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同性愛者をはじめ意欲的な役が続く田中俊介。「タイトル、拒絶」では風俗嬢を支えるスタッフ役に

水上賢治映画ライター
「タイトル、拒絶」 田中俊介 筆者撮影

「タイトル、拒絶」は悩み、葛藤している時期にちょうどめぐりあった作品

 「ダブルミンツ」では同性愛者、現在公開中の「ミッドナイトスワン」ではトランスジェンダーと、マイノリティに属する役柄が続いている印象のある田中俊介。セックスワーカーとして働く女性たちのそれぞれの人生と心模様を描いた最新出演作「タイトル、拒絶」では、デリヘル嬢たちを車で送迎するスタッフ、良太という社会の片隅で生きる男を演じた

 ボーイズグループからの脱退、フリーランスから新事務所に移籍して、役者として再スタートと、いろいろとあった彼だが、「タイトル、拒絶」は悩み、葛藤している時期にちょうどめぐりあった作品だと明かす。

演劇と映画のお芝居の絶妙のラインを突く山田佳奈監督の脚本のおもしろさ

 まずとにかく山田佳奈監督の脚本のおもしろさに目がいったという。

「はじめに言葉選びがすごく独特だなと思いました。

 もともとは山田監督が手掛けられた舞台ですけど、演劇と映画のお芝居は違うので、そこでおのずとセリフまわしや、発声の仕方とかも違ってくる。たとえば舞台だったらはまるセリフを、そのまま映画に置き換えてしまうとちょっとキザになってクサくなってしまったりする。そうならないギリギリのラインというか。演劇と映画がちょうどいい具合にミックスされたような絶妙なラインの言葉で成立しているように感じて。山田さんならではの世界になっている。まずはそう思いました」

「タイトル、拒絶」 出演の田中俊介 筆者撮影
「タイトル、拒絶」 出演の田中俊介 筆者撮影

共演者の名前を聞いたら、断る理由はないと思った

 さらにほかの出演者の顔ぶれに心が躍ったという。

「僕がお話をいただいたときは、ほぼキャストが決まっていて。聞いたらもう、これでおもしろくならないわけがないというメンバー。この中に、自分が入れるんだったら、断る理由はないと思いましたね。

 主人公のカノウを演じる(伊藤)沙莉ちゃんはもういま無敵といっていいぐらいの女優さんで、ずっとご一緒してみたいと思っていました。

 佐津川(愛美)さんは以前共演したことがあるんですけど、もう彼女にしか出せないオリジナルな個性の持ち主。彼女がアツコというちょっとわがままな嫌味のあるこの役をやるときいて『うわぁ、これはすごいものになるぞ』と脚本を読んでいる段階で目に浮かびました。

 僕が演じる良太に思いを寄せるキョウコ役の森田想ちゃんもうまい役者さんで、まだ10代かよ!とびっくりしてたんですよ(笑)。『アイスと雨音』をみたときに。いつか一緒にと思ってた女優さんで、それがいきなり相手役ですからこれも楽しみしかない。

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

 あと、店長の山下役でラッパーの般若さんが入っていたのもびっくり。実は、般若さんの大ファンで、曲もずっと聴いてきたのでほんとうに楽しみにしていました。

 実際の現場での般若さんの演技には仰天したというか(笑)。いわゆる役者一本でやっている方たちって、台本上で『、』や『。』があったら、どこか意識してひと呼吸いれたり、間をおいたりと意識すると思うんですよ。

 でも、般若さんが演じた山下はまくしたてる口調の人物で。それで般若さんラッパーだから、呼吸とか息継ぎとかしないで一気にセリフを最後まで言い切ることができるんですよ。そのスキルに唖然としました。一気に畳みかけるようにセリフを吐くことができる。これも『タイトル、拒絶』のひとつの魅力と僕は思っています」

映画「タイトル、拒絶」 出演の般若(右)
映画「タイトル、拒絶」 出演の般若(右)

演じた良太は、キャンキャン吠えまくっているチワワ(苦笑)

 演じた良太は、ままならない現状に不満を募らせている人物。常にいら立ちを隠せず、ついキョウコにも辛く当たってしまう。

「キャンキャン吠えまくっているチワワといいますか(苦笑)。

 良太は弱い人間で。でも、なんかそこが人間臭いというか、わかるところがあるんです。

 ほんとうは言いたくないけど、言ってしまうところとか、そういう態度をとっちゃいけないところでふてくされてしまったり。未熟者なんです。僕もまだまだ出来上がった人間とはいえませんから、だから共鳴したところもあったし、演じていて僕としては愛すべきヤツでした」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

どのキャラクターも魅力的で、みていてまったく飽きない。全員をずっと追い続けたくなる

 田中の演じた良太をはじめ、それぞれの役者がそれぞれの個性的な役柄でそれぞれに個性を打ち出しているところがある。それはいい意味で、役者同士が張り合うみたいな様相となっており、濃厚なアンサンブル共演にもなり、この店に集う人間たちの濃密な人間模様が浮かび上がる人間ドラマになっている。

「それはすごく感じましたよ。とりわけ、一堂に会して修羅場的なシーンがありますけど、あそこはみんなバチバチだったというか。

 僕はそれまで森田想ちゃん演じるキョウコとのシーンがほとんどだったので、それぞれの役がどれぐらいのエネルギーがある人物かわかっていなかったんですよ。そのシーンに入るまでは。だから余計、ビンビンにそれぞれのエネルギーを感じたところがあって。あのシーンは、全員が爆発した瞬間だったというか。こうきたら、それを受けた人はそれを超えるもの出すみたいなパワーのぶつかり合いが確実にあった。これはすごいおもしろいシーンになったと思いました。

 実際に仕上がったものをみて、それを実感しました。みなさんの演じる役柄がほんとうに魅力的で、みていてまったく飽きない。全員をずっと追い続けたい。この子たち一人一人、スピンオフ映画でもっと見たいって思えるぐらい魅力的なキャラクターになっていた。自分もその場に立ててほんとうに光栄です」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

山田監督からの印象的なアドバイス「チャクラが開放されたような感覚で」(笑)

 これら俳優陣をたばねた、山田監督からのアドバイスで印象に残っていることがあるという。

「山田監督はご自身もお芝居をされているので、役者の気持ちをすごくわかってくれる。で、劇団の主宰でもありますから演出がすごく的確で、わかりやすいんです。

 アドバイスの言葉選びも独特で、僕がおなかを下して『トイレに行ってきます』っていうシーンがありますけど、そこではこんなことを言われたんですよ。『チャクラが開放されたような感覚で』と(笑)。

 そのとき、僕はおなかが痛い意識を強く持ち過ぎていた。でも、山田監督は、おなかは確かに痛い。でも、その内の意識はありつつも、別のことを考えて気を紛らわす。チャクラを開放して外にも意識がある感じを意識してほしかった。

 それでそういわれて『なるほどな』と。おなかが痛い、なんとか漏らさないように別に意識をもっていく感じを出せばいいのかと、思って。すごくこのアドバイスは印象にのこっていますね」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

自分の人生にタイトルなんてつけられない

 では、題名の「タイトル、拒絶」は、自分の人生にタイトルなどないカノウの気持ちに起因するが、田中自身はどう受け止めているのだろう。

「自分の人生にタイトルなんてつけられないですよね。人生がどうなるかなんて分からない。死に際になってやっと『自分の人生ってこんなんだったな』と思うんじゃないですかね。

 僕は死に際に、楽しかったと思えることが1個でもあれば、それはいい人生だったと思うかな。でも、自分の人生にタイトルはいらない」

田中俊介 筆者撮影
田中俊介 筆者撮影

タイトルのない彼女たちの姿を見れば、生きるのが楽になるんじゃないか

 このタイトルは、何者にもなれないでいる人々へのエールのようにも映る。

「そういう気持ちは感じますよね。パッと見ると、『拒絶』が飛び込んできて、ネガティブな受け止め方になってしまいますけど、優しさの裏返しの言葉だと思います」

 セックスワーカーとして今を生きる女性たちの物語からはこんなことを感じたという。

「人生って順風満帆とはなかなかいかない。みんな何かしら他人には言えないなにかを抱えながら生きている。生きていれば、なにかしらの壁にぶち当たるし、思わぬ溝に足を引っ掛けてけつまずくこともある。そうそう平坦な道を歩んでは行けない。

 みんな孤独で寂しくて人恋しくなるときがあって、人にはいえない事情を抱えている。

 そのことが彼女たちの姿をみればわかる。みんながそういう同じような気持ちを抱えて生きていることがわかると、すごく生きるのが楽になるんじゃないかなと。『自分だけじゃないんだ』と思えるんじゃないか。

 だから、この作品をみたときに、なにかひとつ心が救われるかもしれない。登場するすべての人物がいい方向に向かうわけではない。もしかしたら、この後にもっとどん底に落ちてしまう人物もいるかもしれない。

 だけど、彼女たちはみんな生きることを闘っている。なんとか生き抜こうともがいている。その懸命さをみたときに、なにか心に去来することがあるんじゃないかなと思います。

 あと、シンプルに個性的なキャラクター揃い。素敵な女優さんたちがいっぱい出てきます。ラッパーの般若さんも出てくる。エンターテインメントとして変に構えてなくてもいい。最近、いろいろな作品で活躍している伊藤沙莉ちゃんに着目してもらってもいい。

 いろいろな入り口があるので、ぜひ注目していただきたいと思っています」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

これまでの自分は一本気で尖っていた。いまようやく少し肩の力が抜け始めた

 現在、さまざまな役柄に挑んでいる現状をこう感じている。

「いろいろな役をやれていることはすごくありがたいですね。

 いろいろな役をやることでやっぱり自分の中で発見があるんですよ。自分でも知らなかった自分に出会うというか。『あ、俺ってこういう一面があるんだ』とか、『こういう考え方を持ってたんだな』とか。だから、タイプの違う役をやると、自分自身も豊かになってる気がする。

 これまで自分はクソ真面目というか。どこか一本気なところがあって、尖っていたところがあったんです。たとえば現場に入っても、『別におまえらと友だちになりに来たわけじゃない。俺は仕事をしに来たんだよ』といった感じで。

 そこまでストイックにやることが自分に声掛けてくれた人に対する恩義で。その気持ちに応えたい気持ちもあった。ただ、振り返ると、自分に余裕がなかったり、自信がなかったりの裏返しのようなものも入ってたと思うんです。とにかく自分は頑張るしかなかったから、無駄に気負っていた(苦笑)。

 でも、いまようやく少し肩の力が抜けたというか。もちろん現場では一生懸命で必死なのはかわらない。

 でも、いまは共演者の人とのコミュニケーションの大切さがわかるし、いい作品にするために全員が一丸とならないといけないことがわかる。みんなと手を取り合うことで、いいものが生まれることもわかるようになった。いろいろな現場を経験して、ようやくそう思えるようになったんですよね。

 参加した作品はすべて大好きになるし、共演した方たちもスタッフもほんとうに大好きになる。自分も『もう一度一緒にやりたいな』と思ってもらえる役者になりたいなと思ってます。

 そういう意味でいろいろな役を経験できたことが、自分を役者としても、田中俊介というひとりの人間としてもひとつ成長させてくれた気がします」

 ただ、まだまだいまの自分には自信などないという。

「自信なんてものはないですよ。さっき言ったように多少経験値が上がったから、心に少し余裕を持てるようになっただけ。まだ自分はその段階です。

 いろいろな表現が自分なりに少しずつですけど、できるようになってきてはいる。それでいろいろと声をかけてもらえるようになってきたのかな、という段階。まだ『かな』です。『なってきた』ではないです。だから、まだまだ頑張らないといけない」

はっきりいって、まだ「誰?」の段階です

 でも、この先が楽しみだそうだ。

「いまやっていることがひとつひとつ形となって残っていって。その役をみなさんがみてくださって、おもしろいと思ってもらえるようになったら、ほんとうに自分の大きな自信になるのかなと。

 いま、その初期段階には来た気がするんです。まだまだ自分は世の中に名が通っているわけではない。はっきりいって、まだ『誰?』の段階です。でも、演じた役を通して、みなさんに知ってもらう。少しでもいい演技をして、作品を少しでもいいものにしたい。そうした小さな積み重ねで大好きな映画に、そして愛しているミニシアターに貢献したいです」

「タイトル、拒絶」より
「タイトル、拒絶」より

「タイトル、拒絶」

監督・脚本:山田佳奈

出演:伊藤沙莉 恒松祐里 佐津川愛美 / 片岡礼子 / でんでん

森田想 円井わん 行平あい佳 野崎智子 大川原歩 モトーラ世理奈 池田大 田中俊介 般若

新宿シネマカリテほか全国順次公開中

(C)DirectorsBox

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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