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母と娘で同じ下着を着ることはありなし?そこからは毒母がもはや一般的に知られる日本の母娘像も

水上賢治映画ライター
「同じ下着を着るふたりの女」のキム・セイン監督

 なんともユニークなタイトルのついた映画「同じ下着を着るふたりの女」。

 ただ、どこかユーモアを感じさせる題名とは裏腹に、その物語はかなり痛烈にして辛辣。

 どこまでいっても平行線、愛憎が入り混じるまだまだ女を捨てていないシングルマザーと20代後半になってもまだ自立しきれていない娘の関係の行方が描かれる。

 たかが下着、されど下着。たった一枚の下着から、現代を生きる母と子の関係を残酷なまでに浮かび上がらせる。

 第26回釜山国際映画祭で5部門で受賞を果たすなど、世界で高い評価を得た本作を手掛けるのは1992年生まれの新鋭、キム・セイン監督。

 鮮烈な長編デビュー作を作り上げた彼女に訊く。全四回。

「同じ下着を着るふたりの女」のキム・セイン監督
「同じ下着を着るふたりの女」のキム・セイン監督

わたしがこの映画で描きたかったこと

 前回(第二回はこちら)は、下着に着目した理由について明かしてくれたキム・セイン監督。

 その中で、下着は母と娘の特有の関係を表すものではないかと思い、本作で着目したと監督は語ってくれた。

 その言葉通り、下着は本作の重要なモチーフであり、物語における重要なアイテムになっている。

 詳細は明かさないが、ラストシーンにも深くかかわることになる。

 単なる下着一枚のことながら、『そんなことも知らないでここまで生きてきたのか』という印象を強く抱き、母と娘の共依存が浮かび上がるものになっている。

「そうなんですね。

 ラストについては、娘のイジョンが『わたしはこんなことも知らなかったのか』と愕然とし、自身を見つめ直す。

 このことを含めて、突き詰めていくと、わたしがこの映画で描きたかったのは、母と娘の関係というよりも、独り立ちできない二人の女性だったかもしれません。

 イジョンは反発を抱きながらも、なんやかんやと母親のスギョンを頼っている。

 一方で、スギョンも娘を突き放そうとするが突き放しきれない。

 どちらも互いを逃げ道にしているというか。

 イジョンは自身の道を歩めないのは母のスギョンのせいにしているところがある。

 一方でスギョンも再婚話を含めうまくいかないことは一緒に暮らす娘のイジョンが元凶と考えているところがある。

 母は娘に、娘は母に問題があると人のせいにしてばかり。

 肝心の自分自身を見つめることをしていない。

 もっと互いのことを尊重して、ほどよい距離の関係を保ちながら、互いに独立した道を歩むことはできるのではないか?

 そのようなほどよい母子の関係であり、女性の関係を描きたい気持ちがありました。

 さらにそこから最終的には、女性の自立について考えさせられる作品になればとの思いがありました」

「同じ下着を着るふたりの女」より
「同じ下着を着るふたりの女」より

日本の書籍やマンガにも目を通しました

 この母子物語は、「毒母」や「毒親」という言葉がもはや一般的になっている日本の現在の母娘関係にもつながる気が。

 母や親の影響が大きすぎて、従うのが当たり前になり、気づけば自分が望むものよりも親が望むものを選択しているという子が多いという話もよく聞く。

 娘に過度に干渉し、子どもの人生を支配するような母親の存在は、韓国でも一般的になっているのだろうか?

「なかなか難しい質問ですね。

 この作品で描いた母子関係が、韓国で多いかというと必ずしもそうではないと思います。

 とりわけいまの時代というのは多様な価値観や意見が認められています。

 ですから、イジョンとスギョンの関係をみて、いまの韓国をある種、象徴するような関係だなと思う人もいれば、まったく当てはまらないという方もいらっしゃると思います。

 母親の影響という点について言えば、多大な影響を受けている人もいれば、ぜんぜん受けなかった人もいて、影響を受けていることに気づいていない人もいるでしょう。

 ですから、娘を過度に干渉したり、子ども人生をコントロールしようとしたりする母親が、韓国でも多くなっているかは正直わからないです。

 ただ、ひとつ言えることは、わたしはこの作品を作り始めた時期に、日本の母娘や親子関係の書籍に目を通していました。

 たとえば、精神科医で批評家の斎藤環さんの著作や、田房永子さんの漫画を手にしていて、スタッフにもみてもらっていたんです。

 これらの作品に触れたときに、さほど違和感はなくて、確実に『同じ下着を着るふたりの女』の母娘関係にも反映されていると思います。

 それがあるから、日本のいまの母娘関係にもつながってみられるのかなと思います」

(※第四回に続く)

【キム・セイン監督インタビュー第一回はこちら】

【キム・セイン監督インタビュー第二回はこちら】

「同じ下着を着るふたりの女」ポスタービジュアル
「同じ下着を着るふたりの女」ポスタービジュアル

「同じ下着を着るふたりの女」

監督:キム・セイン

出演:イム・ジホ、ヤン・マルボク、ヤン・フンジュ、チョン・ボラム

公式サイト https://movie.foggycinema.com/onajishitagi/

全国順次公開中

写真はすべて提供:foggy

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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