Yahoo!ニュース

「僕自身は変わらない。けど周囲の目が変わってくる」。岐路に立つ笠松将の新たな闘いとは?

水上賢治映画ライター
「ファンファーレが鳴り響く」で主演を務めた笠松将 筆者撮影

 ここ数年の出演作を振り返るだけで、きりがないぐらいあれもこれもと作品名があがる笠松将。メジャー作品からインディペンデント、主演からバイプレイヤー的な役まで、幅広い役柄をこなす彼は、いま日本映画界で欠かせない存在となっている。いま最も多くの監督が注視する役者のひとりといっていいだろう。

数字は見込めない。でも、呼んでくれることはありがたい

 この出演作が相次ぐ現状を本人はこう受けとめている。

はっきり言って、僕がドラマに出演するからといって、視聴率があがるわけではない僕が映画にでたからといって、世界中でオンライン上映したとしても、何億という人が観るわけではない。それでも、ほんとうに日本を代表するような監督から、まだ駆け出しでこれからという新人監督までが自分に声をかけてくれる。このことはありがたいです。

 数字が見込めないけど、僕を呼んでくれるというのは、シンプルに作品に求められているような気がするんです。そこに邪念がないといか。単純に『こいつとやってみたい』と思ってくれているのではないかと。だから、素直にうれしい。

 でも、だからこそ、声をかけてくださった人たちのためにも、自分が存在することでその作品に興味をもってもらえたり、いろいろな人に見てもらえるような位置にいかないといけないなとも、今は思っています

 ただ、こういう時期はもう残りわずかとも思っていて。有意義な時間にしたいと思っています」

森田和樹監督 筆者撮影
森田和樹監督 筆者撮影

笠松くんは自分を客観視できる。そういう俳優はちゃんと役を作りこむことができる(森田和樹監督)

 最新主演映画の「ファンファーレが鳴り響く」の森田和樹監督も、俳優の笠松将に魅せられたひとり。

 起用に当たって森田監督はこう明かしている。「今回の明彦役はやはりいじめられっ子らしく弱弱しい人物を想定していました。これまでいくつか彼の出演した作品をみていて、常に『なにかしでかしてくれる』雰囲気のある役者だなと思っていました。ただ、正直なことを言うと、今回の明彦については、笠松くんは正反対で無理ではないかと思ったんですね。でも、笠松くんでやってみたい気持ちも捨てきれない。それで実際に初めて会ったときに笠松くん自身が『ほんとうに僕で大丈夫ですか』と逆に僕に問うてきて。それで安心したんです。いじめられっ子役ときいて一般の人が想像するタイプに、自分は当てはまらないことに笠松くん自身が気づいている。自分のことを客観的に観れているなと思って。やはり自分のことを客観視できる俳優はちゃんと役を作りこむことができるから、いかようにも変化できる。これでもう信頼できると思ってお願いしました」

賛否あるであろう作品に出ることに躊躇いはない

 本作で笠松が演じたのは、吃音症で人前に出るとうまく話すことができない神戸明彦。クラスでいじめにあっている高校生になる。

「脚本を読んでやってみたいと思いました。監督のやる気、やりたいことがめいっぱいつまっている。これを感じられれば僕の中では十分で。出演したいなと思いました」

 作品は、陰湿ないじめにあっている明彦が、祷キララ演じるクラスメイトで殺人欲求のある七尾光莉といつからか共鳴し、いじめっ子を殺害。二人の行く当てのない逃避行が描かれる。一見すると常軌を逸した物語。賛否ある内容であることは間違いなく、演者として躊躇うところはなかったのだろうか?

「まだ高校生の二人が殺人に手を染める物語は、一般的には不謹慎となるのかもしれない。でも、映画ってすべてが不謹慎といえば不謹慎じゃないですか。恋愛ドラマだって人の恋愛をのぞき見しているといえるし、人生ドラマだって人の人生を勝手に覗いているようなもの。だから、僕は映画は映画でしかないと思っているので、こういう内容だから躊躇うとかは一切なかったです」

「ファンファーレが鳴り響く」より
「ファンファーレが鳴り響く」より

吃音症の役を表現するのは怖かった。上っ面だけで演じてはいけない

 ただ、怖かったことがあったという。

「怖くもあり、演じてみたいと思った理由でもあるんですけど、吃音症の役というのは、きちんと表現しないとと思いました

 簡単にとらえて上っ面だけ演じてはいけない。そのためにすごく勉強をして挑みました

 ですから、撮影ではあったんですけど、実感として自分の身体に残ったというか。吃音のことでクラスメイトにいじめられたり、父親から叱責を受けるシーンがありますけど、実体験として感じているところがあって、すごくしんどかったです。

 あとは、森田監督もそう思ったということですけど、自分が身長180センチを超えていて、、果たして、いじめられっ子に見えるのかと。実年齢として、いじめている役の子たちも全員、僕より年下で。そこで成立するのかという怖さはありましたね。

 でも、自分としてはトライしてみたかった。あとは、みてくださった方に判断してもらうしかないです」

僕がこの世界で変えられることがあるとすればひとつ。自分の意識しか変えられない

 役を通して、吃音症についてこんなことを考えたという。

演じるからには、このハンディについて周りが理解できるように表現しなければいけない。吃音症について人々が少しでもきちんと正しく理解できるように演じたい。でも、すべての人に伝わるわけではない。その中で、極端なことを言うと、僕がこの世界で変えられることがあるとすればたぶん、ひとつしかない。おそらく、自分の意識しか変えられないんです。

 僕の中では吃音症に対するイメージがかわった。だから、いろいろな困難に直面する明彦にずっと『頑張れ』と声をかけながら演じていたところがあります」

「ファンファーレが鳴り響く」より
「ファンファーレが鳴り響く」より

 明彦と光莉の逃避行の結末は見届けてもらうしかない。ただ、ひとつ言えるのは、不思議なことになにか温かい幸せな感触が残る。

「ラストシーンなので詳細は明かせませんけど、最後に見せる明彦の表情って、いろいろなことが伝わってくる。

 そこまである意味、若い二人が次々と罪を犯して殺伐とした物語が進展していきますけど、最後にきちんと単なる逃亡劇では終わらない、深みのある人間ドラマになっている。そして、どこか今の社会を映し出している。森田監督は、高度なことやっているなと思いました。僕が言うのも失礼ですけど(笑)」

たぶんそろそろ周囲の目がかわってくる。それは感じています

 今回の明彦役もそうだが、いまの笠松はその役で鮮烈な印象を残す。一方で、不思議なことに匿名性を常に帯びている。本人には失礼かもしれないが、これだけいろいろな作品に出ていながら、まだ顔が定まっていないところがある。

 ただ、そろそろ顔が定まりそうな時期にも入っているような気もする。それは本人も感じているところだという。

「はじめに『こういう時期はもう残りわずか』といいましたけど、そういうことです。僕自身は変わらないですけど、たぶんそろそろ周囲の目がかわってくる。そこから、どうするかという時期にきていることは自覚しています

 きわめて冷静に自身の立ち位置を受けとめているように映る。

「僕は冷静です。仕事してるときも、プライベートも。たぶん、心に余裕があるからだと思います。実は打ち明けると、僕が俳優をいまやっている理由は、もう自分のためじゃないんですよ」

 訊くと、自分の俳優としての目標はもうクリアしたという。

「僕はずっとうまい役者になりたいと思っていたんです。誰よりもうまい役者になりたいと。でも、なかなか言葉で説明するのが難しいんですけど、これは強がりやビックマウスとかじゃなくて、そうじゃないことに気づいたというか。もう、自分は自分であればいい。それで勝負できる手ごたえを得たんです」

「ファンファーレが鳴り響く」より
「ファンファーレが鳴り響く」より

世間一般でいう成功に興味はない。だけど…

 ただ、いま新たなフィールドでの闘いを挑もうとしている。

「去年の年末年始で帰省したとき、家族や仲間が集まった場所で、目標をクリアしたことを言ったんです。

 そうしたら、例えば『みんなが知ってるような大作で、主役やってないじゃん』とか、『本屋の店頭に並ぶような雑誌で表紙やってないじゃん』とか、『バンバン流れているCMに出てないじゃん』とか言われて(笑)。

 そう言われたときに、『世間一般でいう成功ってそういうことなんだな』と。自分はそういうことにさほど興味はない。やりがいのある役をやって、自分の納得できる演技をできればいい。でも、周囲が求めるのは違う。じゃあ、みんなの求めることに挑んでみようかというのが今年の、現段階の目標になったんですよ。

 だから、東京に来て10年になるんですけど、9年間悪戦苦闘して自分なりに回答を出した場所から、いま別のフィールドでの闘いに入った感覚なんです

9年間悪戦苦闘して自分なりに回答を出した場所から、新たな闘いの場へ

 その上で、今後をこう見据える。

「この闘いがどうなるかわからないですけど、僕は極端な性格で、平均をとったらおもしろくないと思っているんですよ。たとえば、僕がアイスコーヒーが大好きで、相手がホットコーヒーが好きだとします。ありえないですけど、僕が0度のアイスコーヒーが飲みたくて、相手が100度のコーヒーを飲みたいとして、平均をとったら、50度のホットコーヒーが出てくるわけです。でも、それって、どっちもいらないじゃないですか。

 だから、極端でいたほうがいいというか。そういう役者でいたい。それで、演じる上では、めちゃめちゃ凶暴な役だったら、めちゃくちゃ弱いところをひそかに入れるような感じで演じたい。そういう引き算や足し算ができる役者であれればいい。

 新たな闘いに入ってはいますけど、役者としての目標はクリアしているので、俳優としてどうなりたいとかはないです(笑)。個人的なことを言えば、今年はちょっと親に恩返しをしたんで、来年は弟のために頑張ろうかなと思っているぐらい。長男なんで」

映画「ファンファーレが鳴り響く」ポスタービジュアル
映画「ファンファーレが鳴り響く」ポスタービジュアル

「ファンファーレが鳴り響く」

新宿K’s cinemaほか全国順次公開中

監督・脚本:森田和樹

出演:笠松将、祷キララ、黒沢あすか、川瀬陽太、日高七海、上西雄大、大西信満、木下ほうかほか

ポスタービジュアル及び場面写真はすべて(c)「ファンファーレが鳴り響く」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事