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都会派のイメージを覆す山の猟師役に。「ステーキをがっつり食べているような枯れない俳優を目指したい」

水上賢治映画ライター
「リング・ワンダリング」に出演した長谷川初範  筆者撮影

 おそらくあまりイメージにはない役柄で観た方はびっくりするかもしれない。

 それぐらい、いわゆるパブリック・イメージと違う姿を見せてくれるのが、金子雅和監督作品「リング・ワンダリング」に出演する長谷川初範だ。

 デビューから40年を優に超える彼は、都会の洗練された男性を演じてきた俳優のひとりといっていい。

 愛称の「ショパン」を象徴するピアニストをはじめ、スマートな役柄がやはり思い浮かぶのではないだろうか?

 だが、「リング・ワンダリング」では、猛者といえる荒々しい猟師役でまったく別の顔を見せる。

 しかも、本人は「これが本来の自分かもしれない」と明かす。その真意とは?

 出演の経緯からこの役についてまでを長谷川に訊く(第一回第二回)。(全三回)

 これまでのインタビューでは、いままでのイメージにない猟師という役に臨むにあたっての話を訊いてきた。

 ここからは本格的に役について、作品について訊いていく。

タルコフスキー監督の作品が大好き。金子監督の映像には同じ匂いを感じる

 まず本作は、笠松将が演じる現代を生きる若者、草介が主人公。漫画家になることを夢見る彼は、もっか絶滅したニホンオオカミを主題にした漫画を描いている。

 ただ、見たこともないオオカミをうまく描けずに試行錯誤の日々が続いていた。

 そんなある日、彼はバイト先の工事現場でオオカミにもみえる動物の骨を発見。

 その夜、逃げ出した犬を探すミドリと出会い、過去か、幻想か?不思議な体験をすることになる。

 作品は、過去と現在を往来する幻想譚となっている。物語の印象をこう明かす。

「『アルビノの木』のときも感激したんですけど、金子監督は描こうと思ったことを徹底的に調べあげてそれをきちんとひとつの物語に仕立てる。

 今回もそうで。物語に深く関わるニホンオオカミの歴史をきちんと調べていらっしゃった。

 そのことが感じられる脚本でした。

 それから、過去の歴史と現在がリンクして、東京という街と、そこで暮らす人間の営みの変化、その地に刻まれた記憶が甦ってくるような物語で。

 金子監督らしい独創的な物語だなと思いました。

 そして、これを監督はどういう映像で撮るのか、とても楽しみでした。

 僕は、(アンドレイ・)タルコフスキー監督の作品が大好きで、若いころは劇場に並んで見たりしていたんです。

 金子監督の映像には同じ匂いを感じる。金子監督に聞いたら監督も『タルコフスキーが好きだ』とおっしゃっていて。

 今回は、どのような映像世界に落とし込むのか気になりましたし、そこに身を置けると思うとほんとうに楽しみでした」

頭で考えるよりも、体で感じたことが大切だと思った

 そこで、長谷川は、過去の物語で、ニホンオオカミを執拗に追う猟師を演じている。

 演じる上で考えたことはあったのだろうか?

「どう演じるかと頭で考えるよりも、体で感じたことが大切だと思ったんですよ。

 銀三という男は、山の民として狩猟をある意味、使命として生きているようなところがある。

 猟師としてしか生きることができない。山で生きる男としてそこに存在できればなと思いました。

 ですから、演じるにおいては、山を歩いているときの直感を大切にしたというか。

 ふだん過ごしている山荘の周りは、クマもときどき出るし、鹿には毎日のように遭遇するんですよ。

 怖いのはイノシシで、100キロ以上あったりするのがいる。

 なので、歩くときは、鉈を腰につけてクマよけの鈴をつけて歩いている。

 そういうときは、ひとつ覚悟して歩いているところがあって。

 町を歩くときとはまったく違い、緊張感をもって神経をめぐらせながら歩を進めている。

 そういう感覚がわかるので、それをそのまま出せればいいのかなと思いました。

 そこに金子監督が用意してくださった毛皮の衣装を身につけて挑んだ感じですね」

「リング・ワンダリング」より
「リング・ワンダリング」より

高所恐怖症なのですが、やっているうちに忘れてました(笑)

 その風貌は、一瞬、長谷川と気づかないかもしれない。

「メイクもしていない。

 髪の毛も地毛で、髭も実は自分のもの。

 山に入って、髭をのばしっぱなしになると、ああなるんですよ(笑)。

 ほんとうに金子監督が僕の本来の姿を引き出してくれたんだと思います」

 その中で、最後に関わるのであまり明かせないが、銀三と娘の深い愛情を感じさせるシーンがある。

 このシーンはまさに絶景を背景に撮っているのだが、撮影は肝を冷やしたのだとか。

「あの場所はほんとうに危険で、断崖絶壁なんです。

 そんなところなんですけど、金子監督に『片足で立ってください』と言われて。

 僕は高所恐怖症なのですが、やっているうちに忘れてました(笑)。

 ほかにも、鉄砲がけっこう重たいんですけど、雪の中をかけるシーンを3~4テイク重ねて、OKいただきました。振り返ると『よく演じ切れたな』と思います。

 よく体力がもったなと思うんですけど、監督に要求されて、自分も『やりたい』と思うとどんな事でもできちゃうんですね。

 そのことが今回の撮影で確認できました(笑)」

僕は枯れなくてもいいんじゃないか、

枯れちゃダメじゃないかと最近思うんです

 俳優としてのキャリアは40年を超え、年齢としても70歳が近くなってきた。これからをどう考えているのだろう?

「アメリカのクリント・イーストウッドは90歳過ぎて監督もやって主演もやっている。

 日本は年をとると、『枯れる』ことを良しとするところがある。

 よく『枯れた演技』とかいって、それが味わい深いと感じてもらえたりする。

 もちろん、それはそれですばらしいと思って、否定するつもりはない。

 でも、僕は枯れなくてもいいんじゃないか、枯れちゃダメじゃないかと最近思うんですよ。

 変な話、今年67歳になりますけど、ここ20年ぐらいでいまが気力と体力が充実しているんです。

 だから、僕は枯れない、俳優としての分厚さを失わないでいきたい。

 イーストウッドもそうですけど、海外の俳優さんにある、特有の逞しさと強さを備えたい。

 ステーキをがっつり食べて、声は張っていて足腰は強いというような。

 生涯現役といった逞しさのある俳優をこれから目指したいです」

【「リング・ワンダリング」長谷川初範インタビュー第一回はこちら】

【「リング・ワンダリング」長谷川初範インタビュー第二回はこちら】

「リング・ワンダリング」ポスタービジュアル
「リング・ワンダリング」ポスタービジュアル

「リング・ワンダリング」

監督・脚本:金子雅和

出演:笠松将 阿部純子

安田顕 片岡礼子 品川徹 長谷川初範 田中要次

公式サイト:https://ringwandering.com/

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真は(C)2021 リング・ワンダリング製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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