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いま香港で有名人が声をあげる勇気と払う代償。知ってほしいアジアの人気女性歌手、デニス・ホーのいま

水上賢治映画ライター
「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より

 日々、ニュースで伝えられているように、いま、中国政府の締め付けが強まり、香港の社会は大きく揺らいでいる。昨年の「逃亡犯条例改正案」をめぐっては反対する市民たちの200万人デモが起きた。

 今年の6月末には中国が「香港国家安全維持法」を施行。高度な自治が認められてきた「一国二制度」はもはやあってないようなものになり、民主活動家らが次々と逮捕されたというニュースが伝えられている。

 先日も中国の全人代・常務委員会会議が香港立法会の議員資格として中国や香港政府への忠誠心を求めることを決定。これを受けて香港政府が民主派議員4人の資格を即刻剥奪すると宣言した。これに対し、今度は民主派議員が会見。民主派議員15人全員が抗議の辞職をする意向を表明するというニュースが世界を駆け巡ったばかりだ。

「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より
「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より

民主派活動にも尽力する香港のポップ・スター、デニス・ホーの想い

 今月7日に閉幕した<東京フィルメックス>で特別招待作品として上映された「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」は、アジアを代表する歌姫として知られる香港のトップスター、デニス・ホーの音楽活動の軌跡を追ったドキュメンタリーだ。その一方で、まさにいまの香港を取り巻く状況を物語る1作にもなっている。雨傘運動にも参加し、民主派活動家として国連で発言もしている彼女の記録からは、中国政府に睨まれた香港社会の現実が色濃く伝わってくる

 作品で描かれていることと、当日行われたスー・ウィリアムズ監督とのQ&Aセッションを併せて、リポートとして残しておく。

 ご存知の方もいると思うが、デニス・ホーは香港で絶大な人気を誇るポップ・スター。ジョニー・トーの『奪命金』に主演するなど俳優としても数々の映画に出演しているので映画ファンにもおなじみといっていいかもしれない。

スー・ウィリアムズ監督
スー・ウィリアムズ監督

実はデニスのことはまったく知りませんでした(笑)

 スー・ウィリアムズ監督はQ&Aで彼女との出会いをまずこう明かした。

「もともと私は中国で映画を作ったり、香港で時間を過ごしていた経験もあって、2017年の夏に共通の友人を介して、デニスと出会いしました。そこで、なにか映画ができたらという話になりました。そのとき、彼女のたどってきた人生、音楽、アーティストとしての活動であったりといったことをうかがいました。というのも、その時点で、私は恥ずかしながらデニスがどんな存在なのかをまったく知らなかったのです(苦笑)。

 話を聞くと、中国という巨大なマーケットで、アーティストとしてどうやってキャリアを築いてきたのかが非常に興味深く、この映画を作ろうと思い、2018年から彼女と実際に会って撮影を開始しました」

 デニスは香港に生まれるが、両親とともにカナダに移住。少女時代はモントリオールで過ごす。その後、香港に戻るとオーディション番組をきっかけに芸能界へ。1980年代から1990年代の香港ポップスで絶大な人気を誇った歌姫、アニタ・ムイに師事し、彼女の助けを得てソロ・デビュー。瞬く間に香港のトップスターへ駆け上る。

「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より
「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より

 一方で、同性愛者であることをカミングアウト。2014年に香港で起きた反政府デモ「雨傘運動」では連帯を示し、逮捕され、中国政府のブラックリスト入りしている。

 以後、彼女はそれまで数々の有名ブランドのCMに出演してきたが、すべて降板。2016年に香港コロシアムで行われたコンサート(※このコンサートシーンは本作の主軸になっている)を最後に、大規模コンサートは開けてない(※会場の貸出の許可が下りないと映画内では触れられている)。

 だが、その圧力に屈することなく彼女は、2019年に起きた香港のデモに参加。映画には、実際に彼女がデモの最前線に立って警察隊と向き合う場面も収められている。また、国連人権理事会で演説し、香港の現状を国際社会に訴えている。

「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より
「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より

彼女は間違いなくスーパースター。でも、彼女を語ってくれる人はなかなかみつからない

 こうしたことから中国当局からの取材への圧力はなかったのかとの問いにスー・ウィリアムズ監督は「2017年に彼女に出会い、カフェなどで一緒に過ごしていると、サインをくださいといったファンがきて、デニスがいかにスーパースターなのか実感しました。

 ただ、彼女について語ってもらおうとすると、これがほんとうに大変でした。長年一緒に仕事をしてきた関係者でさえ、表立って話せない。音楽界であれ、演劇界であれ、知人であれ、なんらかの形で中国に依存しているところがあるから、話すのが怖いと。『カメラの前では話せない』と何度も言われました。

 ですから、中国の香港に対する抑圧のインパクトというのは認識していました。特に香港のアーティストのグループに対して、いかに恐怖心を与えているかということも実感していました。

 でも、2017年の時点では、撮影自体に妨害はなく、自由に撮影することができました。ところが、今年施行された香港国家安全維持法で、すべてはかわってしまった。今は自由にとることが難しくなっている」と明かした。

緊迫のデモ隊と警察の衝突はデニス自身が撮ってくれた映像も

 作品には緊迫したデモ隊と警察の衝突などの映像が盛り込まれている。これに対して監督は、「諸事情あって、昨年の8~9月に私自身は香港に行くことができなかったんです。ですので、現地のチームと日々、密に連絡を取りながら、映像を撮ってもらいました。彼らのおかげです。

 それからデニス自身と彼女のスタッフたちも撮影をしてくれています。みて頂ければわかると思いますが、警察隊がデニスに迫ってくるシーンがありますけど、あのシーンはデニスと彼女のアシスタント数名がスマホで撮った映像を提供してくれています。ほんとうにみんなのおかげです」と現地の撮影チームとデニスと彼女のスタッフに感謝の言葉をのべた。

「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より
「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より

 このようにどうしても苦境にいるデニスの実情に目がいってしまうが、本作は、本来の趣旨であった彼女のアーティストとしての側面もきちんと伝えている。

 監督は、とりわけ曲選びは悩んだという。

「これだけ大きなディスコグラフィーをもっているアーティストですから曲選びは悩みました。ですから、素直に彼女に訊くことにしました。『自身のキャリアにおいてとりわけ重要な曲はどれか』と。そこであがった楽曲の数々を主に使っています。

 曲については、まず、デニスをアジア以外の人々にも紹介したい気持ちがあったので、広東語から英語に翻訳することにしました。これがものすごく大変で多くの方の力を借りました。それでも英語の歌詞がもとの意味を伝えられているか難しい。でも、彼女の詩の世界とそこに込められているメッセージがわかってもらえるものにはなったと思っています。

 もうひとつこだわったのは歌詞の出し方です。彼女の顔のあたり、高い位置に英語の歌詞の字幕を出すことにしました。下に字幕を出してしまうと、上をみたり下をみたりになってしまう。そうではなくて、彼女の顔のエモーションとともに詞を感じてほしかったので、デニスから視線が外れないように意識しました」

「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より
「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より

香港のみなさんに一番みてほしい。でも、それは不可能

 気になるのは公開状況。スー・ウィリアムズ監督は現状では当然といえば当然だが香港での公開は不可能と明かした。

香港のみなさんに一番みてほしいと思っていますが、難しい状況です。先ほども触れた香港国家安全維持法が成立したので、もともと(公開が)難しい状況だったのが、いまは不可能になってしまったといっていいでしょう。

 香港と中国以外では、アメリカやカナダでの上映はあったのですが、残念ながら各国で上映がかなり消極的というのが実情です。東京フィルメックスのように勇気をもって上映してくれるところが少ない。ですから、今回の上映に足を運んでくださったみなさんにありがとうございますとお礼をいいたいです。そして、東京フィルメックスで上映してくださったことに感謝しています」

「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より
「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」より

監視に気をつけながらデニスとは連絡をとってます。彼女はとても勇敢な女性です

 また、スー・ウィリアムズ監督はデニスの近況については、「彼女とは今も連絡を取り合っています。先日も、『あなたの国も大変ね』とアメリカ大統領選挙についてからかわれました(笑)。このように彼女は今もユーモアを失うことなく、自分の音楽制作に励んでいます。香港にとどまって、おそらく去る予定もないと思います。

 ただ、監視されていることはよくわかっているので、あまりいろいろなことを話しすぎないように気をつけながら、連絡をとりあっています

 私から見ると、彼女は以前よりも増して香港の社会にコミットしている気がします。まだまだアーティストとして文化的に香港に自分がもたらせることがあるんじゃないかと、模索している気がします。とても勇敢な女性です」と明かした。

オンライン配信がスタート!

 すでに東京フィルメックスは閉幕しているが、今年はフィルメックス・オンラインを実施。上映作品の中から12作品がピックアップされてオンライン配信される。その中に「デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング」も入っているので、興味をもった人はアクセスして、香港の人気歌姫、デニス・ホーに何が起きているのか知ってほしい。

<フィルメックス・オンライン>

10月30日から11月7日にかけて開催された第21回東京フィルメックスの上映作品の中から12作品をオンライン配信。

実施期間:11月21日から11月30日まで

料金:1作品1,500円均一

決済方法:クレジットカードのみ

詳細は映画祭HPまで

写真はすべて提供:東京フィルメックス

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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