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同じ下着を共用する母と娘の関係から考えたこと。娘の年齢を韓国で注目のMZ世代にした理由は?

水上賢治映画ライター
「同じ下着を着るふたりの女」のキム・セイン監督

 なんともユニークなタイトルのついた映画「同じ下着を着るふたりの女」。

 ただ、どこかユーモアを感じさせる題名とは裏腹に、その物語はかなり痛烈にして辛辣。

 どこまでいっても平行線、愛憎が入り混じるまだまだ女を捨てていないシングルマザーと20代後半になってもまだ自立しきれていない娘の関係の行方が描かれる。

 たかが下着、されど下着。たった一枚の下着から、現代を生きる母と子の関係を残酷なまでに浮かび上がらせる。

 第26回釜山国際映画祭で5部門で受賞を果たすなど、世界で高い評価を得た本作を手掛けるのは1992年生まれの新鋭、キム・セイン監督。

 鮮烈な長編デビュー作を作り上げた彼女に訊く。全四回

「同じ下着を着るふたりの女」のキム・セイン監督
「同じ下着を着るふたりの女」のキム・セイン監督

娘の年齢を30歳手前と設定した理由は?

 前回(第三回はこちら)に引き続き、作品についての話から。

 母子関係や下着に着目した点などをここまで訊いてきたが、もうひとつ気になる点が。

 娘の年齢を30歳手前と設定している。

 これはなにか理由があったのだろうか?

「ちょうど、(この作品にとりかかっていた)当時のわたしの年齢が20代後半だったということがまずひとつあげられます。

 わたし自身と同じような世代の女性にしたいと、自然な流れでそういう設定にまとまっていきました。

 それから、もうひとつ理由がありました。

 韓国ではいま、MZ世代と呼ばれる世代が注目を集めています。

 1980年から1990年半ばに生まれた世代は、Ⅿ(ミレニアル)世代と呼ばれ、1990年代半ばから2015年ぐらいまでに生まれた世代は、Z(ゼット)世代と呼ばれるのですが、その2世代を合わせたのが「MZ世代」となります。

 わたしは1992年生まれになるので、ミレニアル世代でMZ世代にもあたることになります。

 このMZ世代とその前の世代では、価値観や社会が大きく変わっている。

 その点を作品に反映させたいと考えました。

 たとえばMZ世代はデジタルネイティブで、生まれたときからインターネットやデジタル機器に慣れ親しんできました。

 それからジェンダーの問題であったり、環境の問題といった社会への意識が総じて高い。

 また、自己をもっているといいますか。

 たとえば、一昔前の世代ならば、『高級ブランド=いいもの』で選ぶ傾向が強かった。

 でも、MZ世代は、自分の価値観に見合っているかどうかで判断する傾向が強い。

 たとえば、環境に配慮しているとか、企業理念が自分の意識と合致しているとか、そういう判断基準でモノを選ぶ。

 自分を含めMZ世代は自分らしさであったり、自分の価値観を大切にして生きているところがある。

 一方で、わたしたちの母世代というのはちょっと違って。

 当然、全員が全員そうというわけではないですけど、たとえば大学を出たらいい会社に入って働いて、20代後半ぐらいには結婚して子どもを産む。それが女性としての幸せのような価値観が社会全体にあった気がします。

 だから、娘にも早くの結婚や出産を求めてしまう。

 一方で、もうその価値観は旧来のもので、自分たちの価値観で生きているわたしたち世代としては、受け入れがたい。

 自分のことは自分で決めたいし、仕事だって結婚だって年齢とかではなく、自分たちのタイミングで決めたい。

 ただ、そうはいっても親は親なので突き放すこともできない。この価値観の違いが、MZ世代とそのMZ世代の親世代の衝突につながっている気がしました。

 あと、おもしろいことにわたしの周囲の人と話をすると、いま話したように親との価値観の違いを口にする人はものすごい多い。

 そこまで合わないならば、家を出ればいいのでは?とシンプルに思うんですけど、意外とみんな実家から離れてない。

 嫌といいながら離れられないでいる自分がいる。なんかこれもおもしろいなと思ったんです。

 そういう微妙ないまの母と娘の距離みたいなことも作品に反映できればと思って、娘をわたし自身と同世代の30歳手前にしました」

「同じ下着を着るふたりの女」より
「同じ下着を着るふたりの女」より

印象的な母と娘のケンカシーンはどういう考えで演出したか?

 母と娘が対峙し続ける本作だが、ひときわ印象に残るのがケンカのシーン。

 演技とはおもえない取っ組み合いのケンカになっているのだが、どんな演出をしたのだろうか?

「ありがとうございます。リアルなケンカにみえて光栄です。

 ケンカのシーンは、アクションを担当する専門家がいて、その人を交えて作り上げていきました。

 わたしはまず、二人のこのときの心情と感情というものを細かく俳優の二人に伝えました。

 『いま二人はこんな気持ちでぶつかっています』と。

 一方で、アクション監督には、通常の見せる、画面映えするようなアクションではなく、あくまでリアルさを追求してほしい、ほんとうにケンカしているように見えるアクションをつけてくれるように伝えました。

 こうしたやりとりを経て、完成したのがいまのケンカのシーンです。

 母と娘の感情が激しくぶつかり合うシーンになったと思います。

 家という小さな限られた空間で解決できない問題に直面している母と娘の感情がリアルに伝わってくれたらうれしいです」

(※本編インタビューは終了。監督のプロフィールについて訊いた番外編を次回続けます)

【キム・セイン監督インタビュー第一回はこちら】

【キム・セイン監督インタビュー第二回はこちら】

【キム・セイン監督インタビュー第三回はこちら】

「同じ下着を着るふたりの女」ポスタービジュアル
「同じ下着を着るふたりの女」ポスタービジュアル

「同じ下着を着るふたりの女」

監督:キム・セイン

出演:イム・ジホ、ヤン・マルボク、ヤン・フンジュ、チョン・ボラム

公式サイト https://movie.foggycinema.com/onajishitagi/

全国順次公開中

写真はすべて提供:foggy

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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