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移民・難民の問題に言及。強制送還寸前の少年たちの未来を変えるひとりの女性料理人の奮闘を描く

水上賢治映画ライター
「ウィ、シェフ!」より (C)Marcel Hartman

 腕は確かながら、我が強くシェフの指示に素直に従えず、一流レストランを飛び出した女性料理人カティは、移民の少年たちが暮らす自立支援施設の食堂を任されることに。

 しかし、質より量が重要で、予算もわずかと、当然のことながら高級レストランとは別世界。

 食材の調達もキッチンの用具も人手も足りない状況に不満が爆発したカティに、施設長は少年たちを調理アシスタントにしてはと提案。

 このことがカティの人生と、移民の少年たちの未来を変えていく!

 映画「ウィ、シェフ!」は、このようなストーリーが進展していく。

 作品自体は、どん底にいるシェフと、フランスでの生活を望む強制送還寸前の少年たちが人生を好転させようと悪戦苦闘するコメディ仕立ての人間ドラマ。

 ただ、その背景にフランスという国が抱える厳しい現実や世界的な移民の問題などを忍ばせ、内容としてはひじょうに骨太の社会派作品にもなっている。

 この作品を通して、何を伝え、何を描こうとしたのか?

 フランスの新鋭、ルイ=ジュリアン・プティ監督に訊く。(全四回)

ルイ=ジュリアン・プティ監督
ルイ=ジュリアン・プティ監督

同伴者となってくれる人がいない状況でフランスにきた未成年の移民の存在

 はじめに触れておくとルイ=ジュリアン・プティ監督の作品が日本で劇場公開されるのは今回の「ウィ、シェフ!」が初めて。

 だが、彼の前作「社会の片隅で」はフランスでは動員100万人を超える大ヒットを記録。大きな反響を呼んだ。

 日本では残念ながら未配給に終わり劇場公開されることはなかったが、実は2019年に開催された<フランス映画祭2019 横浜>で上映されている。

 その際に、ルイ=ジュリアン・プティ監督も来日。そのとき、話をうかがい、インタビューを届けた(「社会の片隅で」のインタビューはこちら)。

 実はこのとき、今回の「ウィ、シェフ!」の脚本作りにすでにとりかかっていたという。

「<フランス映画祭2019 横浜>は確か2019年の6月ごろだったと思うけど、そのころ、『ウィ、シェフ!』の脚本作りを進め始めていました。

 正確に言うと、脚本を書き始める前の段階のリサーチ中で、いろいろと思案している最中だったと記憶しています。

 『社会の片隅で』のインタビュー時も話したと思いますが、わたしはフランスの社会で現実に起きている、けれどもあまり知られていないことに目を向けたい気持ちがあります。

 『社会の片隅で』では、いままで社会の問題として取り上げられてこなかったといいますか。

 その存在に目が向けられてこなかった女性のホームレスの現実について描きました。

 その作品を経て、次どうするとなったときに、まず、プロデューサーが、脚本家でドキュメンタリー作家のソフィー・ベンサドゥンを紹介してくれました。

 彼女は、家族も親類もいない、つまり同伴者となってくれる人がいない状況で未来を切り開こうとする未成年の移民の存在を、料理を通じて描くという映画のアイデアを持っていました。

 わたしは、このアイデアにとても興味を抱きました。

 そして、これまでの映画と同様に、まずは徹底的にリサーチしてみることにしました」

元シェフで教師のカトリーヌ・グロージャンとの出会い

 そこでひとりの女性と出会うことになる。

「ソフィーの紹介で、職業学校の教師であるカトリーヌ・グロージャンに会う機会を得ました。

 何を隠そう彼女は元シェフで。

 いまは教師として、未成年の移民たちがフランスでの安定した暮らしを得られるよう、CAP(Certificat d’Aptitude Professionnelle=職業適格証)を取得させる社会活動に尽力していました」

 会っていろいろと話す中で、今回の「ウィ、シェフ!」へとつながるいろいろなインスピレーションを得たという。

「彼女とはほんとうにいろいろなことを話しました。

 まず、わたしが会って感銘を受けたのは、彼女の生徒である移民の若者たちへの接し方でした。

 親身に愛情をもって接しながら、ひじょうにプロフェッショナルに専門的なことをきちんと彼らに与えようとしている。

 その彼女の本気というか。真剣に愛情をもって教えてくれることがわかるから、若者たちも彼女をすごく尊敬していて真剣に学ぶ姿がそこにありました。

 その証拠に、彼女の学校で学んだ若者たちは100%資格を取得して、全員がその学んだことを活かせる職場に就いている。

 こういう実績があるので、彼女は5年前にもう定年を迎えるはずだったんですけど、実はまだ同じ仕事を続けています。

 いまも移民の若者たちの自立への教育に情熱を注いでいます。

 このような彼女のとてもユニークな経歴と個性、教育法を知って、この映画が向かうべき方向が定まった気がします」

「ウィ、シェフ!」より
「ウィ、シェフ!」より

カトリーヌをモデルに、主人公のカティ・マリーを作り上げていきました

 カトリーヌ・グロージャンをモデルに、本作の主人公、カティ・マリーを考え、物語を練っていったという。

「さきほど触れたようにカトリーヌが始めた取り組みは、同伴者のいない移民を望む若者が、フランスで暮らすために必要なCAP(職業適性能力資格)の取得を目的としたもの。そこで学んだ、移民の若者たちは料理の確かな腕を身につけて、その技術を生かせる仕事に就くことができる。

 強い信念のもとこの取り組みを続けるカトリーヌをモデルに、主人公のカティ・マリーを作り上げていきました。

 ただ、彼女だけをクローズアップしても、物語は輝かないというか。

 ストーリーに深みが出ない。

 ということで、難しいバックグラウンドを抱えた個性豊かな移民の若者たちを登場させることにしました。

 彼らと彼女を対比させることでいろいろとみえてくることがあるのではないかと思いました。

 こんな推敲を何度も重ねて、いまのストーリーができていきました」

(※第二回に続く)

【ルイ=ジュリアン・プティ監督「社会の片隅で」インタビューはこちら】

「ウィ、シェフ!」ポスタービジュアル
「ウィ、シェフ!」ポスタービジュアル

「ウィ、シェフ!」

監督:ルイ=ジュリアン・プティ

出演:オドレイ・ラミー、フランソワ・クリュゼほか

公式HP:ouichef-movie.com

新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中

場面写真及びポスタービジュアルは(C)Odyssee Pictures - Apollo Films Distribution - France 3 Cinéma -Pictanovo - Elemiah- Charlie Films 2022

監督写真は(C)Naïs Bessaih

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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