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愛にセックスは必要不可欠なのか?注目の俳優、細川岳、大切な存在ゆえに彼女を抱けない男を演じて

水上賢治映画ライター
「愛うつつ」 細川岳  筆者撮影

 本作が劇場デビュー作となる新鋭、葉名恒星監督が、自身の実体験をもとに、ある男女の愛とセックスの在り様を描いた「愛うつつ」。

 人材会社で働く社会人の新田純と、大学生の白石結衣は、付き合いはじめて7カ月になるがいまだに体の関係をもっていない。

 ある事情から「心から愛しているからゆえに結衣を抱けない」純と、「抱かれないことから純の愛情を感じられず、自身の性的魅力も否定された気がする」結衣。

 そんな二人が求める愛の形と、想いが交錯した結果の愛の果てが描かれる。

本作の主人公・純を演じたのは、「佐々木、イン、マイマイン」の佐々木役が大反響を呼んだ細川岳。「愛しているからこそ抱けない」という複雑な境地にいる難役に挑んだ。

「愛しているからこそ抱けない」という複雑な境地にいる難役に挑んで

 はじめに実は手掛けた葉名監督とは、監督と俳優という立場で出会っていないという。その出会いをこう明かす。

「いまから6~7年前ぐらいのころ、男3人でルームシェアをしていたんです。

 そのうちの一人が『泣く子はいねぇが』がこの前公開された佐藤(快磨)監督で。

 佐藤監督のバイト先の同僚に葉名監督がいた(笑)。

 それで家に遊びに来るようになって、その後、葉名監督が映画学校に通い始め短編を撮ることになって、出演の依頼をいただいて。それが彼と初めて組んだ映画で。

 その後、学校を卒業して、葉名監督が『自主で撮りたい』ということで声をかけてくれたのが今回の『愛うつつ』になります」

 脚本は当初のものからはめちゃめちゃ変化したという。

「いや、葉名監督は、本人にはちょっと失礼になるかもしれないんですけど、『よくこんな段階で見せるな』みたいなぐらいの初期段階で台本を送ってくるんですよ。

 僕も嘘はつけないので、『おもしろくない』とかいっちゃうんですけど(笑)。

 ただ、そういうやりとりをしてある瞬間にスイッチが入ったようになって、一気に話がおもしろくなるんです。

 『愛うつつ』もそうで出来上がった形は、初めてらった脚本とかなり印象が違います」

純役は「自分ではないだろう」

 改稿を重ねていまの脚本に近くなったとき、純役は「自分ではないだろう」と思ったと明かす。

「新田純は、彼女には隠しているけど出張ホストのバックグラウンドがあって、今も続けている。

 初期の段階の新田純は口調も関西弁でどこか強い印象があったのと、自分に自信がある部類の人間に感じました。それでも彼女は抱けないという。中々理解できない部分もあり、『自分じゃないだろう』と思いました。

 なんとなく世間一般に、出張ホストをやっていそうな男性のイメージ像ってあるじゃないですか。女性を魅了するような色気があるとか、ルックスにしても見栄えするとか。

 自分にはそういうのはないから、素直に言ったんですよ。『ぴったりはまる人がほかにいるんじゃないか』と。

 でも、葉名監督に『どうしてもやってほしい』と説得されて、その熱意に押し切られたんですよ。

 ただ、脚本を読んでいくうちに新田純の情けない部分を強く感じるようになり、その情けなさを強く押し出して、観ている人が気持ち悪いと思われてもいいくらいやりたいとはその時に伝えました。

 そのことを葉名監督も納得してくれて、演じることになりました」

葉名監督自身は知人に出張ホストの方がいたそうで、話をきくと、そんなに華やかな人がやるわけでも仕事自体もキラキラしているわけではない。

 それで、僕でも大丈夫と思ったようです」

「愛うつつ」より
「愛うつつ」より

「好きってどういうことだろう?」って、ずっと現場でも考え続けていた

 改稿がされる中で、自分でも演じる意欲がわいてきたと明かす。

「改稿が送られてくるたびに、自分の中でもイメージが広がっていったというか。

 こう演じたらおもしろいんじゃないかとか、役に愛着がわいてきて、こう演じれば自分でも成立するのではないかと思えるようになっていったのは確かです」

 その中で、人材会社の営業職をしながら、今も出張ホストとして女性たちを相手にする新田純という人間をどう汲み取っていったのだろう?

「一般の仕事をしながらも、今も出張ホストをやっていてお客の女性とセックスをしている。でも、プライベートで彼女の結衣は抱けない。

 純にとって結衣はなによりも大切な人。でも、大事過ぎて、触れられないというか。

 ガラスのようで、少しでも手元が狂ったら落として木っ端微塵に壊れてしまうのではないかという恐れがある。その感覚はなんとなく理解できるんですよね。

 ただ、『彼女を抱くことができない』という事実が純を語る上でのメインではない。

 なぜ、そういうことになってしまったのか。その理由の方が純を演じる上では、大切な気がしたんです。

 出張ホストを始めた理由があって、いまも続けている。本業の仕事に身が入っている様子もない。

 そのあたりを純の日常生活や仕事場での顔から紐解いていって、最後は、恋人の結衣を演じたn a g o h oさんといろいろな話をして、時間も共有させてもらって。

 『好きってどういうことだろう?』って、ずっと現場でも考え続けていた気がします」

すべてをなげうってやった感触があります

 純役は、「佐々木、イン、マイマイン」同様にまさに体当たりという演技を見せている。

「公開は今年ですけど、『愛うつつ』は2018年の製作。

 いまも全然、うまくなったと思わないですけど、少なくとも2018年よりは今の方がわかることは増えている。

 当時は、まだ右も左もわからなかったというかなにもみえないでやみくもに突っ込んでいっているような時期でした。

 『ガンバレとかうるせぇ』とかもそうですし、『ヴァニタス』ぐらいまでは、ほんとうに、無我夢中で。映画のためだったらもう自分の時間なんかなにもいらなくて、ただただ役のことばかり考えていました。

 いまだと少し力が抜いたほうがいろいろな視野が開けてくることがあることはわかるんですけど、当時はそういうこともわからなくて、とにかく台本を読んで、あれこれ考えて、監督に相談するみたいな感じで。

 『愛うつつ』もそうで。ほんとうにすべてをなげうってやった感触があります

 その「体当たり」という言葉が当てはまるように、随所に、もはや「素」ではないかと思えるような役を通り越して細川がそのまま出ているシーンが随所にある。

 とりわけ出張ホストをしていることが恋人の結衣にバレ、彼女に問い詰められるシーンのリアクションは、こちらが見ていられなくなるほど生々しい。

「あのシーンは、結局、10分近い場面になっているんですけど、基本はnagahoさんが問い詰めてしゃべりつづける。

 ただ、自分にもセリフはあったんですけど、いざあの場に立ったら、何も言えなくなったんですよね。

 いまだったらなにか機転をきかせて、やっちゃっていたかもしれない。でも、当時は、何も言えなくて、ああするしかなかったんです。

 演じてはいるんですけど、純の立場になっていてあまりにショックで頭がほんとうに真っ白になっていましたから(苦笑)。

 だから、はずかしいけど、あれは僕の素のリアクションだと思います」

「愛うつつ」より
「愛うつつ」より

形は違うかもしれないけど、彼のようないびつな愛情表現しかできない人は

少なからずいると思う

 振り返って、新田という男をこう感じている。

「この前、久しぶりに見返したんですけど、やっぱり普通で考えると、ちょっと理解されないですよね。

 結衣のことを心から愛しているのに、性的な関係にいくことができない。

 劇中でも『普通って何なんすか』と彼自身問いかけてますけど、普通がわからなくなってしまった。

 新田純という男はほんとうに情けないやつ見えるかもしれない。

 でも、演じた自分からすると新田純を認めてあげたい。

 形は違うかもしれないけど、彼のようないびつな愛情表現しかできない人は少なからずいると思う。また、誰しも素直に相手に表せない愛情ってあると思うんです。

 だから、こういう恋愛の形があって、これもひとつの愛かもしれないと思ってもらえたら、うれしいです」

セックスすることが愛なのか。愛にセックスは要るのか

 純と結衣の関係はどう目に映ったのだろう。

「ある意味、性であり生の永遠のテーマというか。

 セックスすることが愛なのか。愛にセックスは要るのか。

 これに関しては、難しすぎて、何も言えないです(苦笑)」

 葉名監督の描く世界について、こんな共通項を感じていたという。

「実は短編で初めてご一緒して、今回の『愛うつつ』があって、実はその後にもう1作撮っていて、それにも参加させてもらっているんですよ。

 だから、3作品ご一緒していて、毎回思うんですけど、根底のテーマには『愛』がある。

 ただ、その愛の形が毎回違うんですけど、どれもすごくいびつというか。ストレートなラブストーリーではない。あんまり観たことのない形といいますか。いい意味で、共感しずらいんですよね。

 足立(紳)監督がコメントで『この作品は感情だらけ、知らない人間ばかりだ。だから、片時もスクリーンから目が離せない』といったコメントを寄せてくださったんですけど、まさしくそうで。

 僕も正直なことを言うと、台本上では『これ成立するのかな?』という感触があるんです。

 共感できるか否かがすべてだとは思っていないんですけど、通常で考えると、なかなか共感しずらい、なかなか理解しがたい感情がせめぎ合っていくようなところがある。

 アブノーマルというわけではないですけど、素直に『この主人公の気持ちはよくわかる』といったことが描かれるわけではない。

 だから、この物語についていけるのかとちょっと思うところがあるんです。

 でも、いざ完成した作品をみてみると、いつも見続けてしまう。

 これが葉名監督の独特の世界なのかなと思いました」

こういう役をやれた悦びもあるんですけど、一方で、むず痒いところがある

 その葉名監督には聞きたいことがあるという。

「なぜか、僕は毎回脱がされるんですよ(笑)。なんでか、知りたいです」

 公開を迎え、うれしいことは確かだがちょっと恥ずかしいところもあるという。

「いや、基本は恋愛ドラマじゃないですか。まさか自分が恋愛ドラマで、しかも主人公をやるとは思いもしなかった。出張ホストという、ある意味、女性の心も体も知り尽くした男でもある。

 そういう男性を自分がやるのは後にも先にもないようなきがするし、柄でもないことは自分でもわかっていて。

 だから、こういう役をやれた悦びもあるんですけど、一方で、なんかむず痒いところがあるんです」

いま注目を集める若手監督たちとの出会いは偶然 

 今回の葉名監督、「泣く子はいねぇが」の佐藤快磨監督、「佐々木、イン、マイマイン」の内山拓也監督と、いま注目を集める若手監督たちのデビュー時から、細川はタッグを組んできた。

 これは偶然だという。

「3人ともに出会いは偶然なんです。葉名監督は、さきほど話した通りですけど、佐藤監督ともバイト先でたまたま出会っている。

 バイト先で出会って、『ガンバレとかうるせぇ』に呼んでもらったという流れ。

 内山監督は、僕が自分で自主映画を撮る時に、スタッフが足りなくて知人が録音部で手伝ってくれる人を連れてきた。それが内山監督で、そこで出会った。

 ほんとうに人生ってわからないですよね」

映画という場でいわば同志でありライバルともいえる存在ができたことは

すごく励みになる

 そして、細川は、彼らの作品に必要不可欠な俳優として存在しつつある。この状況をどう受け止めているのだろう。

「運が良かったなと思います。

 おもしろいなと思う人と、一緒におもしろがって映画を作っていたらこうなっていて。

 自分に見る目があるとは思わないですけど、3人ともになにか共有できるところがあったというか。

 プライベートで仲がいいとかとは別で、作品に対する情熱や向き合い方が相通ずるところがあった。

 俳優と監督と立場は違いますけど、映画という場でいわば同志でありライバルともいえる存在ができたことはすごく励みになるし、頑張らないととも思います。

 彼らに負けないように、自分もステップアップしないといけないですよね」

いままで通り、奢らず、高ぶらずやっていこうと考えてます

「佐々木、イン、インマイン」の佐々木役は、大きな反響を呼んだが、本人は、おごることなく次を見据えている。

「以前よりは声をかけてもらう機会がすこしだけ増えた気がします。

 それはうれしいことなんですけど、でも、一過性といいますか。『佐々木、イン、インマイン』の特需のようなところがあると思っているので、あまり意識しないで、いままで通り、奢らず、高ぶらずやっていこうと考えてます」

「愛うつつ」ポスタービジュアルより (c)HANAOHANACO Co.
「愛うつつ」ポスタービジュアルより (c)HANAOHANACO Co.

「愛うつつ」

監督:葉名恒星

出演:細川岳、n a g o h oほか

ユーロスペースにて5月29日(土)より公開。

大阪・シアターセブンにて 6月19日(土)より公開

愛知・シネマスコーレにて7月公開予定

場面写真はすべて(c)HANAOHANACO Co.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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