映画が始まったその瞬間から賛否を呼ぶといっていいのが、映画「アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版」だ。

　ルーマニアの鬼才ラドゥ・ジューデ監督が手掛けた本作は、冒頭、いきなり男女の本番セックスシーンで始まる。

　でも、自己検閲版は、このシーンが見られないように別の映像で上塗り。

　その中で、「殺人シーンはOKで、フェラはNGだって？」など、この検閲版に対する監督の辛辣なつぶやきともいうべきメッセージが文字で表記されて、物語が始まる。

　もう、これだけで物議を醸す印象を抱くことだろうが、作品は第71回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞！

　その後も、ニューヨークタイムズが選ぶ2021年ベスト10の第2位に選出されるなど、世界中で大反響を呼ぶ。

　有名校の女性教師の夫とのプライベートセックス動画がネットへ流出してしまったことで起きる騒動から、現代社会を鋭く問う本作は何を映しているのか？

　ラドゥ・ジューデ監督といくつもの作品でタッグを組んできたプロデューサー、アダ・ソロモン氏に訊く。（全四回）

どうして三部構成の物語になったのか?

　第三回も引き続き作品についての話から。

　度々触れているように、本作は露骨なセックスシーンでスタート（※今回の検閲版は、監督自ら皮肉を込めた「殺人シーンはOKで、フェラはNGだって？」「見られなくて残念！」「検閲版だよ！」などの言葉を盛り込んで処理を施した映像になっている）。

　そこから三部に分かれた構成で物語が展開していく。

　この三部構成が実にユニークで、各パートでそれぞれ本作が語ろうとする論点が見えてくるところがある。

　この構成について彼女はこう明かす。

「実はこの構成が、ラドゥと最初に行ったディベートのひとつでした。

　振り返ると、一番重要で大切なディベートだったと思います。

　前にお話ししたように、脚本を読んで、すぐに『これはいま語られるべき物語』とわたしは感じたわけですが、実は、最初の時点では今回のような三部構成の物語ではなかったんです。

　最初の時点では、ひとつの物語があって、その流れの中で、論点や問題提起を揶揄するようなシーンを入れていく形でした。

　ただ、わたしもラドゥもあまりそれがうまくいっていないという結論にいたりました。

　そこから、じゃあどうすればいいのかとなったとき、ラドゥは、現在の第二部『逸話 兆候 奇跡の簡易版辞書』を冒頭にもってきてはどうかという話になった。

　ただ、わたしの考えはちょっと違って。

　このパートは、『真実』『軍隊』『先住民』といった言葉に対しての意味を問うエッセイフィルムが延々と並んでいる。

　いきなりそういう問題提起や論点を観客に突きつけても、なかなかついてこられないのではないかと思いました。

　みてくださるみなさんが困惑してしまうと思ったんです。

　そうならないために、やはりこの物語がどういうものなのか少し触れてもらう必要があるのではないかと考えました。

　まずは観客に物語の世界に入ってもらう。

　それで、主人公であるエマが登場して、彼女の置かれた状況がわかる第一部からはじまる、現在の三部構成の物語になりました。

　第一部で主人公の置かれた立場を示し、第二部でここで語られる論点や問題が提起され、第三部で議論がかわされる。

　自分の作品で手前みそになってしまいますけど、いいアイデアのいい構成にできたと思っています。

　観客のみなさんが、おそらくどこかのパートではつながりをもって考えられる、人によっては、3つのパートで『分かる、分かる』となってくださるかもしれない。

　それはこれまでの映画祭や上映された国の反応でも感じているので、意味のある三部構成になっていると思っています」

自分の住む街であったり社会を見つめ直すきっかけに

　各パートについて訊いていきたいが、まず、第一部「一方通行の通り」は、夫とのプライベートセックスビデオが意図せずパソコンからネットに流出してしまった有名校の教師であるエミが登場。

　コロナ禍にあるルーマニアのブカレストの街を、彼女がひたすら彷徨い歩く姿が映し出される。

　ほぼエマが街を歩いているだけの映像で構成されている本パートだが、ときおり、カメラはビルの広告看板や壁に貼られたビラ、街の日常の様子を映し出す。

　それらは、どれだけ日常に暴力的なものと猥雑なものが溢れているかを物語る。それは本作の主題をどこか暗示している。

「教師のエマは夫とのプライベートセックスの動画がネットに流出してしまって、それが生徒の目に触れて大問題になってしまっている。

　ただ、そもそもその映像はプライベートで撮ったものに過ぎず、誰かに見せてお金をとったりといったポルノのような映像でもない。

　夫と自分の愛の行為を収めたに過ぎないわけです。それは、どこの夫婦もしている愛の営みに過ぎないのです。

　でも、ネットに流出した瞬間から、彼女には『破廉恥な教師』といったようなレッテルが貼られてしまう。

　そういう状況にいる彼女が歩いている。その風景を目を凝らしてよくみてみると、暴力や猥雑なものがそこら中にある。

　違法駐車をしている男は咎められると逆切れして暴言を吐く。セクハラ的なアプローチでエミに寄ってくる男もいる。

　看板をみても、性を連想させる卑猥なものがいくらでもある。

　でも、それらは咎められることもなければ、問題視されることもなく、見過ごされている。

　一方で、エマは窮地におちいっているわけです。この違いはなんなのか？

　このパートは、本作の主題を指し示す。

　作品の舞台は、ブカレストですけれど、ほかの都市にも当てはまることと思います。

　みなさんも自分の住む街であったり社会を見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか？」

（※第四回に続く）

【アダ・ソロモン プロデューサー　第一回インタビューはこちら】

【アダ・ソロモン プロデューサー　第二回インタビューはこちら】

「アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ　監督〈自己検閲〉版」

監督・脚本：ラドゥ・ジューデ

シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

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