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政治家のモラル、過去の戦争、ハラスメントなど。硬派な社会問題を斜めから笑いをもって描く理由

水上賢治映画ライター
「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」の池田暁監督  筆者撮影

 川を一本挟んで戦闘状態にある町を舞台に、川の向こう側にいるまったく知らない敵とぼんやりと戦うひとりの兵士と、戦争下にある住人たちの毎日がブラック・ユーモアたっぷりに描かれる現在公開中の映画「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」。

 痛烈な反戦映画にも、オフビートなコメディにもとれるが、実は社会風刺と娯楽性が同居した大エンターテイメント作といいたい本作について、池田暁監督に訊くインタビュー(第一回第二回)の最終回、第3回に入る。

城子は、過去の戦争と、現代にある不穏な空気を両方感じさせる人物になった

 はじめに本作は戦争映画であり、大エンターテインメント作と言ったが、だからといって「戦争」を軽んじているわけではない。

 池田監督は第一回のインタビューで、「いまの自分たちに戦争がどう映っているかを考えたかった」と語っているが、本作は、太平洋戦争もきちんと反映されている。

 一番色濃く出ているのは、主人公の露木が毎日訪れる食堂の店主・城子(しろこ)。片桐はいりが演じている彼女は、息子を戦地に送り込んでおり、それが誇らしい。

 しかし、息子が戦死したとき、完全に心が壊れてしまう。

 そんな彼女の姿は、国のいうことがすべて、なにもかもを捧げてしまう過度の愛国心といった太平洋戦争時の群衆の心理を表しているといっていい。

 また一方で、国のいうことを鵜呑みにしてしまうところや都合の悪いことに目をつぶってしまうところなどは、現代の社会問題にもつながってみえてくるところがある。

「片桐さんが演じた城子については、『すごく印象に残った』といってくださる方が多い。

 それはなぜかと考えたら、もちろん片桐さんの演技によるところが大きいのは確かなんですけど、他方で、太平洋戦争のことを感じた人もいて。

 また、最近いくつもの場面で『戦時中を思い起こす』といった発言が出るような出来事が起きている。なにか平和が脅かされている空気が流れている。そういった現在の空気を感じる人もいる。

 なので城子は、過去の戦争と、現代にある不穏な空気を両方感じさせる人物になったのかなと思っています」

「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」より
「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」より

ゴリゴリの硬派な社会派ドラマになっても不思議ではない題材を笑いにかえる

 本作で描かれている題材やテーマをひとつひとつ見ていくと、社会の問題に根差したものになっている。

 ふつうに描けば社会派、それもゴリゴリの硬派な社会派ドラマになっても不思議ではない。

 ただ、本作は池田監督の独特の演出と独自の視点が加わることで、ブラック・ユーモアをたずさえた風刺劇に仕上がる。

 真正面から真面目に描くよりも、斜めから笑いをもって描くことで切実さが伝わってくる一級の悲喜劇といっていい。

「僕の中で、コメディの要素はひじょうに重要なんです。

 僕の映画って、笑いの要素を消し去ってしまうと、なかなかつらい内容になってしまうんですよ(苦笑)。

 もちろんそういうつらいことをストレートに描くことを否定はしないです。それはそれであっていい、そのほうが窮状が伝わることもある。

 ただ、僕は笑いの要素をうまくとりこんだほうが、よりその人の気持ちに大きく深く届く可能性があるのではないかと思っているので、ユーモアは欠かせない。

 それで、僕が作れる笑いを考えたとき、ああいう演技じゃないと成立しない。それで、みなさんから言われる独特のセリフ回しや動きなっているところがあるんです」

 作品は第21回東京フィルメックスで日本人監督作品としては初めて審査員特別賞に輝き、ロッテルダム国際映画祭や上海国際映画祭に正式出品を果たしている。

 中でも見事受賞となった東京フィルメックスの上映は、ひとつ安心したと明かす。

「<第21回東京フィルメックス>が関係者以外での初めての上映だったのですが、劇場内で笑いがおきていたのがとても印象的でした。笑いの部分はお客さんの反応が分かりやすいので、とにかく安心したのを覚えています」

自主映画と商業映画、あまり僕自身は違いはないと思っています

 これまで長編第二作『山守クリップ工場の辺り』がバンクーバー国際映画祭でグランプリ、ぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞を受賞するなど、国内外でその作品が高い評価を得てきた池田監督。

 ただ、今回の「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」が池田監督にとって初の劇場公開作品。いわゆる商業映画においての名刺代わりの1作になる。

 これからもマイペースで自分ならではの作品を発表していければと語る。

「僕の場合、たとえばほかの方の原作でいった話は、自分のスタイルや手法があるのでなかなか難しい。

 僕の書いたオリジナル脚本を気に入ってくれる方がいて、はじめて企画が動く。

 なので、なかなか難しいところがあるのですが、そういうスタイルで自分ならではの作品をコツコツ発表していくのが僕には合ってるんだろうなという気がしています。

 自主映画と商業映画と経験しましたけど、基本的にはあまり僕自身は違いはないなと。あくまで、作品を作る点においては変わらない。

 これからも長く映画を撮り続けていくことが目標です」

「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」より
「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」より

「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」

監督・脚本・編集・絵:池田 暁

出演:前原滉、今野浩喜、中島広稀、清水尚弥、橋本マナミ、矢部太郎、片桐はいり、

きたろう、嶋田久作、竹中直人、石橋蓮司ほか

大分・玉津東天紅にて7/11(日)まで

東京・キネカ大森にて7/15(木)まで公開、ほか全国順次公開中

最新の劇場情報は、こちら

場面写真すべては(C)2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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