理解を示してくれました。

 それで快く主演を承諾してくれました」

 ただ、クランクインしてすぐのサッカーシーンの撮影中にクリュゼはアキレス腱を断裂。

 全治2ヶ月の診断を受けた。

 だが、クリュゼの続投を望むプティ監督は退院を待って撮影を続行したという。

「撮影の初日にケガをしてしまったんです。

 しかも、アキレス腱断裂という大けがで、松葉づえという状態になってしまいました。

 でも、代役は考えられなかったです。

 クリュゼ自身も、なんとかしてこの役をまっとうしたいとすぐに話してくれました。

 なので、そのままのキャスティングで撮影を続けました。

 すごいなと思ったのは、クリュゼはケガでさえも無駄にしないというか。

 アキレス腱を切って、彼はレントゲンをとったり、検査を受けたり、いろいろと診察を受けたわけです。

 そのときの痛みだったり、心の不安であったりといった経験を、少年たちが強制送還されるかどうか骨年齢の診断を受けるシーンで彼は生かしている。

 ものすごいプロフェッショナルな俳優だと思いました。

 で、彼は知らないことが知れて貴重な経験になったと言うんですね。

 ほんとうに偉大な役者だと思いました。

 演技のテクニックはもちろんですけど、共演者との関係性であったり、現場の立ち振る舞いまでスマートで。

 作品をよりよいものにしようと高めようとしてくれる。

 有名な俳優ですごいキャリアを築いているのにえらぶるところがない。

 役者同士のコミュニケーションというのも、すごく大切にしていて。

 共演者とのパートナー性を大切にしていて、お互い高め合えるような関係性でシーンに臨むような感じなんです。

 人としてもひとりの役者としても、ものすごい寛容さをもった人物で感銘を受けました。

 あと、いまの社会についても関心を寄せていて、僕はいろいろと語り合いました。

 それはいまも続いています。

 また、いつか一緒に仕事をしたいですね」

「ウィ、シェフ!」より
「ウィ、シェフ!」より

移民少年たちを演じるのは、実際にパリの移民支援施設で暮らす若者たち

 また、施設で暮らす少年たちを演じるのは、実際にパリの移民支援施設で暮らす若者たち。

 オーディションには300人以上が参加し、そこから選ばれた40名が映画デビューを果たしている。

「オドレイ・ラミーとフランソワ・クリュゼという偉大な俳優の協力もあって、彼らは自然体でありのままをだしてくれてすばらしい演技をみせてくれました。

 裏話をすると、彼らにはシナリオを渡しませんでした。

 撮影は、できるだけシナリオの順番どおりに進めていって、脚本を渡さずにその場でこういうシーンと知らせて、あまり作り込まずに彼らの真のリアクションを大事にして撮っていくことにしました。

 彼らはほんとうにすごい苦難の道を歩んでいまここにいる。その彼らだからこその素のリアクションや言葉を大切にしたかったんです」

彼らのような存在がいることを知ってもらえたら

 彼らとはいまも関係が続いているという。

「撮影が終わってからも、やりとりをしていてインスタなどでつながっています。

 前回の『社会の片隅で』のときの出演者のホームレスの女性たちともいまだに交流が続いています。

 おかげさまで『社会の片隅で』も、今回の『ウィ、シェフ!』もフランスではポジティブな反応を得ることができました。

 日本でもこの劇場公開をきっかけに、少しでも彼らのような存在がいることを知ってもらえたらうれしいです」

【ルイ=ジュリアン・プティ監督インタビュー第一回はこちら】

【ルイ=ジュリアン・プティ監督インタビュー第二回はこちら】

【ルイ=ジュリアン・プティ監督インタビュー第三回はこちら】

「ウィ、シェフ!」メインビジュアル
「ウィ、シェフ!」メインビジュアル

「ウィ、シェフ!」

監督:ルイ=ジュリアン・プティ

出演:オドレイ・ラミー、フランソワ・クリュゼほか

公式HP:ouichef-movie.com

全国順次公開中

場面写真及びポスタービジュアルはすべて(C)Odyssee Pictures - Apollo Films Distribution - France 3 Cinéma -Pictanovo - Elemiah- Charlie Films 2022

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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