誕生会が修羅場に?めんどうだけどやっぱり愛しい家族に心温まる「ハッピー・バースデー 家族のいる時間」
「めんどうだけど断ち切れない」。そんな家族のつながりを描いているのが、フランス映画「ハッピー・バースデー 家族のいる時間」といっていいかもしれない。
ある夏の日、70歳を迎える母アンドレアを祝う誕生会で家族が集うことに。フランス南西部の美しい自然に囲まれた邸宅に集まったのは、しっかり者だが頭の固いヴァンサンと妻のマリー、いい歳になっても映画監督の夢を追い続ける次男のロマンと恋人のロジータ。そこに長らく行方不明になっていた情緒不安定な長女のクレールが現れたことで、楽しいはずの誕生日が思わぬ騒動になってしまい……というどこの国の家族の間でも起きそうないざこざをつぶさに見つめたホーム・ドラマが展開する。
いま家族を語ろうと思った理由
手掛けたのは「幸せ過ぎて」「ロベルト・スッコ」などで知られるセドリック・カーン監督。「家族」というよくある題材を主題にした理由をこう明かす。
カーン「なぜ、家族を主題にしようとしたのかは、よくわからないんです。なにか自分に期するものがあってというわけではありません。ただ、長い間温めていたストーリーではあります。もしかしたら、映画監督になってずっと抱えてたテーマかもしれない。
実は、私の家族をモデルにしています。
この映画は食卓が舞台。お祝いの席がもうけられ、家族の集まり、昔話だったり近況だったりをあれこれと語り合う。
その場というのは、ある意味、家族全員が一つのお芝居に参加してるようなものだと思うんです。なにか、みんな衣装を着て、仮面を着けてそれぞれの役割を演じている。
それぞれが『家族』としての歩調を合わせようとするんだけど、どこかで仮面が剥げてしまって、ケンカになってしまう。
私の家族もこんな感じにクレージーなところがあって、みんなちょっとずつ意地悪なところがあって、いがみあったり、言い争ったりする(苦笑)。でも、ものすごく一致団結したりするときもある。磁石のようにくっついたり、反発したりしている家族なんです。
どんな形であれ自分の家族のことを語るというのは、やはりいい距離をもって挑まないといけない。この主題を語るには、これだけ時間が必要だったような気がします。
長男のヴァンサンを私自身が演じることになったのも、自身の物語であるのだから、監督という外からだけではなく、物語の内側からも関わるべきとのプロデューサーのアドバイスから決めました」
ロマンの気持ちがわかるところがありました
一方、この家族劇で、次男のロマンを演じたのは「女っ気なし」「やさしい人」などで日本でも知られる個性派俳優、ヴァンサン・マケーニュ。彼はこう感じたという。
マケーニュ「私自身、ロマンのように家族を被写体にしてドキュメンタリーを撮ろうと思ったことがあったんです。そういう意味で、共有できるところのある物語だと思いました。
そして、なによりロマンという人物の気持ちがわかるところがある。自分も映画作家であるので、まだ芽の出ていない作家の日常っていうのは確かにあんな感じで(笑)。どこか親近感をもてる役で、演じたいと思いました」
カーン「結果的に長男のヴァンサン役を私は演じたわけですが、実像はロマンに近い。自分自身がどこか投影されているところがあります」
では、そのロマン役をマケーニュに託した理由はどこにあるんだろう?
カーン「まず、ヴァンサンの方が私より演技がうまいのでオファーしました(笑)。
ロマンは自分がどこか投影されたアーティストの役なんですけれど、まず監督として考えなければいけないのは、映画の登場人物としてしっかりと確立させなければいけないことでした。
長男のヴァンサンは裕福で順調なキャリアを送っている。いわば成功者といっていでしょう。対して、ロマンは落伍者とまではいいませんが、成功とはほど遠い状況で、いまだに映画監督の夢を追っている。
周囲からは、夢を諦められないダメな人間に見える一方で、アーティストの雰囲気もある。この二極を演じ切ることができる俳優を考えたとき、ヴァンサン・マケーニュが思い浮かびました。
彼ならば、ロマンのポエジー(詩情)なところと、ちょっとずれた人間のクレージーなところを必ず出してくれると思いました。
また、ロマンはこの映画の中で、一番コメディー要素が強い。私はコメディーが得意でないので、やっぱりヴァンサンのほうが適役だと思いました」
母を演じたのはフランス映画の至宝、カトリーヌ・ドヌーヴ
また、母親のアンドレアを演じているのは大女優、カトリーヌ・ドヌーヴ。彼女の印象をこう二人は語る。
マケーニュ「彼女はとっても優しい人でした。そして、おもしろい人でもありました。シンプルで気取らない人。気さくなたたずまいで、この作品の中にあるファミリー的な雰囲気は彼女が撮影現場にもたらしてくれたおかげといっていいかもしれません」
カーン「彼女は、私たちにとって理想的な母親でした。
まさにドヌーヴはフランス映画の母みたいな存在。ですから、家族を守る母親の役を彼女が演じるというのは、適役以外なにものでもない。彼女が存在してくれることで家族というハーモニーが奏でられる撮影ができたと思います。すごく家族的な雰囲気をつくってくれたことに感謝しています」
フランスが世界に誇る大女優との共演をはじめ、二人ともこの作品を通しての経験は得難いものになったと明かす。
カーン「自らの監督作品に自身が出演するというのは初めてのこと。これは大きな経験になりました。
私は俳優業よりも監督業の方が長い。監督業は30年ぐらいになりますが、演技についてはまだ始めて5~6年ぐらいしか経っていません。
演技を始める前は、監督業だけに専念していました。俳優業を始めてからも、自分の監督作品に自分が出演することはありませんでした。
なぜ、これまで自分の監督作品に出演してこなかったかというと、監督と俳優という2つの役割を一度にやることは難しいと思っていました。
というのも、私は仕事するときはすごくひとつに集中するタイプ。映画を作るときは監督業にすべてのエネルギーを費やすので、俳優を同時にやることは考えられなかった。
ただ、今回、心を決めて両方やることにして、ほんとうに支障がないよう最大限の準備を入念にしたんですけど、それでも不安はつきまといました。
でも、いざ撮影に入ってみると、監督だけのときよりも喜びが倍増したといいますか。監督と俳優の2役を務めるというのは、映画にほんとうの意味でフルに参加している感触があって、これほどの充実を味わったことはないぐらい、すばらしい時間を過ごすことができました。
同時に、信頼するということをさらに学んだ気がします。
撮影をはじめとしたテクニカル・チームにしろ、俳優のチームにしろ、信頼して任せる、各人の自立性を尊重する。そのことの大切さを監督と役者双方を務めることで学びました。
監督に専念していたこれまでは、俳優の演出にしても構図にしてもすべてをコントロールしてるようなところがあった。ただ、100パーセント、コントロールしたところでそれがベストになるとは限らない。
今回は、演技もしなければいけないということで、ある意味、コントロールの一部を私は捨てて、人に任せる選択をしました。
すると、逆に各人からいろいろなアイデアやインスピレーションが出てきて、自分が想像もしないようなクリエーティビティーにつながっていった。こういうやり方もあることに気づかせてくれた。そういう意味で、今回の作品は自分に大きな経験をもたらしてくれたと思います」
マケーニュ「私の中では、これ以上ないぐらいの楽しい経験でした。
私がこの映画で気に入っているのは、表層的には軽妙なのに、きわめて複雑な内容になっていることです。
語られていることは家族のドロドロしたところなのに、それを卑屈にすることなく、明るい語り口でみせている。
フランス映画には、バカンスを背景にドタバタを繰り広げるコメディーがジャンルとしてあるんだけど、この作品はその形式にとどまらない。単なるばかばかしいコメディではない、人間の喜怒哀楽がつまったものになっていて、こんな素敵な作品に出演できてうれしく思っています」
監督としての顔、役者としての顔
セドリック・カーン監督とヴァンサン・マケーニュ。ここまでの発言からわかるように、彼らは監督と俳優という2つの顔を持つ。この2つの仕事をどのように考えているのだろうか?
カーン「私にとって、プライオリティーが高いのはやはり監督業です。朝目覚めてまず考えることは、『今日は何を書こうかな』ということでシナリオ作りのことです。
俳優の仕事というのは、私の中ではとても贅沢な楽しみのようなもの。ほかの監督の撮影に参加して、いろいろとやり方を見て学んでいるところがある。これも結局は自分の監督業につながっているところがある。ですから、私の主軸は監督業です。
でも、監督業と俳優業ともに取り組めていることには感謝しています。
監督として演出では、一切妥協しないで、自分の作りたいものに集中することができる。一方で俳優業というのは、他の人の作品のために自分の力をすべて注ぐことができる。
この両方ができるというのは、すごい豊かなことだと思っています」
マケーニュ「私の場合は演劇の演出家もやってるので、たとえば1年に3本の舞台の演出をしたりすることも珍しくない。
ですからゴムをひっぱったら反動で戻ってきますけど、そのような状態といいますか(笑)。演劇が続いて、映画をやりたくなったり。あるいは人の作品に出ていて、自分の作品を撮りたくなったりと、自分の思うがままやっていたら、このような状態になったところがあります。演劇ばっかりやっていると、演劇脳が疲れ果てて、ほかのことがやりたくなってしまうみたいな感じで(苦笑)。ここまで来ています。
俳優も監督もやるクリエイターは世界を見渡してもけっこういますよね。利点としては俳優をしていると一方的ではないというか、単に言葉だけで指示するのではなく、俳優の中に入って一緒に演じることで、全員をひっぱっていけるところがあるのではないかと、私自身は感じています。
今回のカーン監督もまさにそうでした」
日本のみなさんも、自身の家族との体験に重なるところがあるのでは?
最後にこう言葉を寄せる
マケーニュ「軽い雰囲気ではじまりながら、だんだん深刻になって、最後に『この家族はどうなってしまうんだろう?』というのがこの映画のおもしろいところだと思います」
カーン「悲喜劇なので、いろんな多様な感想が僕のところに入ってきています。
『うちの家族にそっくり!』といってくれた人もいれば、『うちはこんなんじゃないけど、憎めない家族だよね』といってくれた人もいます。
日本のみなさんでも、なにか自身の家族との体験に重なるところがある作品だと思っています」
「ハッピー・バースデー 家族のいる時間」
監督:セドリック・カーン
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベルコ、ヴァンサン・マケーニュ、
セドリック・カーン
YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開中
ポスタービジュアル及び場面写真は(C)Les Films du Worso