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息子の治療費か、代々受け継ぐ船か?決断迫られる漁師が浮き彫りにする善良な市民が報われない社会構図

水上賢治映画ライター
「ルッツ 海に生きる」より

 映画「ルッツ 海に生きる」は、南ヨーロッパに位置し、地中海に浮かぶ複数の島からなる島国、マルタ共和国から届いたマルタ映画だ。

 「マルタ」ときいてもあまりピンとこない、なんだかあまりなじみのない、遠い国の話を想像してしまうかもしれない。

 ただ、ひとりの漁師を主人公にした本作は、現在の日本の社会とも大差ない、きわめて今日的な物語としてわたしたちの心へ届いてくる。

 手掛けたマルタ系アメリカ人で、現在はマルタ在住のアレックス・カミレーリ監督に訊く。(全四回)

「ルッツ 海に生きる」のアレックス・カミレーリ監督
「ルッツ 海に生きる」のアレックス・カミレーリ監督

ルッツでの漁に限界が見えてきている現実に漁師たちは直面している

 前回(第二回)で、マルタの漁師を主人公にした物語を書いた理由について訊き、リサーチの中で、マルタの漁師たちにどんどん魅せられていったことを挙げたアレックス・カミレーリ監督。そのほかにも重要な要素があったという。

「いまの漁師たちが置かれた日常という現実の中に、僕が常日頃、疑問に思っていて考えていることの多くが含まれていたんです。

 たとえば漁獲が上がらない上、魚を買い叩かれる苦しい現状があって、家族を養うことが難しいとか、船を維持することが難しいとか、ルッツでの漁に限界が見えてきているとかいったことに漁師たちは直面している。

 家族との関係であったり、自分の人生であったり、自分の仕事であったりということは、今、私がわりと切実に考えていることだったんです。

 そういう意味でも、私が望むことが描けるのではないかと思いました。

 それから、もうひとつ、これは私のより内面にかかわることなのですが、前にお話しした通り、わたしの両親はマルタからアメリカに移民として移り住みました。

 ただ、その道を選んだものの、決断にはさまざまな葛藤があったわけです。

 その中には、これまで自分たちが築いてきたこと、それまでの歩みである過去を手放さなければならなかった。

 私と兄弟たちがアメリカでいい生活を送るために、両親はマルタでのそれまでの大切ななにかを手放してマルタに置いていったと思うんです。

 そういうものが、マルタの漁師の置かれた立場にもだぶるところがあって、ひじょうに考えさせられた。

 漁師たちのほとんどは親から子、子から孫へと家業として漁師という仕事を、ルッツとともに受け継いでいる。

 でも、自分の子どもにはよりいい暮らしをさせようと継がせることはしなかったり、船を手放さざるえなくなる人もいる。

 そういうところで、自分の両親とマルタの漁師が重なるところがあるのではないかと感じて。

 少なくとも、こういう現実を前にした立場の人間について自分は語れるし、語る資格もあるのではないかと思ったんです」

「ルッツ 海に生きる」より
「ルッツ 海に生きる」より

いまの経済優先の社会で、同じような立場に立たされた人はいっぱいいるん

じゃないか?

 こうして書き上げた物語は、地中海の島国マルタで暮らすジェスマークが主人公。現在26歳の彼は曾祖父の代から受け継いできた伝統の漁船ルッツで漁をする漁師だ。

 漁師という仕事に誇りをもっている彼だが、現実は厳しい。

 連日漁に出るものの不漁続きで、家族を養えるぐらいの収入があるとは言い難い。

 ルッツの船底に水漏れ箇所があるが、正直、修理代をねん出することもままならない。

 そこに追いうちをかけるように、生まれて間もない息子が発育不良がみつかり、治療に多額の費用がかかることがわかる。

 このまま伝統を継承して漁師の仕事を続けるべきなのか、それとも安定した収入が見込める別の仕事につくべきか?

 裕福な妻の親に頼るべきか、それとも自分たちの力で困難を乗り越えていくべきか?

 本作は、岐路に立つジェスマークの苦渋の決断と人生の選択を描き出す。

「ジェスマークの置かれた状況や、彼の直面する問題やジレンマというのは、いつ自分の身に起きてもおかしくないことではないでしょうか?

 いまの経済優先の社会で、同じような立場に立たされた人はいっぱいいるんじゃないかと。

 善良な市民であるのに報われないジェスマークの心情というのは、誰にでも理解できるのではないかと思いました。

 そして、もうひとつ、わたしたちはおいしい魚を毎日のように食べている。

 それは、おいしい魚が毎日のように家庭へと届けられているということ。じゃあ、その魚は誰が獲っているかといえば、漁師です。

 漁師がいなければ私たちの食卓に魚が上がることはない。

 つまり、わたしたちが魚を食べることができることにおいて、一番重要な存在は漁師なんです。彼らが獲ってこなければ食べることはできない。

 でも、映画をみていただければわかるように、一番重要な存在にも関わらず、漁師、とりわけ個人の漁師は漁業の世界においてのヒエラルキーで最低の位置にいる。

 大型のトロール船などをもつ会社に対抗することは難しい上、仲買人が絶対的な権力をもっていて、そこに逆らえば獲った魚をセリにかけてもらえない。

 ほんとうに大切な存在にも関わらず、彼らの存在は末端に置かれてしまっている。

 この漁業の現場の現実を知ってほしいとの思いも込めました」

(※第四回に続く)

【アレックス・カミーレリ監督第一回インタビューはこちら】

【アレックス・カミーレリ監督第二回インタビューはこちら】

「ルッツ 海に生きる」ポスタービジュアルより
「ルッツ 海に生きる」ポスタービジュアルより

「ルッツ 海に生きる」

監督:アレックス・カミレーリ 

出演:ジェスマーク・シクルーナ ミケーラ・ファルジア 

デイヴィッド・シクルーナ

全国順次公開中

写真はすべて(C)2021 Luzzu Ltd

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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