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これからのテレビ報道・ニュース記者を考えての一歩。TBSがドキュメンタリー映画祭に挑む理由

水上賢治映画ライター
TBSテレビ報道局報道コンテンツ戦略室長の大久保竜氏 筆者撮影

明日18日から渋谷のユーロライブで4日間に渡って「TBS ドキュメンタリー映画祭」が開催される。ご存知の通り、TBSテレビは、1955 年 4 月に民間放送テレビ局として開局して以来、毎日放送を続けている在京キー局だ。

 テレビ局が映画を作ることはもはや珍しくない。ならば、自前の映画を集めての特集上映や映画祭があっても不思議ではないだろう。でも、今回はタイトルにあるようにドキュメンタリーに特化した映画祭。しかもこれまでに発表されたTBSの過去のアーカイヴ作品を集めたのではなく、新作主体のラインナップが組まれているのだ。

 なぜ、いまテレビ局が、映画祭に乗り出すのか?業界内では、「視聴率がとれない」と言われて久しいドキュメンタリーをテレビではなく、映画として映画館で観客に届けるのか?どういう形で作品は集まったのか?

 今回の試みについて訊く。

なぜ、いまテレビ局が、映画祭、ドキュメンタリー映画なのか

 ご登場いただいたのは、TBSテレビ報道局報道コンテンツ戦略室長の大久保竜(りょう)氏。はじめに、近年のTBSテレビのドキュメンタリー映画といえば、元news23のキャスター、佐古忠彦監督の「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー」(2017年)、「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯」(2019年 ※TBSドキュメンタリー映画祭でも上映、なお、佐古監督作品は新作で3月20日~公開がスタートする新作ドキュメンタリー「生きろ 島田叡-戦中最後の沖縄県知事も上映)が話題を集め、映画祭でも高評価を受けている。

 また、昨年公開された「三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~」(※TBSドキュメンタリー映画祭で上映)が大ヒットを記録したことは記憶に新しい。

「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯」より (C)TBSテレビ
「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯」より (C)TBSテレビ

 局として、ドキュメンタリー映画への気運の高まり、テレビという枠をとっぱらっての今回のような企画へ取り組む意欲があったのだろうか?

「気運の高まりはありました。

 前段からいうと、『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』の成功がひとつの大きなきっかけをくれたというか

 この作品は、わたしも少し関わっているのですが、簡単に説明すると、三島由紀夫が東大全共闘との討論した貴重な記録映像があるということがわかり、結論として『映画にしよう』という判断に至ったわけです。その作品がおかげさまで大ヒットするとともに、大きな反響を得ることになった。

 このことは、佐古監督の作品が評価を得たこととも合わせて、局としてドキュメンタリー映画に大きな可能性を見出したところがある。

 もうひとつ、大きかったのはアーカイヴ映像の可能性に気づかされたこと。『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』の映画化にあたり、調べたところ、手前みその話になってしまうんですけど、とりわけ1970年より前においての、TBSの過去の映像というのはかなり貴重なものがまだまだ数多く残されている。充実したアーカイブ映像が残されている。

 そういった映像のひとつが『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』となって、現代の人々に届いた」

『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』より (C)2020『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』製作委員会
『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』より (C)2020『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』製作委員会

記者、ディレクターの意識改革の流れ

 報道局に意識改革が起きようとしていた流れもあったという。

「今の局長が、これからの記者というのは、自分で取材して、編集して、場合によっては企画のVTRを作ってプレゼンして、ドキュメンタリー映画にして伝えるぐらいの度量をもってほしいという方で。そういう新しいテレビ記者像のようなことを描いていた

 いずれにしても、記者としてはもとより、ディレクターとしての意識を強く根付かせて、彼らに権限を与えた上で、取材力をもっとアップさせたいところがあった。

 そうした流れがあって今回の映画祭へ結びついていきました」

過去のアーカイブ作品ではなく、新作中心になった理由

 こうした要素がいくつか重なって、「TBSドキュメンタリー映画祭」が立ち上がっていったという。ラインナップをみて、驚くのは、新作というか、テレビ放映時に新たな映像を加えて編集された作品が中心になっていること。

 結果、東日本大震災、コロナ、沖縄、性犯罪、死刑制度など、まさにタイムリーで社会的にも関心が高い作品が顔を揃えた。これはどういう形で集まったのだろうか?

「実は、数行の募集メールを送っただけなんです(苦笑)。

 しかも、記者全員に送るのではなくて、部長クラスの方たちに通常の業務連絡と同じで、『<TBSドキュメンタリー映画祭>という企画をやりたいと思っている。つきましては、まだ自分の中で伝えきっていないものとか、一回放送したんだけども、風化させたくないから、もう一回だけなんかの形で伝えたいものとかありませんか、そういったものを新たなにドキュメンタリー映画にして劇場にかけてみませんか?』と」

記者の中にもっと詳細を伝えたい思いがあった

 すると、すぐにレスポンスが入り始めたという。

「けっこう、次々に手が挙がったんです。『やりたい』と。

 やっぱり、記者の中にもっと詳細を伝えたい思いがあったんだと思います。どこかで、ニュースの短い尺ではなく、長い時間でじっくりと伝えたい気持ちがあった。

 いまロンドン支局にいる記者から、日本で取材したこういう過去のVTRがあって、一本化してちゃんと伝えたいという連絡もきました。海外支局の方で、日本に戻ったらぜひ作りたいといった人もいて、多くの賛同者がいて非常に、ありがたかったですね。

 手が挙がらなかったら、アーカイブ作品でまとめるしかないなと思っていたんです。

 ただ、自分としては今の記者たちが手を挙げてくれて、いま伝えたいことを伝える作品が集まるのがベストと思っていたので、うれしかったです。

 あと、僕の個人的なことを言わせていただくと、今年で入社して30年になるんですけど、これまで『サンデージャポン』『爆報!THE フライデー』『櫻井・有吉 THE 夜会』といった情報バラエティ番組のチーフプロデューサーを務めてきて、報道局に異動になったのが昨年の7月のこと

 このドキュメンタリー映画祭の募集をしたのが、去年の9月とか10月ぐらいですから、そうとうな新参者のコンテンツ戦略室という新しい部署からの、いきなりの募集ですから、まあ様子見されても不思議ではない(苦笑)

 でも、実際は、やりたいという声が続々とあがった。

 また、余談になりますけど、今回映画祭で上映される『お母ちゃんが私の名前を忘れた日~若年性アルツハイマーの母と生きる~』は、僕が『サンデージャポン』を手掛けていた時に、放送されたものがもとになっています。

 当時、日曜日の朝の生放送で、ドキュメンタリーを流すというのは結構チャレンジグなことだったんです。

 その作品をまたみなさんにみていただける機会が生まれて、感慨深いものがあります」

『お母ちゃんが私の名前を忘れた日~若年性アルツハイマーの母と生きる~』より (C)TBSテレビ
『お母ちゃんが私の名前を忘れた日~若年性アルツハイマーの母と生きる~』より (C)TBSテレビ

映画祭、劇場での上映にこだわった理由

 では、なぜ映画祭としたのか、劇場で上映することにしたのだろう?

「これまで、自分は別のセクションから報道局をみていたわけですけど、同じ局の人間なのに報道の局員には近づきがたい印象があったんですよ。こっちの勝手なイメージだったりもするんですけど、なんか、堅くて話しかけづらい(苦笑)。

 実際に異動して記者たちに接してみると、そんなことはなくて、ピュアでみんな熱いものをもっている。その感情を表にださないだけ。

 そのふだんテレビではあまり表にでることのない、各記者でありディレクターの思いを出していい場所を考えたとき、やはり1本のドキュメンタリーを作ってもらって映画祭という場で発表するのがいいと思ったんです。

 たとえば、日々のニュースを取材してる中でも、記者各々で自分の担当とは別に興味があって、取材したいとおもっている問題だったりテーマがあると思うんです。仕事としてではなく、ライフワークとして取り組みたいものが。わたしたちも一緒じゃないですか、必ずしも自分が興味のあることを仕事にはしていない。

ほとんどの記者は日々、速報として出していくニュースがある一方で、さらに深くほりさげて、取材し尽して、届けたいものがあると思うんです。

ニュースで一度放送されて終わりじゃない、そのあともっと深く追求して、新たな事実を掘り起こして届けたいニュースの続編があるはずだと。

 そういう記者の取材したことのすべてを注ぎ込むには、ドキュメンタリー映画がやはりふさわしいと思いました。テレビの時間という制限されたところでない場を設けることで、記者たちがどんなドキュメンタリーを作るのか興味もありました。

 また、ドキュメンタリー映画にすると、デイリーのニュースの伝え方や掘り下げ方といった面について記者の意識も変わってくるのではないかと思いました。

 報道機関である以上、ニュースは使命です。でも、そのニュースを伝える記者を大事にしないと、いいニュース番組もできないし、いいドキュメンタリー番組も生まれない。記者に速報性のあるニュースを日々届けるとは別に、思い切り自分の考えや今世の中に伝えたいこと、問いたいことを発表してもらいたい。それがドキュメンタリー映画ではないかと思いました。

TBSドキュメンタリー映画祭について語ってくれた大久保竜氏 筆者撮影
TBSドキュメンタリー映画祭について語ってくれた大久保竜氏 筆者撮影

 それから映画祭として劇場でやることにこだわったのも理由があります。

これまでのテレビの報道スタッフは、いわゆる『ザ・裏方』で、あまり表に出ることをよしとしないところがあった。特に報道の記者は、現場のリポートはするけれども、たとえば自分の作った報道番組とか取材リポートについて語ることはほとんどない。また、そういう場もなかった。

 でも、これからは、記者ももう自分自身を発信していかなきゃいけない時代に入っていると思うんです。

 作品上映後に、監督を登壇させ、監督自身がまずはその作品への思いを観客のみなさんに伝えるという場を作りたかった

 また、テレビはもちろん視聴者のみなさんの声が届いてきて、それは貴重なご意見として、記者も番組ディレクターも目にします。ただ、生の反応に直接触れることはほとんどない。劇場での上映はみてくださった方の生の反応に触れられる。また監督が思いを伝えて、観客のみなさんがそれに対して感想を述べるような言葉の直接でのキャッチボールみたいなことができたらいいと思ったんです。それは監督たちにいい影響を与えると思うし、観客のみなさんはみなさんで監督の言葉に触れることで、TBSの報道がちょっと違って見えてくるかもしれない。残念ながらコロナ禍で、今回はQ &Aの場は設けることはできませんが……。

 ということで劇場での上映にこだわりました」

 今回上映されるのは全22作品。なかなか答えずらいかもしれないが、大久保氏が個人的に一番に推したい作品は?

「企画した者としては、やはりすべての作品を推したいというのが本音です。

 たとえば、犯罪を犯した人たちにカメラを向けた『“死刑囚”に会い続ける男』『死刑を免れた男達~カメラが初めて捉えた無期懲役囚の実態』、ひじょうに不可解な事件の真実に迫ろうとする『消えた事件、弟の執念』といった作品は、社会的な問題に関心のあったり、ドキュメンタリー映画にふだんから慣れ親しんでいらっしゃるコアなファンの方にも興味をもっていただけるのではと思っています。

『消えた事件、弟の執念』 (C)TBSテレビ
『消えた事件、弟の執念』 (C)TBSテレビ

 福島県で誕生したバンド『GReeeeN』のリーダー・HIDEさんが、被災地を取材した『GReeeeN初告白 東日本大震災5年にHIDEが語っていたこと ディレクターズカット版』や、アメリカの人気ハードロックバンド、『MR.BIG』の被災地支援を記録した『MR.BIG~3・11から10年 被災地とともに歩んだ外国人バンド』などは、それこそ普段あまりドキュメンタリーになじみのない方に興味をもっていただけるかもしれない。

『MR.BIG~3・11から10年 被災地とともに歩んだ外国人バンド』より (C)TBSテレビ
『MR.BIG~3・11から10年 被災地とともに歩んだ外国人バンド』より (C)TBSテレビ

 やはり1本あげるのは難しい(苦笑)。

 あくまで個人的なイチ推しになりますけど、『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』をあげたいです。

 この作品に登場するのは、ノーベル平和賞を受賞したコンゴ民主共和国の医師、デニ・ムクウェゲ医師。作品のタイトルから察しがつくかもしれないのですが、コンゴでは武装勢力による女性へのレイプが多発しているという。その中、ムクウェゲ医師は、性暴力によって心も体もボロボロになった女性たちを救うとともに、さまざまな場に出てこの悲惨な現実を訴え、国際社会にこの状況が変わるよう協力を求めている。

 作品は、ムクウェゲ医師の活動に密着する一方で、レイプ被害にあった女性たちの証言などから、なぜこのような状況が長く続いているのかに斬り込んでいる。

 ほんとうにショッキングな事実が並べられているんですけど、もう『性暴力』という主題からして、現在の地上波ではちょっと表現として限界があるわけです。たとえば、あまりに残酷で放送では流せないところがどうしても出てきてしまう

でも、正確に伝えるためには、やはり残酷でも映さないといけない、カットしてはいけない場合があるわけです

 この作品は、今回、映画になることで、それができて、ありのままの事実を伝えることができたのではないかと思います。ほかの作品に関しても、多かれ少なかれそういうところはあると思うのですが」

『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』より (C)TBSテレビ
『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』より (C)TBSテレビ

セクションの垣根を超えて、ボーダレスに参加を募りたい

 今回の開催を経て、さらなる飛躍になればと語る。

「今回は、あくまで初めの一歩です。今回を足掛かりに開催を重ねていきたい。回を重ねれば、作品数が当然増えますし、参加に手を挙げるディレクターも増えるでしょう。

 そうなれば、もっと多ジャンルからの豊かな作品が生まれ集まる。作品が増えれば、開催期間をもっと延ばせるかもしれない。バラエティ豊かな作品が増えていけば、たとえば、ジェンダーといったひとつのテーマに特化して深く切り込むプログラムを組んでもおもしろいかもしれない。

 今回の映画祭で上映される『モデル 雅子 を追う旅』の大岡大介監督はTBSの社員で最愛の奥様を亡くされたあと、彼が機材もすべて買って、自分で作り上げた作品なんです。こういう作品に参加していただいてもいい。

 セクションの垣根を超えて、ボーダレスに参加を募りたい気持ちがあります。そうすればさらにTBSとしても、映画祭としてもエキサイティングな場になるのではないかと思っています」

 すでにいい状況が生まれてきているという。

「テレビのディレクターには映画に憧れを抱いている人間がけっこう多くて。劇場でかかるとなると、燃えるというか(笑)。スタッフの大きなモチベーションになっている感触があります。

 それから今回は、報道局が主体になってますけれど、違うセクションからも、次回は参加したいという声が出てきています。さっき、系列局からも参加があってもいいと言いましたけど、実際に、こういう系列局からも参加したいとの話が届いています。

 次回につなげるためにも、今回の映画祭がいい場になってくれることを願っています」

<TBSドキュメンタリー映画祭>メインビジュアル (C)TBSテレビ
<TBSドキュメンタリー映画祭>メインビジュアル (C)TBSテレビ

<TBSドキュメンタリー映画祭>

期間・会場:2021年3月18日(木)~21日(日)ユーロライブにて開催

主催:TBSテレビ

共催:ユーロスペース

公演詳細、映画祭チケット情報は、映画祭公式HPまで

公式サイト: www.tbs.co.jp/documentaryeigasai2021/

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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