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一度は断ろうと決めた主役に「一生に一度のチャンス」と挑むことに。「気負い過ぎないよう心掛けました」

水上賢治映画ライター
「裸足で鳴らしてみせろ」より

 激しく言葉でやりあうわけではない。むしろ言葉はのみこまれ、その気持ちが吐き出されることはない。

 でも、人間の魂のぶつかり合いが確実に感じられる。

 コロナ禍も相まって人と人が顔を突き合わすことが失われる時代、これほどヒリヒリする人間同士のせめぎ合いを体感させる映画にお目にかかったのはいつ以来だろう?

 そんなことをふと思わすのが、まだ20代の新鋭、工藤梨穂監督の映画「裸足で鳴らしてみせろ」だ。

 橋口亮輔、矢口史靖、李相日、荻上直子、石井裕也らの商業デビュー作を送り出してきた「PFF(ぴあフィルムフェスティバル)スカラシップ」。

 その27作目となる本作は、互いにかけがえのない存在であることは疑いようがない。

 でも、そうであるがゆえに一線を越えることの恐れから触れ合えない。気持ちとは裏腹に相手を傷つけ、拒んでしまう。

 もっとも身近な存在でありながら、もっとも遠く永遠に届かない存在のようにも思える。

 気づけばこんな抜き差しならぬ状態に陥っていた青年二人、直己(なおみ)と槙(まき)の関係の行方を見つめる。

 その中で主演を務めたひとり、直己(なおみ)を演じ、今後の飛躍が期待される佐々木詩音に訊く。(全四回)

意気込みがないわけがない。ただ、あまりに意気込み過ぎると空回りする。

あまり気負い過ぎないように心掛けました

 当初は「残念だけど断ろう」との考えに至ったが、工藤監督のラブコールもあって「演じたい」という気持ちに動いていったことを語ってくれた佐々木。

 こうして臨むことになった直己という役にはどうアプローチしていったのだろうか?

「一生に一度あるかないかのチャンスで『これを逃したら一生回ってこないかもしれない』という思いを抱いた役ですから、意気込みがないわけがない。

 ただ、あまりに意気込み過ぎると空回りする気がして(笑)。まず、あまり気負い過ぎないように心掛けました。

 それからあまり作りこみ過ぎない、『ここはこういう感情だろうからこう演じよう』とか事前に決めつけない、直己はこういう人間と想像はしますけど、必要以上に作りこまないで臨もうと考えました。直己とフラットに向き合って、自然体で臨めればいいかなと。

 そう思えたのは、やはり直己を自分に近い存在に感じられたから。自分を直己に近づける必要がないというか。自分に近い存在であるからこそ、自分に直己を投影していけば、自然と直己が生まれてくるのではないかと思いました。

 自分に近いところがあるから、そう考えられたんです。

 自分から離れている役だと、やはりどこか不安になって役に自分を近づけようという意識が働いてしまう。

 それでたとえば髪をのばしたりとか外見から近づけていったりして、結果的にものすごく作り込んでしまう。

 今回はそうじゃない。いい意味で、自然体で挑めばいいのかなと思いました。

 ただ、内面に関してはちょっと意識して作ったというか。

 というのも、こういうと自惚れに聴こえてしまうかもしれないんですけど、僕だからこそわかる直己の感情がある。

 演じる身になってはじめてわかるその役の感情や気持ちってあるんです。

 それを素直に出せるようにしていました。その部分の感情については直己と僕は共有していたところがあります」

「裸足で鳴らしてみせろ」の工藤梨穂監督
「裸足で鳴らしてみせろ」の工藤梨穂監督

サービストークのひとつもできる人間だったら、おそらくこうはなってない

 工藤監督とはどういったことを話し合ったのだろうか?

「撮影が始まる前に、槙役の(諏訪)珠理君と工藤監督と3人でリハーサルを何度か重ねたんです。

 その中で、ここはこうした方がいいんじゃないかとか、ここはこういう動きでとか、全体の動きの指摘は工藤監督からあったんです。

 ただ、直己役についてどういう人物でとか言われたことはひとつもなかったんです。

 もしかして言われたのかもしれないんですけど(笑)、僕の記憶にはない。

 だから、脚本から僕が感じとって、現場に実際立ち、そこの芝居の中で体感して生まれてきたものを出す。

 そういう感じだったと思います。

 珠理君はけっこう工藤監督と役について話していった印象があるんです。

 でも、僕はもともとそんなに誰かを相手に話すのが得意じゃなくて、どちらかというとじっと1人で考え込んでしまうタイプ。

 長く付き合いがあるのでわかるんですけど、おそらく工藤監督もそうなんです。だから、お互いわかるので必要以上にはコミュニケーションを図らないというか。

 仲が悪いわけじゃないです(笑)。お互い積極的にコミュニケーションを図るわけではないんですけど、なんとなく少ないやりとりの中でも共有できるものがあるんです。

 あと、直己という人物自体がそんな口数の多い人間ではない。サービストークのひとつもできる人間だったら、おそらくこうはなってないだろうという人物で。

 そこは僕も同じで、おそらく工藤監督も同じようなところがある。だから、あえてそのことについてきく必要もなかったところがありますね。

 でも、あまりに自分に寄せ過ぎても、それはそれでちょっと違ってしまう可能性もあるので、そこはうまいぐあいにバランスをとって。

 あくまで直己として直己が抱えてる葛藤や槙に対する思いをきちんと表現していこうと思いました」

(※第四回に続く)

【「裸足で鳴らしてみせろ」佐々木詩音インタビュー第一回はこちら】

【「裸足で鳴らしてみせろ」佐々木詩音インタビュー第二回はこちら】

「裸足で鳴らしてみせろ」ポスタービジュアルより
「裸足で鳴らしてみせろ」ポスタービジュアルより

「裸足で鳴らしてみせろ」

脚本・監督:工藤梨穂

出演:佐々木詩音、諏訪珠理、伊藤歌歩、甲本雅裕、風吹ジュン

高林由紀子、木村知貴、淡梨、円井わん、細川佳央

公式サイト → https://www.hadashi-movie.com/

全国順次公開中

場面写真及びポスタービジュアルはすべて(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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