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「半沢直樹」に重なる!ブラックな会社にひとり立ち向かう主人公の現在は?「アリ地獄天国」1年後の報告

水上賢治映画ライター
映画「アリ地獄天国」より

公開スタートから1年、さらに現在の労働環境とリンクした「アリ地獄天国」の反響

 長時間労働を強いられ、事故や破損を起こせば、会社への弁済で借金漬けに。はまったら抜け出せない負のループの窮状を、社員たちは自嘲気味にこう言う「アリ地獄」と。

 CMでもおなじみの引越会社の「ブラック会社」すぎるブラックな実態を暴き出した、土屋トカチ監督の衝撃のドキュメンタリー映画「アリ地獄天国」。この会社の創業地である名古屋から公開がスタートした同作については、昨年末、土屋監督のインタビューを届けた。

 その後、同作の反響はとどまらず、国内外の映画祭で賞を受賞。コロナ禍で中断を余儀なくされた時期もあったが、今秋から東京での劇場公開やアンコール上映が続き、まだまだ反響は鳴りやまない。

 また、今回のコロナ禍は多くの人にとって働き方について考える機会になったことは確か。同時に、雇止めや不当解雇といったことが急速に現在進行形で起きている。「アリ地獄天国」は、こういう事態がいまの日本の労働環境では、いつ起きてもおかしくないことを警告していた作品でもあった。そういう意味で、土屋監督が作品を通して伝えようとしていた、危惧がいま実際に起きつつあるといっていい。

「アリ地獄天国」 土屋トカチ監督 筆者撮影 撮影協力:シネマ・チュプキ・タバタ
「アリ地獄天国」 土屋トカチ監督 筆者撮影 撮影協力:シネマ・チュプキ・タバタ

 そこで改めて土屋監督を取材。作品の内容についての詳細は前回のインタビューを読んでいただくとして、公開スタートから1年を経て、ここまでの上映の反響や、コロナ禍で改めて作品を通して伝えたいことを訊いた。

海外の映画祭では、かつて日本で働いたことのある人々からもメッセージが続々

 まず、一人でも入れる個人加盟の労働組合(ユニオン)に加入して不服を申し立てたところ、成績トップの営業職を外され、必要なくなった書類をひたすら裁断し続けるシュレッダー係へ配転された西村有さん(仮名)を3年間密着した「アリ地獄天国」だが、映し出される現実は国内のみならず、海外でも関心を集め、今年に入って、いくつかの海外映画祭で受賞を果たした。

「まず、ドイツのフランクフルトで行われている第20回ニッポン・コネクションで上映されまして。今年はオンラインでの開催で現地にはいけなかったんですけど、コロナ禍のため急設された賞・第1回ニッポン・オンライン賞を受賞することができました。

 これはオンラインで見てくださった方の評価で決まる賞で。コンペティションは23作品あったんですけど、『アリ地獄天国』が1番評価が高かったということで賞をいただきまして、びっくりしました。

 ほかにも賞があると思ったら、『今年はこれだけです』と主催者サイドから伝えられて、それで再度びっくりしましたね(笑)。

 訊くと、注目度の高い作品、たとえば監督が有名だったり、俳優さんにネームバリューがある作品はピークが最初にくるみたいなんですけど、『アリ地獄天国』は逆で。前半よりも、視聴数が後半にグッと伸びたそうです。そこから推測すると、たぶん見てくださった方の間で噂が広がったというか。口コミで評判を呼んでうれしい結果になってくれたのかなと。

 実際、いろいろな国の方から熱烈なメッセージをもらいました」

日本は好きだけど、日本では二度と働きたくないという声も

 ただ、その中には、ちょっと心が痛くなるメッセージもあったそうだ。

ニッポン・コネクションに参加される方は、やはり日本の文化に関心がある方が多いわけですけど、かつて日本で働いたことのある方々からいくつもメッセージをいただいたんですよ。

 それが『日本で働いたときのことを思い出した』とか、『日本は好きだけど、日本では二度と働きたくない』とか、『すべてのミスを自分のせいにさせられたことがある』とか、『主人公ほどひどくはないが似たような経験を私もした』といったメッセージがひとつではなく、複数寄せられたんです。ほんとうに『すいません』という気持ちでしたね。

 こうなるともう国際問題になってもおかしくないなと。いま、外国人技能実習生の問題がニュースで多数報じられるようになってきましたけど、働く外国人に対する不当な扱いがずっと以前から日本で続いてきていたことが改めてわかって愕然としましたね」

映画「アリ地獄天国」より
映画「アリ地獄天国」より

 9月に行われたアメリカのピッツバーグ大学日本ドキュメンタリー映画賞では見事グランプリを受賞した。

「日本のドキュメンタリー映画に特化した賞で、映画祭というよりかはコンペティションで。2年に1度の開催で今年で2回目の開催とのこと。前回は原一男監督の『ニッポン国VS泉南石綿村』が受賞したそうです。

 だから選ばれたわけではないでしょうけど、ピッツバーグはもともと鉄鋼の町で、古くから労働運動が盛んな地区であるようです。関心が高い人は多いと思いますと大学の担当の方からいわれました。

 このほかにもトルコ国際労働者映画祭にも招待されたんですけど、総じて海外での反応が良くて、自分にとっては大きな自信になりましたね」

労働組合が味方になってくれることがここまで知られていないとは思わなかった

 一方、国内に転じると映画祭、劇場公開での反応で、気になるところがあるという。

この作品を作ったひとつの理由として、ひとりでも会社と闘えることを知ってほしいという気持ちがありました。労働組合や弁護士をはじめ、困ったときに駆け込める、力になってくれるところがある。そのことを知ってほしいと思いました。

 なぜなら、やっぱり働く中で理不尽な目にあっているのならば、ご自身が積極的にアクションを起こして闘わないとこの問題はいつまでたっても変わらない。誰かが言わないと、『ブラックな企業体質』は改善されないし、そこで働く人々の意識も変化しませんから。

 心も体もボロボロになってもう気力体力尽きている人に鞭打って『立ち上がれ』とは、私からは言えない。でも、少しでも闘う気持ちがある人には立ち上がってほしい。そういう人に対し労働組合は味方になってくれる。きっと一緒に闘ってくれる人がいる。このことを知ってほしくて作ったところがある。

 ただ、ひとりでも闘えることや、労働組合が力になってくれることがあまりにも知られていない。ここまで知られていないとは思いませんでした。

 だから、交渉できる余地があることを知ってほしいと改めて強く思いましたね。

 『仕方ない』と泣き寝入りしなくていい。心当たりがないのに待遇を下げられたり、嫌がらせを受けて辞めざるを得なくなったりと言う場合、ほとんどのケースは会社や経営者側になにかしらの不当な対応がある。きちんと法に照らして交渉すれば、必ずとは言い切れませんけど、状況を変えることができる。

 コロナ禍で実際に経営が成り立たなくなってしまった会社は確かにあります。ただ、一方で、経営は傾いていないのに、コロナ禍を言い訳にして解雇をちらつかせたりしているところもある。

 経営者側のいうことを鵜呑みにしないで、辞める前にひとつ踏みとどまって交渉する選択がある。そのことが作品を通じて、知ってもらえたらと思います。

 労働組合でこういうことができる。会社で理不尽な目にあっている人の即戦力になるというか。こういう闘い方があるんだというか。この映画が、抗うためのツールになってくれたらなと。

 もちろん1本の映画ですから、エンターテインメントとして見てもらいたい気持ちはあるんですけど、そうもいってられない事態に今なりつつある。経営者も雇用者も追い詰められている。でも、だからといって経営者が横暴になっていい理由にはならない。経営者の方々にとっても経営の在り方を考えるきっかけになってくれたらうれしい。常々、経営者にも観てほしいと訴えかけてきたんですけど、その気持ちもこういう状況になってさらに強くなりましたね」

映画「アリ地獄天国」より
映画「アリ地獄天国」より

半沢直樹にはなれないと思いこまされている

 上映を通じて、労働組合のイメージについても考えたという。

「はっきり言ってしまうと、あまりいいイメージを抱かれていない。まともに機能していない、会社や経営者側にべったりな労働組合も確かに存在します。また、要求をごり押しするような、会社を困らせる組織のように思われているふしもある。

 近寄りがたい存在というか。普通の人は関わらない方がいいようなイメージでとらえられていて誤解されている。

 法律にのっとり、会社のおかしなところをちゃんと交渉して改めさせる。それでも会社が応じなければ、映画でも描かれているように拡声器を使った街頭宣伝行動などの直接的な抗議を行う。職場放棄をするストライキをしても罪に問われない。中学生の頃に教わる労働三権『団結権・団体交渉権・団体行動権(争議権)』を持つのが労働組合です。

 日本では、80年代に起こった国鉄民営化(現JR)に伴う労働組合バッシングが、マスメディアも巻き込むかたちで広がりました。労働組合は危険だとか、堕落しているかのようなイメージが伝わってしまった。一方、自己保身ばかりで、まったく闘わない『名ばかり労働組合』も確かに存在する。それらの悪影響で、労働組合に対する誤解と偏見がこの国には満ち満ちています

 この前、ある大型免税店に勤務する方とお話しする機会があったんですけど、年間1000人単位で退職しているとのことでした。計画性もなく支店をポンポン作って、そこが採算がとれないとわかると、すぐに閉店を決めて店の社員全員を解雇すると。

 

 話してくれた方は、いくつか会社を経験していて労働組合が力になってくれることはわかっていて。労働組合を通して、まっとうな闘いをしようと職場の同僚を誘うんだけども、抵抗感を抱く人が多い。労働組合に不信感を抱いている人もけっこういるという。この、労働組合のゆがんだイメージを変えないとダメだなと思いましたね。

 テレビドラマの『半沢直樹』が高視聴率を記録しましたけど、これは会社に対して不満を抱いていることの表れのようにも思えるんです。理不尽なことを強いられても、楯を突くと『クビを切られるかも』と黙ってしまう。そういう自分たちの日頃の鬱憤を、忖度など一切なく痛快に突進し、状況を変えていく『半沢直樹』。日曜日の夜に、もやもやを解消。その余韻で、月曜日からは職場という名の地獄へ。それぐらいストレスがたまっている。でも、無力な自分には何もできないと思っている。思いこまされている。

 おかしなことをおかしいと言わないと、改善されない。それは職場に限ったことではなく、家庭内や、学校や、部活動や、他者とのコミュニケーションでも同じ。

 自分のまわりの空間を風通しよくするのは大切なこと。不正は正していかないといけない。でも、言えない。結果として上司や会社の顔色ばかりを気にするようになってしまう。不正を正せない。

 そういう積み重ねが現政権や社会の劣化にもつながっている気がしてならない

映画「アリ地獄天国」より
映画「アリ地獄天国」より

コロナ禍によっての仕事環境の悪化の懸念

 あと、こんなことも感じたという。

「あきらめムードといいますか。西村さん(仮名)は労働組合に加入して、会社と対峙して、不当な扱いを正そうとしていくわけですけど、『自分にはできない』といった感想が少なくない。

 コロナ禍で世間にどこか『仕事ができるだけでありがたい』ようなムードがあって。まだまだ経営側が優位に立てる状況が出てきている表れかなという気がします。

 ここ数年で『ブラック企業』が問題視されて、ようやく働き方や労働搾取、パワハラやセクハラなどの仕事をめぐる環境の改善の動きが出始めていたところでの今回のコロナ禍。これで以前に後戻りしないかちょっと心配です

新型コロナウイルス感染拡大関連の解雇や雇い止めで、所持金50円位で右往左往している人がたくさんいる

 すでに各メディアで報じられているが、新型コロナウイルス感染拡大関連の解雇や雇い止めが7万人(※厚生労働省11月13日発表による)を超えている。「アリ地獄天国」が警鐘を鳴らしていた立場の弱い人間の切り捨てが現実に起きている。

「おそらく年末にかけてもっと増えていくことが予想されます。

 この前、リーマン・ショックがあった2008年、生活困窮者が年を越せるように開設された年越し派遣村に関わった人とお会いしたんですけど、あの時よりもひどい状況だと。所持金50円位で右往左往している人がたくさんいると。

 これからどんどん寒くなりますから、どうなるのか。それぐらいいま行き場を失った人がたくさんいらっしゃる」

映画「アリ地獄天国」より
映画「アリ地獄天国」より

現在の引越社は?

 では、引越社の現状はどうなっているのだろう。

「撮影当時の副社長だった方が、現在は社長になられています。労働環境が改善されていくことを望みます」

 ここにきて全国各地での上映が決まりはじめ、作品はさらなる広がりをみせようとしている。その中で、29日には、横浜シネマリンでのアンコール上映を記念して、<映画「アリ地獄天国」スペシャルトーク付きオンライン上映会 Vol.2>を実施。映画本編の配信とともに、今年の映画界で見過ごせない訴えを起こして注目を集めたUPLINK Workers' Voices Against Harassment(アップリンク元従業員・パワハラ訴訟 元原告)の方々と土屋監督とのトークイベントをライブ配信する。

「今年の6月、訴訟の事実を報道で知りました。率直なところ、あまり驚きませんでした。実は私はUPLINK Workers' Voices Against Harassment(以下UWVAH)の皆さんが立ち上がる以前から、複数のミニシアター系の映画館スタッフから労働相談を受けてきました。

 劇場名は挙げられませんが、私の前作『フツーの仕事がしたい』を上映していただいた映画館からもありました。前作はアップリンクでも上映していただいたので、その点はとても残念です。

 また、UWVAHの皆さんの勇気に賛同し、連帯する気持ちを行動で示さなければならないと、私は思いました。

 『アリ地獄天国』はミニシアター系で上映していただいています。そこで働く人々の、人権や健全な労働環境が守られていなかった。疎かにされた事実が発覚したのです。それに対して、無視したり、黙ったり、触れないことは、労働問題をテーマとした映画を制作してきた私にとって、裏切り行為でしかありません。私には必然なのです。残念ながら、この事象は一劇場、一配給会社の問題ではなく、氷山の一角です。

 これを契機に、全国の映画館の労働環境が、より良いものに生まれ変わるためにどうすればいいのかを、観客の皆さまと一緒にミニシアターで考えたい。そのキックオフとなるようなイベントにしたいと思っています」

映画「アリ地獄天国」より
映画「アリ地獄天国」より

西村さん(仮名)の現在は?

 最後に、西村有さん(仮名)の現状はどうなっているのだろうか?

「2018年2月に会社と和解した後は、労働組合の専従職になる準備をされていましたが、ご家庭の事情もあり辞退されました。現在もプレカリアートユニオンの組合員ですが、組合活動への積極的な参加はできていない状況です。

 『アリ地獄天国』の東京初公開の劇場となった、ユーロスペースでの舞台挨拶にもお誘いをしましたが、丁重にお断りされました。しかし、観客の皆さまにはこう伝えてほしいと言われています。

 『今は幸せな時間を過ごしています。映画「アリ地獄天国」で描かれている労働争議の3年間は、わたしの誇りです』と」

映画「アリ地獄天国」ポスタービジュアル
映画「アリ地獄天国」ポスタービジュアル

「アリ地獄天国」

シネマ・チュプキ・タバタ、横浜シネマリンにて公開中。

12月5日より、名古屋シネマテーク、福井メトロ劇場にて公開。

京都みなみ会館、元町映画館にて近日公開予定。

詳しくは公式サイトにて

11月29日、横浜シネマリンにて、オンライン配信イベント

<映画「アリ地獄天国」スペシャルトーク付きオンライン上映会 Vol.2>開催!

トークゲスト:UPLINK Workers' Voices Against Harassment

詳しくは、こちら

ポスタービジュアル及び場面写真はすべて(C)映像グループ ローポジション

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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