「もう死んでもいいと思った」。本気の侍映画を追求する坂口拓、77分ワンカットの斬り合いを振り返る

映画「狂武蔵」 主演の坂口拓 筆者撮影

 588人の侍をひとりの男がただひたすら斬り倒す。その間、77分、カメラはなにがあろうと決して止めない。しかも、そのシーンは映画になるかわからない。いや、限りなく映画になる可能性は低い。

 傍から見ると、なんの意味もなさないことに映るかもしれない。でも、この無茶苦茶な撮影を自ら言い出し、全身全霊で挑んだ俳優がいる。

 坂口拓。俳優としての「坂口拓」、アクション監督としての「匠馬敏郎」、戦劇者としての「TAK∴」と異なる名義を使いながら、彼は自らのアクション道を突き進み、極めようとしている。

誰よりも命を削っているはずなのに認められない虚しさ

 現在、大きな話題を集めている彼の主演映画『狂武蔵』は、2011年に撮影されながら日の目をみないできた77分ワンカットの幻の映像がもとになっている。

 いわば狂気ともいうべきこの撮影からしばらくして坂口は俳優としての引退を宣言する。個人的なことを言えば、当時、日本において世界へつながるアクション映画を追求していた彼の引退宣言はショックだった。ただ、一方で、このころぐらいから彼の追求するリアルなアクションが、はっきりいえば当時の日本映画界では認められていなかった。日本映画自体が危険を伴うシーンを過度なぐらい極力排除するような方向になった時期でもあり、彼の引退宣言はどこか理解できるところもあった。当時を坂口はこう振り返る。

「そういってもらえるとありがたいですし、実はその通りで。『VERSUS-ヴァーサス-』(2000)でデビューして、ひたすら映画におけるリアリズムアクションにこだわってやってきた。

 これはアクションの定義であり、自分もそう思っているんですけど、アクションシーンは絶対に相手をケガさせてはいけない。それがあった上で、自分の中ではケガをさせないルールを守りさえすれば、もう、とことんいけるところまでいくのが流儀だった。

 それこそ、『まじ当て』も俺が一番最初にやり始めたんですけど、当てても相手にケガをさせない。ケガさせずに殴るというのもひとつの技術であって、そういうことをひとつひとつ積み上げて進化したアクションを届けようと思って頑張っていたんですけど、なかなか周囲に理解されない。『だからなんなの?』と言われるぐらい理解されない。

 同業者からのみ、『すごいですね』と評価される。ものすごく体張ってるんだけど、認められない。それでどんどん自分の心が虚しさに覆われていった。いま考えると、誰もやっていないことをやっていたから、周囲がわからないのは仕方ないと思えるんですけど、当時はそう思えなかった。

 理解してもらえないことをずっとやり続けるのはけっこうしんどいんですよ。だから、当時は、もう本当に迷走していた。何やっていいか分からない。誰よりも命を削ってるはずなのに、結果が伴わない。その虚しさを感じる日々でした」

 確かに、アクションファンや同業者から坂口拓は絶大な支持を得ていた。

「アクションマンやスタントマンはわかってくれていた。でも、一般の人たちにはほとんど届いていなかったと思います。

 あと、自分の生き方が不器用だったっていうのもあると思います。もっと、作品に対して折れてやっていれば、迷走しなかったかもしれない。でも、当時は尖っていたんで(笑)、完全にリアル・アクションをやらない作品には出たくないぐらいだった。生意気だったので。

 『マッハ!』(2003)が公開されたときに、『まじ当てすげえ』みたいになったじゃないですか。でも、こっちはずっと前からまじ当てやってんですよ。で、そこでまじ当ての企画とか考えればいいのに、自分としてはそのときはもう、まじ当てには興味なくなっているんです。だからやらない。不器用ですよね(苦笑)」

 そんなもどかしさを抱えた状況が続く中で準備していたのが2011年の園子温監督との企画『剣狂KENKICHI』だった。ところがクランクイン直前に諸事情あって作品の制作自体の中止が決定。そのとき、この77分ワンカットは撮影された。

「もともと、『剣狂KENKICHI』に10分ワンカット、ルールなしで斬り続けるシーンがあった。でも、映画が急につぶれることになった。心は泣いていましたよ。1年間、仲間と剣術の稽古を積んでいましたから。入念にリハーサルをしてここまでやってきて、ご破算かよと。

 それでカメラマンの長野(泰隆)さんに機材をいつまで押さえているのか聞いたら、撮影の機材はこの日までといわれて、『返却前日に長編になるよう70分以上、リアルアクションの真骨頂をやってみたい』と、気がふれたようなことが口に出てしまった

映画「狂武蔵」より
映画「狂武蔵」より

カットがかからなければ朝まで永遠やりたかった

 この坂口の申し出にスタッフも斬られ役のスタントマンも賛同。こうして坂口は77分、ノンストップ、たった独りで588人の相手を斬り捨てるシーンに挑むことになる。この極限の斬り合いはもうみてもらうしかない。

 ひたすら斬りまくる中、坂口はまるで武蔵が乗り移ったかのごとく覚醒。そこからの戦いは、もはや殺陣なのか、本物の果し合いではないかというほど迫真の瞬間の連続になる。

「はじめは弱いんですよ。僕がみてもそう思う。でも、途中で覚醒しましたね。

 セリフは一切なかったんですよ。でも、実際は劇中で言葉を吐いている。あれ、全部アドリブなんです。

 それでなぜかわからないけど、ちょうどシーンとしては折り返して後半に入るぐらい、門前に入る前になぜかわからないけど、『宮本武蔵、参る』って名乗り、叫んだんですよね。

 あそこから自分で演じていてもわかりましたけど急激に強くなる。武蔵がまるで乗り移ったかのように。

 自分の感覚としてはあそこからふっと体の力がいい意味で抜けた。それまでの力みがあったのが自然体になった。それで頭もクリアになって、後ろから向かってくる相手の動きも手にとるようにわかる。

 よく勘違いされるんですけど、リアルアクションであればあるほど感情の赴くままにやっているように思われますが、実際は逆。難しいアクションであればあるほど、ハイテンションにならないで、そこにいたる導線を練り上げて挑む。冷静に判断して演技をしている。

 ただ、このときはさらに頭が冴えたというか。いまどきの言葉でいえば完全なゾーンに入った。どこか自分を俯瞰してみているもうひとりの自分がいて、本来アクションだと後ろから斬る人間はきっかけがあって斬りかかってくるんですけど、それなしに斬りかかってくるのがわかるようになっていた。

 77分でカットがかかったわけですけど、ほんとうは止めてほしくなかった。ナイター設備があったら朝まで戦いたかったぐらいです、あの時は。後半、『来い来い来い来い!』ってやってるじゃないですか。あれは本心。

 でも、周りがもう無理だった。もう、怖くて近づけない。怖気づいてしまった。あのときは、ほんとうにこの映画の中でそのまま死んでもいいぐらいでした。俺が死ぬまでやりたいぐらいだった」

映画「狂武蔵」より
映画「狂武蔵」より

 このいまだかつてない77分ワンカットの殺陣シーンは、撮影開始で5分で指の骨が折れ、途中、肋骨が折れ、奥歯が砕けるなど、壮絶を極めた。

「指はもう骨が出ていたんで分かりました。肋骨は『バキッ』と音がしたんで、ああ折れたかなと(笑)。アクションやっていると骨折はしょっちゅうだからわかるんですよ。経験上。むしろケガしない現場はないぐらいでしたから。去年まで毎年なにかしら骨折してますね。

 今年は新型コロナウイルスのおかげでまだ折っていないです(笑)。これは、コロナが僕に唯一してくれたいいことかも(苦笑)」

 こんな無謀なアクションシーンは、もう生まれないかもしれない。

「77分、ワンカットで主人公がひたすらアクションし続ける映画は、もう一生現れないんじゃないですか。そんなアクションをする俳優もいないでしょう。そもそも、こんなバカなことに挑もうという人間もいないでしょう。カメラの前でひとりの人間がずっと刀を振り回すって映画は、これが最初で最後かもしれないですね。

 映画では無理だけど、いつかもう二度と立ち上がれなくなるまでやってみたい気持ちはなくはない。24時間ぶっ通し、YouTube Liveで配信とかね(笑)」

 今回はひとつの作品にするため、この77分のワンシーンの前後に新シーンを追加で撮影。その新パートで武蔵と相対する役には、坂口がラスボス・左慈を演じた『キングダム』主演の山崎賢人が扮した。

「うれしいですよね。この規模の映画に彼がでるとかはふつうはない。ある意味、僕の自我だけでできた、ドキュメンタリーのような映画ですから、付き合う必要はない。でも、彼はのってくれたんですよね。自分の思いで。それを事務所もよしとしてくれた。これには感謝しているし、彼のような気骨のある俳優がまだいることはうれしいですよね」

映画「狂武蔵」より
映画「狂武蔵」より

 こうして演じ切った宮本武蔵だが、実は剣術家としてはそこまで強くなかったんじゃないかという。

「姑息というか、卑怯者なんですよね。武蔵は、待ち合わせ時間に遅れたり、この映画で描かれていますけど、吉岡一門の子どもを先に斬ったり、あと相手にお辞儀させておいて殺すとか、武士道のかけらもない(笑)。

 ただ、ある意味では、好きなんですよ。人間らしくて。そういう卑怯な手をつかっても生きのびたい、勝ちたい。それは自分の弱さを認めていたともいえる。おそらく武蔵は人一倍臆病だった気がする。それは僕自身にもつながる。臆病だからこそ強くなりたい。弱いし、自分はまだまだと思っているから、進化しようとする。

 そこは武蔵と自分も似ているところがある。精神的な部分でつながるところはあるのかなと思います」

YouTubeをはじめた理由

 こうして9年という長き歳月を経て主演映画が公開される一方、最近はYouTube「狂武蔵たくちゃんねる」を開設。その意図をこう明かす。

僕がやりたいことはただひとつ。侍ものを残すことなんですよ。日本映画のひとつの文化であり、ひとつの伝統として継承してきた侍の映画を残す。ただ残すのでは意味がない。進化させて表現したい。

 やはり、昔の勝新(勝新太郎)さんや三船(敏郎)さん、若山(富三郎)さんは、かっこ良かったですし、きちんと斬り合える相手役がいたからか、ただの型ではない剣さばきで迫力が違う。僕はそれを超えたい。時代は進んでいるわけですから、そうでないと進化したとはいえない。そこでリアルを極め、リミッターを外したところにいかないと自分の目指す真の侍映画には到達しない。でも、どうしてもいまのいわゆるメインストリームのものづくりの現場では、そこにいくのは危険だからコンプライアンスやらなんやらで許されないところがある。

 そこでもがき苦しんで俳優を引退するまで追い詰められた。けど、今回の『狂武蔵』の監督で旧友でもある下村(勇二)と『RE:BORN』で、リアリズム・アクション×戦術のウェイブをやったとき、なにかが見いだせたというか。

 こういうひとつひとつのこだわりのアクションをいろいろな人に知ってもらいたいなと。知ってもらうには発信していかないといけない。それがYouTubeだったんですよね。

 いろいろと戦術、格闘技、アクションを知ってもらって、自分も見てくれる方と一緒に育っていければなと思ってはじめたんですよ。要は、料理にたとえるとこの料理がどういうものでどういう食べ方をすればいいか紹介しようと。これまできいたことのない食材とかを使った料理を説明なしで出されても、みんなどう食べていいかわからないし、『えっ』ってひくじゃないですか。そうならないように自分の考えているアクションをきちんと説明しようということで始めたのがYouTubeなんですよ。

 もちろん現在主流のカットを細かく割ってワイヤーやCGを効果的に使ったアクションも好きだけど、こういうアクションもあることを知ってもらえればいい。坂口拓の追求するリアリズムのアクションもいいぜと思ってもらえたらなと。

 自分のやりたいことをどうにか知ってもらう。自分の追求するエンターテインメントとしての本物のアクションを実際に見てもらう。それができる場所が、いまはYouTubeなんです」

 大きな手ごたえを得ているという。

「おかげで自分という人間を知ってくれる人も増えたし、自分の求めるアクションに興味をもってくれる人も増えました。

 ウェイブという戦闘術に興味を持ってくれたファンもいっぱいいる。この間アップした、現RIZINバンタム級王者の朝倉海さんとスパーリングをさせていただいた動画も評判が良かったですけど、こんなのふつうの俳優はやれないじゃないですか。僕だからやれるわけで。

 だけど、じゃあ、僕が海さんを倒すのをみんなが見たいのかというと、そうじゃなくて、多分、アクション道として僕が闘っているところを見たいんだと思うんです。

 リアルとフェイクの狭間というかな、そのギリギリのところをみたい。僕は現代忍者とも名乗っていますけど、暗殺術を全部知っているからといって、当たり前ですけど、それをほんとうに使うことはない。ただ、ギリギリのところ、嘘だけど限りなく本物のところまで表現したアクションを見せたい。それが僕のリアルのアクション道なんで。

 正直言うと、それが周囲からみたときリアルにみえるのかどうかはわからない。見てくれた人が決めればいい。ただ、自分としてはそこで媚びることなく愚直に本物を突き詰めていきたい」

 これも実は、自身の目指す映画への布石と明かす。

「この前も大阪にいったら中学生にワーッと囲まれたりして、いまや世の中的にはユーチューバーの拓ちゃんで通っているのかもしれない(苦笑)。でも、やっぱり僕はひとりの映画人でもありたいと思っている。

 ただ、いま、誰にも媚びずに自分のやりたいことをやれて闘える場所はYouTubeで。それでもこの活動を続けていけば、いつか最高の侍映画を作れるんじゃないかなと思っています。

 『七人の侍』を超える侍映画を、『座頭市』や『子連れ狼』みたいなアクションを、最近見たことありますか?って、話なんです。『ない』ということは退化していることを意味しているんじゃないですかね、ということ。じゃあ、このままでいいのか、どうにかしないといけないんじゃないか。そこで『坂口拓がいるね、やってみようか』となれば最高。まあ、そうならないから、YouTubeでやってんですけどね(苦笑)。

 だからといって、腐ってないですよ。映画にかける思いは揺るがない。だって、今回だっていろいろとYouTubeで地方を回って、映画のチケットを売ってんですよ。

 ほんとうに自分の思いを届けたいんだったら、自ら動くしかない。もちろん今回の『狂武蔵』だったら、太田(誉志)プロデューサーとか手伝ってくれる人に助けられているんですけど、まずは自分で届けないと。

 こういうことを積み上げていくしかない。最高の映画を作るために。そして自分の夢をかなえたい。その夢を叶えるために、あのもがき苦しんだ時期もあった気もするので。まあ、それを叶えてしまうと最後のような気もしてちょっと怖いところもあって。もう少し先でもいいとは思っているんですけどね」

 ただ、その最高の侍映画を考えると、坂口と同じような域にくる役者が必要となってくるが……。

「役者じゃないんですけども見つかっております。日本で最強の男が1人だけいるので、その方にオファーして出てもらえるってことになってるので、侍ものはその方と戦います。最高の人です。絶対にどんな映画のプロデューサーが金を積んでも、映画に出るような人じゃないです。彼にもうオファーしてあるのであとはやり合うだけ(笑)。もう準備は整っています。

 おそらく俳優さんと戦うことはないと思います、自分の主演映画では」

いま、最高の侍を演じ切る自信がある

 もしかして、坂口が目指すのは時代劇における武術であったり、映画におけるアクションの復興と進化なのかもしれない。ただ、現実的には、そうした本格的であり、進化したアクションを体得するために十分な時間も費用もかけられる映画は数少ない。また、そこまでこなせる役者も多いとはいえず、これから増えていくこともおそらく難しい。

「変な話ですけど、俺の道をいまの俳優さんに歩ませたくないです。はっきり言って、ぶっ壊れると思います。壊れるのは自分だけでいい。だって、俳優である前に人間でもあってほしいじゃないですか。自分ぐらいまで突き詰めるのは、ある意味、人間をやめるってことなんですよ。

 アクション監督をしていると、もうぞっとしますよ。自分の思いついたことを俳優さんに、もしやらせるとしたら、『もう、死んでくれ』といっているようなもの。それは頼めない。

 だから、ほんとうに自分が望むアクションは、もう自分でやるしかない。でも、自分もいつまでもやれるわけじゃない。まあ、動けなくなるまでやりたいとは思ってますけどね。

 たとえば60歳になっても20代のアクション俳優と五分に渡りあえるぐらいではいたいかな。そうありたいとは思うけど、内臓も骨もぼろぼろですし、いつまでやれることやら」

 ただ、年々、強くなっている感覚があるそうだ。

「自分で言うのもなんですけど、年々強くなっている。怖いぐらい(笑)。映画でも、年々動きが速くなっていますから。無駄な動きがどんどんなくなっているんですよ。だから、たとえば『RE:BORN2』とかやったとしたら、たぶん1作目よりもっと速く動けるし、力強く表現できる自信がある。侍ものでも、今回の『狂武蔵』よりももっと強い侍を披露できる気がする。だからこそ、いま最高の侍映画を作る自信もあるんですよ」

命を懸けることができる作品に関わっていきたい

 自らの信じる本物を追求した作品にだけ関わっていきたいと言い切る。

「アクション映画にしても、侍映画にしても、熱い思いが感じられたらやります。ただ、自分がお飾りというかな、出る意味が感じられなければいいかなと。

 『キングダム』の出演を決めたのも、最後のラスボスは、本物、本気のアクションをみせたいし、やりたいという制作側の熱意に心が打たれたから。無駄なものはもうやらないです。とかいって、来年、しれっと恋愛映画に出てたりするかもしれないですけど(笑)。

 まあ、それは冗談として、自分がほんとうに命を懸けることができる作品をやりたいです」

映画「狂武蔵」
映画「狂武蔵」

「狂武蔵」

監督:下村勇二

原案協力:園子温

出演:TAK∴(坂口拓) 山崎賢人 斎藤洋介 樋浦勉

新宿武蔵野館にてレイトショー公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(C)2020 CRAZY SAMURAI MUSASHI Film Partners