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今は亡き大杉漣、最初のプロデュース作にして最後の主演映画を経て。諦められなかった未完の企画に挑む

水上賢治映画ライター
「夜を走る」の佐向大監督 筆者撮影

 視界に入っているがみえないようにしていること、気にはなっているが口には出せない、触れることができないこと……。

 そんな現代の日本社会に厳然とある不都合で不条理な事実を容赦なく突きつけるといっていいのが、佐向大監督の新作「夜を走る」だ。

 物事を簡単に善悪で判断しない、誰もが白になる可能性があり、誰もが黒になる可能性もある。

 清濁併せ吞むような視点から、社会を、人間をきりとった独自の作品を発表し続ける彼が、新たな一作で描こうとしたのは?

 佐向監督に訊く。(全五回)

大杉漣の最初のプロデュース作にして最後の主演映画

2018年の「教誨師」について

 作品についての話を始める前に、触れておかなければならないことがある。

 佐向監督の前作にあたる2018年の「教誨師」は、多くの方がご存知のように今は亡き名優、大杉漣の最初のプロデュース作にして最後の主演映画となった。

 実は、今回の「夜を走る」は、「教誨師」よりも前に企画が始動。本来であれば、大杉漣の初プロデュース作になる予定だった。

 そのあたりの経緯を含め、佐向は大杉との出会いをこう振り返る。

「大杉さんと最初に出会ったのは、もう25年くらい前で、映像会社で宣伝を担当していたときのことで。

 まだ僕は20代の半ばで、確か黒沢清監督の『復讐 消えない傷痕』だったと記憶しているんですけど、公開時にトークショーがあったんです。

 この作品には、大杉さんも刑事役で出演されているんですけど、当日、ひとりの観客として映画館にいらっしゃっていた。

 で、当時、僕は失礼ながら、大杉さんのことをあまりちゃんと認識していなくて、気づかなかったのですが、制作部の先輩に『大杉さんがいらっしゃってるから、打ち上げをやる旨伝えて呼んできて』と頼まれた。

 それで『分かりました』と、劇場前のポスターをじっと見つめてらした大杉さんに声をかけたんです。

 すると大杉さんは『あ、君、よく僕のこと分かったね』と言われて。僕も『もちろんです』と返したのが大杉さんとの最初の出会いでした。のちにそのことを話したら、ご本人は忘れてましたけど(笑)。

 ただ、もうそれはほんとうにすれ違ったぐらい。

 その後、何度か宣伝スタッフとしてお仕事をご一緒したものの、作り手の立場として顔を合わせたのは、2008年の門井肇監督の『休暇』でした。

 大杉さんはキャストのひとりで、僕は脚本家兼宣伝プロデューサーという不思議な立ち位置で参加していて。

 そこで大杉さんといろいろと話す機会があったんです。

 『佐向さんもほんとうは監督をしたいんでしょ』『そうです』みたいな会話があり、2010年の僕の商業監督デビュー作となった『ランニング・オン・エンプティ』に出演してもらいました。

 で、2011年か2012年にお誘いを受け、大杉さんの事務所にお世話になることになったんです」

「夜を走る」 (C)Yuki Hori
「夜を走る」 (C)Yuki Hori

小さい映画1本しか監督していない僕をなぜ事務所に誘ってくれたのか

 そのときに、「なにか企画がないか」と問われてあげたのが、今回の「夜を走る」の企画だったと明かす。

「事務所の所属になって『じゃあ映画を作ろう』ということになり、大杉さんから『何か企画はある?』と聞かれてお話ししたのが今回の『夜を走る』の原型となる物語でした。2012年のことです」

 話は少し戻るが、なぜ大杉に事務所に誘われたのだろう?

「それはわかりません。

 まだ小さい映画1本しか監督していない僕をなぜ誘ってくれたのか。

 前作『教誨師』のときの取材でも、そういう話になることが多くて聞かれたんですけど、わからない。

 僕も事務所にお誘いいただいたときに聞けばよかったのに、聞きそびれてしまった。

 いまだに謎です(笑)。

 ただ、ありがたいことに大杉さんは、僕の自主映画(『まだ楽園』)をみて、けっこうおもしろがってくれていた。

 今後、自分たちで映画を作っていきたいという思いがあり、何か方向性みたいなものが一致したのかもしれません。

 だから、役者の事務所ですけど、僕は脚本家、監督として所属したんです。

 そして、当時、事務所に所属していた若い俳優さんたちと定期的に演技のワークショップをやっていました。

 そのときに、けっこう『夜を走る』の台本から抜粋して演じてみてということをやっていた。

 ワークショップを重ねていろいろと試すことで、『夜を走る』の企画をかためていった部分もある。

 だから当初は、この企画に最初に着手することを考えていました」

「夜を走る」より
「夜を走る」より

これをやっておかないと悔いが残る

 ただ、結果としては「教誨師」が先になることになる。それはどうしてだったのか?

「ひとことで言うと、うまくまとまらなかったというか。

 何度も改稿を重ねていたのですが、『よし、これで行こう!』と大杉さんをはじめ関わる方皆さんの気持ちを動かすまでに至らなかった。それに自分の中で、どうもしっくりきていないところがあったのも正直なところです。

 で、大杉さんに『この企画はもう一度熟考しよう』と言われて。

 そのあと、すぐに大杉さんから『ほかに考えている企画はないの?』と言われて、提案したのが『教誨師』でした。2015年か2016年ぐらいだったと思います。

 そして、『教誨師』は無事成立した。

 初号が2017年の末。

 大杉さんももちろんご覧なったんですけど、そのとき映画の感想は何も言わないでこういわれたんですよ。

 『じゃあ次を考えなきゃね、「夜を走る」もあるしね』と。

 僕自身は未完に終わった企画という認識だったのですが、『ああ、まだ大杉さんは「夜を走る」のことも考えていてくれたんだ』と。でも翌年2月に大杉さんは亡くなってしまって……。

 さすがに僕の中でも、改めて『夜を走る』を進めようとは考えられなかった。

 しばらく何もやる気が起きず、その後まったく別の企画をいろいろ考えていたものの、どうしてもひっかかって、これをやっておかないと悔いが残るなと思って。

 で、設定だけは前の稿を踏襲しつつ、もう一度最初から台本を作り直したんです。特に後半の内容をがらっとかえて。

 そして『夜を走る』の企画が新たに始動しました」

(※第二回に続く)

「夜を走る」メインビジュアル
「夜を走る」メインビジュアル

「夜を走る」

脚本・監督:佐向 大

出演:足立智充 玉置玲央

菜 葉 菜 高橋努 / 玉井らん 坂巻有紗 山本ロザ

信太昌之 杉山ひこひこ あらい汎 潟山セイキ 松永拓野 澤 純子 磯村アメリ

川瀬陽太 宇野祥平 / 松重 豊

公式サイト http://mermaidfilms.co.jp/yoruwohashiru/index/

全国順次公開中

メインビジュアルおよび場面写真は(C)『夜を走る』製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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