視界に入っているがみえないようにしていること、気にはなっているが口には出せない、触れることができないこと……。

 そんな現代の日本社会に厳然とある不都合で不条理な事実を容赦なく突きつけるといっていいのが、佐向大監督の新作「夜を走る」だ。

 物事を簡単に善悪で判断しない、誰もが白になる可能性があり、誰もが黒になる可能性もある。

 清濁併せ吞むような視点から、社会を、人間をきりとった独自の作品を発表し続ける彼が、新たな一作で描こうとしたのは?

 佐向監督に訊く。(全五回)

「夜を走る」は、商業映画としてやるにはハードルが高い

 前回(第一回)に続き、「夜を走る」の企画は、前作「教誨師」よりも前にあったということについての話から。

 「教誨師」を発表後、「夜を走る」の企画はなんとかしないといけないという思いがより強くなったと明かす。

「大杉さんが携わっていたからというのもないことはない。

 でも、それよりも自分自身の問題ですね。

 『教誨師』は、結果として多くの方にみてもらえてうれしかったんですけど、自分の中では異色作という感触があるんですよ。

 かなり変化球というか、非常に限られた空間、設定の中で、役者の方々の肉体表現を通して、どれだけ密度の濃い時間を作り出すことができるか、というある種の挑戦だったわけで。

 ただ、自分がそれまで作ってきたものと比べると少し違う趣きのようなものがある。

 で、『教誨師』を終えて、改めて次となったときに、『夜を走る』をやらないと次にいけないなと思ったんです。

 どうしてかというと、『夜を走る』は、商業映画としてやるにはハードルが高いというか。

 扱う題材にしても物語にしてもテーマにしても、決してキャッチーではない。

 自主映画のスタイルじゃないと、なかなか成立しないような企画なんですよね。

 なので、封印しようかなとも思ったんですけど、やっぱり諦めきれない。

 もうそこまで自分の気持ちが強いならば、いま作らないといけないと思って。

 お金集めにしても、キャスティングにしても、苦労するだろうと思ったんですけど、踏み出す決心をしました」

ずっと「大杉さん主演で映画を撮りたい」という気持ちがあったので、

いわば自分のひとつの目標を達成することができた

 話は少し戻るが、結果として先に手掛けることになり、大杉漣を主演に迎え、彼にとって初プロデュース作品ともなった『教誨師』は、佐向監督にとってはどんな作品となっただろうか?

「やはり、僕にとってはものすごく大きな作品になりました。

 はじめての商業映画として監督した『ランニング・オン・エンプティ』はまず企画、台本が準備されていて、そこから参加させてもらった。

 でも『教誨師』は自分が企画を立てて始動して、オリジナルの脚本で監督を務めることもできた。

 そして、なにより大杉さんを主演に迎えることができた。

 どこかずっと『大杉さん主演で映画を撮りたい』という気持ちがあったので、いわば自分のひとつの目標を達成することができた。

 『教誨師』が完成したとき、大杉さんに早く次の企画にとりかかろうと言われ、いろいろと考えてはいました。

 ところがその矢先に、大杉さんの訃報が入って……。

 結果的に、僕の監督作品では、大杉さんの唯一の主演作になってしまったし、しばらくは何も手がつかなかった。

 ただ、ほんとうにあのタイミングで撮ることができてよかったと思うし、1本でも大杉さんを主演に迎えられて作品を残せたこともよかったです」

「夜を走る」より (C)Yuki Hori  
「夜を走る」より (C)Yuki Hori  

モラルに反することになるかもしれないけど、

ひとつ突き抜けて人間の本性が浮かび上がるようなものができないか

 再び「夜を走る」の話に戻るが、「なかなかしっくりくるところがない」ということで作るまでに至らなかったと前回語った。

 具体的にはどういう点が「しっくり」こなかったのだろうか?

「人を殺めてしまった男二人の鉄くず工場が舞台の物語という設定は変わっていないんです。

 ただ、当時(2018年)の時点では、これをこのままやるというのはちょっと違うかなと。

 物語自体のおもしろさはあると思ったんですけど、もうちょっと社会状況や時代に結びつく点が必要ではないかな、と。

 それで、『教誨師』を経て改めて脚本を書き始めたんですけど、少ししたらコロナ禍に入ってしまった。

 すると、なんともいえない閉そく感が社会全体を覆った。

 その前から、閉そく感は社会全体にあったと思いますけど、その色がより濃くなってこちらに押し寄せてきた。

 そのように感じたとき、この物語の道が拓けたというか。

 それまでは、男二人が世の中につぶされていくものだったんです。罪を犯した者が破滅するような、言ってみればよくあるものだった。

 でも、そうじゃない。そこからどう飛ぶか。

 モラルに反することになるかもしれないけど、ひとつ突き抜けて人間の本性が浮かび上がるようなものができないかと。

 それで後半をかなり大幅に変えて、いまの形になりました」

人間は大事なことをやらないで、目の前のことだけやって終わってしまう、

見たくないものを隠したり、遠ざけたりしながら自分をごまかして生きている

 そもそも、物語のアイデアの出発点はどこにあったのだろうか?

「そもそもは10年前よりさらにさかのぼるんですけど、僕の高校の友人が鉄くず工場で働いていたんですよ。川崎の。

 それであるときに、おもしろい場所だから『1回観に来ない』と誘われたんです。彼曰く『ここで映画を撮ったらおもしろいかもよ』ということで。

 で、見るだけ見てみようと思っていってみた。すると確かにおもしろい(笑)。

 ふだん目にしたことのないような機械や重機がいっぱいあって、たしかに映画の舞台になってもおかしくない場所で。

 ここでちょっとひとつ物語が作れるなと思って考え始めたときに、大杉さんから『何か企画ない』と声をかけられた。

 で、バラバラに考えていた物語をひとつにまとめたのが最初の脚本だったんです。

 人物の構図はかわっていなくて、工場で代り映えのしない日々を送っている男二人が、ある日、誤って人を殺めてあたふたするといった内容で。

 その時点のイメージとしては、人間ってほんとうに大事なことをやらないで、目の前にあることだけやって終わってしまう、見たくないものを隠したり、遠ざけたりしながら自分をごまかして生きている。

 そうこうしているうちに問題が肥大化して、結局、手遅れで取り返しがつかずに破滅するような物語を考えていたんです。

 日々の生活に忙殺されてしまい、ほんとうに考えないといけないことを見過ごしてしまうことがあまりにも多いというか。

 個人レベルでも社会レベルでもそういうことが起きている気がする。

 いろいろな問題がただただ先送りされているだけみたいなところがあって、そういうことを描けないかと当初は思っていました」

(※第三回に続く)

【佐向大監督第一回インタビューはこちら】

「夜を走る」メインビジュアル
「夜を走る」メインビジュアル

「夜を走る」

脚本・監督:佐向 大

出演:足立智充 玉置玲央

菜 葉 菜 高橋努 / 玉井らん 坂巻有紗 山本ロザ

信太昌之 杉山ひこひこ あらい汎 潟山セイキ 松永拓野 澤 純子 磯村アメリ

川瀬陽太 宇野祥平 / 松重 豊

公式サイト http://mermaidfilms.co.jp/yoruwohashiru/index/

全国順次公開中

メインビジュアルおよび場面写真は(C)『夜を走る』製作委員会