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「いい映画にならないわけがない」と心から思える脚本。ゆえに(主演を)「最初は断るつもりでした」

水上賢治映画ライター
「裸足で鳴らしてみせろ」より

 激しく言葉でやりあうわけではない。むしろ言葉はのみこまれ、その気持ちが吐き出されることはない。

 でも、人間の魂のぶつかり合いが確実に感じられる。

 コロナ禍も相まって人と人が顔を突き合わすことが失われる時代、これほどヒリヒリする人間同士のせめぎ合いを体感させる映画にお目にかかったのはいつ以来だろう?

 そんなことをふと思わすのが、まだ20代の新鋭、工藤梨穂監督の映画「裸足で鳴らしてみせろ」だ。

 橋口亮輔、矢口史靖、李相日、荻上直子、石井裕也らの商業デビュー作を送り出してきた「PFF(ぴあフィルムフェスティバル)スカラシップ」。

 その27作目となる本作は、互いにかけがえのない存在であることは疑いようがない。

 でも、そうであるがゆえに一線を越えることの恐れから触れ合えない。気持ちとは裏腹に相手を傷つけ、拒んでしまう。

 もっとも身近な存在でありながら、もっとも遠く永遠に届かない存在のようにも思える。

 気づけばこんな抜き差しならぬ状態に陥っていた青年二人、直己(なおみ)と槙(まき)の関係の行方を見つめる。

 その中で主演を務めたひとり、直己(なおみ)を演じ、今後の飛躍が期待される佐々木詩音に訊く。(全四回)

作品がいままで出会ったことのない誰かのもとに着実に届いている。

このことを実感できた 「オーファンズ・ブルース」

 はじめに前段として触れておくと工藤監督と佐々木は、京都造形芸術大学(現京都芸術大学)の映画学科の同期。

 工藤監督が同大学の卒業制作として作り、劇場公開もされた「オーファンズ・ブルース」に、佐々木はキーパーソンといっていい役で出演している。

 そして、ご存知の方も多いと思うが、「オーファンズ・ブルース」は、<PFFアワード2018>でグランプリとひかりTV賞をW受賞。<なら国際映画祭>でゴールデンKOJIKA賞&観客賞を受賞するなど、劇場公開も含め大きな反響を呼んだ。

 このことはどう受けとめたのだろうか?

「『オーファンズ・ブルース』は大学の卒業制作ということで、基本、スタッフも僕も含め映画学科の学生が中心に集まっていて。いわば、僕も含めほとんどの参加メンバーにとって、これからプロを目指そうというときに臨んだ作品でした。

 ですから、スタッフ、キャストともにそのときのベストは尽くしましたけども、それがどういう評価を受けるのかはわかりませんでした。

 その中で、受賞を重ねたことはやはり素直にすごくうれしかったです。

 それこそ、<ぴあフィルムフェスティバル>の授賞式のときは、ルカを演じた窪瀬環と一緒に電車に乗って会場に向かっていて。ずっとTwitterで流れてくる速報をチェックしていたんですけど、グランプリの報が入ったときは、思わずガッツポーズが出たというか(苦笑)。周りにいっぱい人がいる中、うれしくて声が出そうになりました。

 その後もいろいろな映画祭をめぐることになって、いろいろな人のもとに作品が届いていく。

 役者として自分が評価されるとかの前に、作品がいままで出会ったことのない誰かのもとに着実に届いている。このことを実感できたのがすごくうれしかったし、僕にとっても大きな経験になりましたね。

 そういう喜びがあったと同時に、思いは伝わることも実感したといいますか。

 これは、工藤梨穂という監督の人間性、人間力だと思うんですけど、彼女はクルー全員を同じ方向へと導いてくれる力がある。

 工藤の確かなヴィジョンがあって、自分もそうなんですけど、スタッフもキャストも同じ思いを胸に抱きながら、作品をよりよいものにしようとすべてにおいて全力で取り組めた。

 集まったメンバーの誰か一人欠けても撮れなかったのではないか。そう思えるぐらい全員が心をひとつにして作品に臨むことができた感触が僕の中にはあったんです。

 その作品が、さきほど言ったように、いろいろな人のもとに届く。映画祭の会場にいると、わかるんですよね。作品がその人の心に届いていることが。

 作り手が強い思いをもってきちんと表現すれば、人の心にきちんと届くものになる。このことを、このときはじめて実感として得た気がします。

 うまく言葉で伝えられないんですけど、僕の中でいままでは漠然としていて、霧がかかっているような『表現する』ということが、『こういうことなのかもしれない』というひとつの確信を、『オーファンズ・ブルース』はくれた気がします。

 いずれにせよ、僕にとっては大きな経験となった作品でした」

「裸足で鳴らしてみせろ」より
「裸足で鳴らしてみせろ」より

当初は『断ろう』との考えに至っていました

 その経験を経て、今回の「裸足で鳴らしてみせろ」で、再び大学の同期でもある工藤監督と組むことに。しかも今回はお互いプロとなってということでどう向き合ったのだろうか?

「工藤監督から出演の打診を受けたことはものすごく光栄で。しかも直己という主人公で、ほんとうにありがたかったです。

 でも、これはほかでも言っているんですけど、はじめは断ろうと思いました。

 というのも、工藤監督から届いた脚本がすばらしくて、シンプルに『この脚本がいい映画にならないわけがない』と心から思いました。

 であるがゆえに、こう思ったんです。『自分のようなまだまだキャリアも実績もない未熟な役者が引き受けていいものか』と。

 このすばらしい脚本を演じるにふさわしい俳優は別にいるのではないか?

 工藤監督のキャリアにとって重要な作品になるわけで、ここで失敗してしまったら次回作を撮れるか分からない。

 そう考えると、よけいに自分よりももっといい俳優がいるだろうと思いました。それで残念だけど断ろうと思いました。

 あと、いま振り返ると、当時、僕自身に演じ切る自信もなかった気がします。

 直己をうまく表現できることができるのか、自信がなかった。

 だから、この脚本でいい作品にならなかったら、それは自分の役者としての力不足であって、それで工藤監督に迷惑をかけてしまうのは、もっと言うとキャリアを傷つけてしまうのは申しわけない。

 けっこう根がマイナス思考なので、そういう風な考えにどんどんなっていって、当初は『断ろう』との考えに至っていましたね」

(※第二回に続く)

「裸足で鳴らしてみせろ」

脚本・監督:工藤梨穂

出演:佐々木詩音、諏訪珠理、伊藤歌歩、甲本雅裕、風吹ジュン

高林由紀子、木村知貴、淡梨、円井わん、細川佳央

公式サイト → https://www.hadashi-movie.com/

ユーロスペース にて公開中

8/29(月)より名古屋シネマテーク、9/23(金・祝)より福岡・KBCシネマ、9/30(金)より京都シネマ、10/15(土)より長野・上田映劇にて公開、

そのほか、大阪・第七藝術劇場、横浜・シネマ・ジャック&ベティにて順次公開予定

写真はすべて(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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