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舞台の再演も決定し反響がやまない「タイトル、拒絶」。片岡礼子がセックスワーカーを演じる上で考えたこと

水上賢治映画ライター
「タイトル、拒絶」に出演した片岡礼子 筆者撮影

映画版も大きな反響を得て、再舞台化決定!の「タイトル、拒絶」 

 映画版も反響を得て、先ごろ、舞台の再演が発表されたロングランヒット中の話題作「タイトル、拒絶」。本作は、舞台演出家・脚本家として活躍する山田佳奈監督が、2013年に初演された同名舞台を自身の手で映画化し、さまざまな事情を抱えながら、それでも前を向いて生きるセックスワーカーの女たちの姿が力強く描かれる。

 とあるデリヘル店を舞台に、出演作が相次ぐ伊藤沙莉が演じるデリヘル嬢になり損ね、なぜか世話係というスタッフのサイドに回ったカノウをはじめ、店で1番人気を誇るマヒルら、さまざまな性格と個性をもった女たち、そして男たちが登場する本作だが、その中で男性スタッフには一目置かれ、若い女の子たちの輪に交じるわけでもなければ、遠ざけるわけでもない、少し年上の女性が存在する。

 それが、人には言えない過去や深い悲しみを背負い、どこか近寄りがたくも映れば若い女の子たちを優しく見守っているようにもみえる、シホ。

 特に多くのことが語られるわけではない彼女を、どこか虚ろに、でもどこか艶めかしく演じているのが、ベテラン監督から新進気鋭の監督たちまで信頼を得ている女優の片岡礼子だ

山田監督のある種の潔さと覚悟を脚本からしっかりと感じました

 キャリア30年に近づき、これまでさまざまなタイプの作品に出演してきた片岡だが、本作の脚本の印象をこう語る。

「最初に台本を頂いて読んだときの正直な印象は、いい意味でセックスワーカーの物語であるとか、もっというと男と女という性差もどうでもよくなるというか。ひとりの人間として、とても粋な登場人物が揃っているなと思いました。

 もちろん、それぞれ日の当たる場所にいるわけではない。ほめられた性格じゃない子もいれば、間違いを犯してしまう子もいる。

 こんな人物たちが集まって、性風俗という興味本位で扱えないセンシティブな題材となると、ふつうだったら、その窮状を訴え、『かわいそう』という負のループで終わってしまいがち。個人的に『かわいそう』で終わらせてしまって、いいのかなと思うんです。その先を描くべきではないかと。

 この作品は、まさにその先を見ている。最低最悪のどん底にいるんだけど、泣き言もいわず全員が前を向いている。ともすると卑下してしまう難しいテーマを扱いながら、下をみることのないドラマに仕立てている。これって簡単にみえて、実はすごく難しい試みだと思うんです。

 それから、『これ、本当に女性の人が書いたの?』と思いました。でも、改めて考えると、むしろ女性じゃないと書けないかもしれない。女性だからこそここまで女性の核心を突いて、思い切って本質をついた物語になったのかもしれないと思いました。山田監督のある種の潔さと覚悟を脚本からしっかりと感じました

片岡礼子 筆者撮影
片岡礼子 筆者撮影

伊藤沙莉主演と聞いてすごいことになる予感

 もうひとつ、興味がわいた点があったという。

「舞台で何度も上演されているということをお聞きして、興味がわきました。というのも、舞台になっているということは、もうすでに1度、生のヴィジュアルとして立体化されているというか、ひとつの絵となって立ち上がって人の目に触れる形になっている。

 その自分で形にした舞台を、山田監督が、ふたたび自身の手で今度は別の形にするというのは、並大抵の思いだったら、そこまで至らない。なにか山田監督の中に抑えられないパッションのようなものがいまだあるのではないか。そこまでして挑もうとする山田監督に興味がわいたところもありました」

 カノウ役が伊藤沙莉と聞いてさらに興味が高まったそうだ。

「デリケートな題材を扱っていることは確かで、たとえば、親と一緒に観ることができる映画ではない。こういう作品と向き合うとき、自分が関わる以上は反響を呼んで多くの人に関心を寄せてほしいと思う一方で、自身も覚悟を決めて心して挑まねばならない。だから少なからず、慎重に考えて判断するところがある。

 その中で、映画の肝になる主役のカノウを誰が演じるのだろうと思っていて。沙莉さんと聞いたとき、なにか目の前を塞いでいた巨木がスパーンと竹を割ったようになって、一気に視界が開けた。こちらにレーザー光線のような鮮烈な光が差し込んできたような気持ちになりました。これはすごいことになる予感がしました」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

伊藤沙莉さんも田中俊介もこれから役者としてどうなるのか末恐ろしい

 実際、心意気のある役者が揃いに揃った印象がある。

「『本作品をもってなにか伝えたいことはありますか』と問われたら、今回、ご一緒したメンバーがいかに素敵かを伝えたい。

 ほんとうに熱くて勢いのある現場で、たぶん、みんな、終わりたくないと思っていたはず。もちろんどの現場も愛着はあるんですけど、出演者全員にあれだけの半端ない熱量を感じた経験はそれほどない。集まって会う予定はないんですけど、なんか今も顔を合わせたくなるメンバーになりました。たぶんあの熱は出演者全員が感じたんじゃないかな。

 伊藤さんとは以前、共演はしていないんですけど、同じ作品でご一緒していて。でも、そのときと今回のカノウ役ではまるで違う顔になっている。彼女の演技を見ていると、年齢やキャリアでははかれない凄みがあって、ほんとうに私が言うのもおこがましいですけど、これから役者としてどうなるのか末恐ろしい

 田中(俊介)くんもほんとうにすばらしい。今の彼は、『下手に触ると火傷するぞ』といった感じの危うさとナイーブさが同居している魅力があるんですけど、本人はそれにまったく気づいていない。ここからどう飛躍するのかを考えると、彼もほんとうに末恐ろしい(笑)。

 般若さんもかっこ良かった。そのとき、しびれて以来、ずっと彼の音楽を聴いています(笑)。こんな素敵なメンバーに混ぜてもらえて、ほんとうにうれしかったです。

 あと、キャストだけではなくて、スタッフもまた、熱い心意気をもった人ばかりだったんですよね。

 山田監督もそうでしたし、プロデューサーに回った『ミッドナイトスワン』など手掛けられている内田英治監督もそう。

 また、性に関わる女性の物語でしたから、演じる立場からするとカメラマンもとても重要なんです。今回は、カメラマンの伊藤麻樹さんがすばらしくて、彼女が山田監督とともに、どこかナーバスになる私たちの気持ちをきちんと汲みとりながらクールな中にも情熱をもった判断で的確にシーンを切り取っていってくれた。

 ほんとうにスタッフもすばらしいメンバーが集まって、その熱が伝わってくる現場だったと思います」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

デリヘル店だから起こるわけではない。日本社会のあらゆる場や人間関係で起こること

 そうした現場の空気の下、シホを演じる上ではこんなことを考えていた。

「セックスワーカーという職業をことさら強調して考えることはやめようと思いました。この物語で展開することは、よく紐解くと、風俗店だから起こるわけではない。今の日本社会のあらゆる仕事場や人間関係で、起きてもおかしくない口論や争いなんです。いまもどこかで起きていて不思議ではないことばかり。そう思えて、シホを考えたらいろいろなことが一気に回転し始めて、つながっていったんですよね。

 だから、セックスワーカーだから『こう』とか、ある種の色眼鏡で断定して物事をとらえてはいけないと思いました。はじめは私自身、『セックスワーカー』ということを意識しすぎて、そのことにとらわれていたところがあったことに気づいて、それを取り払うことにしました。いい意味で、意識しない

 ただ、そう思いながら、この仕事に従事されている方々が見て、『嘘だ』という映画には絶対にしたくなかった。その彼女たちの気持ちの部分は大切にきちんと表現できればと」

デリケートな役柄は単に演じるだけと割り切れないところがある

 先ほども少し触れたがデリケートな題材の作品に挑むのは、考えるところがあるという。

「デビューしてまだ間もないころ、『愛の新世界』に出演したとき、まだ20歳そこそこで半分子どもでしたから、こういう世界があることが信じられなかった。今はもうまったく後悔していないんですけど、そのときはしばらく気分が落ち込みました。単に演じるだけと割り切れないところがどうしても出てくるし、役のダークなところに自分自身が引きずり込まれて、そこからなかなか抜け出せないところも多々でてくる

 それからはデリケートな題材の作品に出演することにためらいはないですけど、やはり少し慎重になるというか。きちんと自分が責任をもって演じ切れるかは常に考えるようになりました。もちろん演じ手として演じる覚悟はしている。ただ、確実に身を削るところはありますから、きちんと最後まで自分がまっとうすることができるかは毎回考えます

 今回であれば、シホを山田監督の意図する形を、きちんとまっとうできるかやはり考えました」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

ピンチにいてチャンスまではいかないけど、なにかを変える違う扉はあるんじゃないか

 作品については、こんなことを考えたという。

「先ほど少し触れましたけど、ここに登場する人物はどん底にいますけど、下を向いてはいない。でも、だからといって『ピンチをチャンスに』とか、『明けない夜はない』とかが軽々しくはいえない。

 だけど、ピンチにいてチャンスまではいかないけど、なにかを変える違う扉はあるんじゃないかと思うんです。なにか自分の気持ちがちょっと変わったり、前をむける勇気をくれたりするようなことはどこかに存在している

 そういうことを映画を見てくださった方と一緒に共有できればと思っています。

 あとは、セックスワーカーの物語となると、なにか別世界とか、自分とは無縁というイメージでとらわれてしまうかもしれない。でも、『タイトル、拒絶』は違う。彼女たちが抱えていることや、クリアしようとすることは、この社会で生きる人々のどこかにきっと当てはまるところがある。そう私は思っています」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

 その上で、山田監督の作品世界を称賛する。

「作品を実際に拝見したとき思ったのですが、山田監督の作品への向き合い方、そして人間に注ぐ眼差しがすばらしい。

 劇中にいろいろな人物が登場しますが、誰一人としてぞんざいに扱っていない。私が演じたシホにしても、ふつうはとくに物語を左右することもない脇キャラのような扱いで終わってもおかしくない。でも、山田監督はしっかりとシホという人間を見せるところを作って彼女をこの映画の中で存在させる。これはシホだけじゃなくて、ほかの人物もみんなそう。だから、この作品は、印象に残らない人物が誰一人いないんですよね。ほんとうに山田監督が隅から隅まで目を行き届かせてメインキャラクターとかサブキャラクターとか関係なくいずれの人物も愛をもって描いている。

タイトルは「拒絶」ですけど、あらゆる人を受け入れる物語

 これってできるようでできない。おそらく山田監督の中に、どんな人間も否定しないというか、まずは個性をもった一人の人間として認め、どんな人物も等しく観ようとする姿勢があるからこそ、なせる業なのではないかと私は思っています。

 『タイトル、拒絶』となっていると、なんか誰も受け付けない物語をイメージしてしまうところがあるんですけど、実際は真逆で。実は、この作品って、あらゆる人を受け入れる物語ということに最後に気づかされる。お互いがお互いを尊重して、認め合う。そこに真意があったりする。それは山田監督の思いでもあるのではなないかと私は感じています。

 また、この互いが互いを尊重して認め合うというのは、現在も続くコロナ禍においても大切にしたいことだなと思います。そういう意味で、いま、この作品を世に届けられたことはとてもうれしいです。

 個人的には、もう監督の次回作が見たくてしょうがない。でも、まずは『タイトル、拒絶』をひとりでも多くの方に見ていただいて、山田監督を知っていただけたらうれしいです」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

「タイトル、拒絶」

監督・脚本:山田佳奈

出演:伊藤沙莉 恒松祐里 佐津川愛美 / 片岡礼子 / でんでん

森田想 円井わん 行平あい佳 野崎智子 大川原歩 モトーラ世理奈 池田大 田中俊介 般若

全国順次公開中(新宿シネマカリテは、12月24日(木)にて上映終了)

場面写真はすべて(C)DirectorsBox

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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