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いま全米の公共図書館で何が起きているのか?80年代青春スターが監督作でアメリカ社会を斬る

水上賢治映画ライター
「パブリック 図書館の奇跡」より 監督と主演を務めたエミリオ・エステベス

 1980年代ハリウッドの青春映画のスターとして活躍する一方で、23歳のとき『ウィズダム/夢のかけら』で監督デビューを果たしたエミリオ・エステベス。以後、監督として着実にキャリアを重ねてきた彼が、最新監督作『パブリック 図書館の奇跡』では、公共図書館を舞台に、ひとつの大きな問いを投げかける深みのある社会派ドラマを作り上げている

ふと目にとまった公立図書館をめぐる現実を記した新聞記事

 はじまりはふと目にとまった新聞記事だったという。

「元ソルトレイクシティー公立図書館アシスタントディレクターのチップ・ウォードが『ロサンゼルス・タイムズ』誌に寄稿したエッセイ(※2007年4月1日掲載)に目が留まったんだ。

 そこにはいま図書館がホームレスの人々のシェルターと化していること、彼らの窮状、対している公共施設の問題や役割など、率直な意見がつづられていた

 読後、『これは映画になる』とは考えなかったんだけど、図書館というスペースで何かできるのではないかと思い立って、まずロサンゼルスにあるダウンタウンの公共図書館で、静かにそこで起きることを観察した。

 とりわけ図書館員と訪れる人々のやりとりを中心に観ていた。だいぶ足を運んだ時に、その図書館の常連さんが自分に対して、『いつもいるな』となにか信頼をし始めてくれたところがあって、彼はどうやって自分がホームレスになったということを話してくれるようになった。

 そういうオープンな人もいれば、『なんだこいつ』と敵意をむけてくる人もいたんだけど、そうやって色々な人の話をきくようになって、この作品へと結びついていったんだ。

 振り返ると、彼らとの会話や図書館で過ごした時間は得難い価値になっていて、この作品の起点になっている1番痛感したのは、ホームレスの人々の窮状だ。みんなサバイバル、生きるか死ぬかのモードに入ってしまっている。でも、図書館にいくと8~10時間ぐらいは屋根のある場所にいることができる。本が読めたり、仕事をはじめいろいろな情報にアクセスができる。彼らにとって図書館は安寧を感じられる場所になっているんだ」

映画「パブリック 図書館の奇跡」より
映画「パブリック 図書館の奇跡」より

 図書館というと、日本では「本を貸し出してくれる場所」といったイメージが強い。図書館が主体となって利用者を増やしたり、なにか住民に対して発信をするような、そうした積極的なイメージはほとんどないといっていいだろう。

 だが、フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』などをみるとわかるが、アメリカはもっと市民に開かれているというか、単なる本や資料の貸出機関ではない、市民にとってある意味、セーフティネットにもなりうるような存在という意識がある

 劇中でも登場するがアメリカのノーベル文学賞受賞作家、トニ・モリスンは「図書館は民主主義の柱である」といっている。

 作品は、そんな図書館が舞台。米オハイオ州シンシナティの公共図書館で、実直な図書館員として働くスチュアート(※エステベス自身が演じている)は、常連の利用者であるホームレスから閉館間際に告げられる。「今夜は帰らない。ここを占拠する」と。

 その日より前、街では大寒波の影響で路上凍死者が続出。しかし、市の緊急シェルターは満杯で、入れないホームレスは行き場を失っていた。

 こうして死の危険を感じたホームレスの集団70人は図書館のワンフロアをやむをえずに占拠。明日を生きるために声をあげた彼らとスチュアートも行動を共にすることに。

 しかし、検察官の偏った主張やメディアの勝手な思い込み報道から、スチュアートは過激な容疑者に仕立てられ、社会に向けた平和的な抗議デモは、人質立てこもり事件へ捻じ曲げられてしまう。

「この国にはホームレスを『不憫だけど、仕方がない』と考える人が多い。ホームレスになってしまうのは個人の責任とみなされる。

 しかし、そもそも、その一歩を踏み出すにもなにかをもっていないと踏み出せない。それさえないときのことを考えてほしい。

 図書館やほかの公共施設にとってホームレスや生活困窮者を助けるのは道徳上の任務と僕は思っている。人の心を持っていれば、それは当然のことだと思うんだけど、残念ながらいまのさまざまな分断が起きている世の中では、それを受け入れられない人がたくさんいるのが現実だ」

映画「パブリック 図書館の奇跡」より
映画「パブリック 図書館の奇跡」より

声を上げられない社会的弱者のほんとうの声を届けたい

 

 作品は、そうした形で貧富の格差や政治的分断が深刻化するアメリカの現実を伝える一方で、それでも消えることのない人間の良心や助け合いの精神も描き出す。

 そして、警察、検察などが力によってこの占拠を鎮圧させようとする中、ホームレスたちとスチュアートの勇気がひとつの奇跡を起こす。

 その奇跡は、声も上げられないでいる社会的弱者の心の叫びの結晶であり、わたしたちに自由や平等、人間の尊厳について改めて考えるきっかけをくれるに違いない。

私たちには社会的に弱い立場にいる人だったり、ホームレスだったり、肌の色が違う方だったり、声なきものに対して、こういうストーリーがあるんじゃないか、と勝手に思い込んでしまうところがあるような気がする。

 僕の場合も、エミリオ・エステベスはこういう育ち方をしたのだろうと、勝手なイメージをつけられる。それはみんなやっていること。たとえば外を歩いていて、自分ほど恵まれていないような人をみると、どこかでこの人は失敗して、いまこうなってしまったんじゃないかなといった具合にね。

 このように往々にして物語というのは実は間違っていることが多い。そういう偏見なく彼らの姿をみてほしい

 それと、公共図書館がいま彼らにとって大きな役割を果たしていることを実感してほしい。そのくらい、必要不可欠な機関ということをこの映画を通して知ってくれたらうれしいね」

「ブラック・ライヴズ・マター」運動を予見するようなセリフとシーン

 劇中には、現在の「ブラック・ライヴズ・マター」運動を予見するようなセリフとシーンが出てくる。このシーンはどういう思いから生まれたのだろうか?

「わたしたちはまさに今、見回せば、自分たちの声をどんな風につかって、その人に届けたらいいのかということを、皆が見えてきたというのを目にしているのではないかな。

 かつてよりも、さらに皆が声をあげていると思う。アラブの春や、香港のデモもそうだけど、若い人が声をあげているよね。

 もう沈黙することに疲弊して、本物の変化というものを求めるのであれば、自分たちが声をあげなければいけない。もちろん、その裏にはより厳しくなる経済格差もあるし、若い人たちは自分たちの未来は、自分たちが声をあげなければとても荒涼としたものになるんじゃないかと感じているように思う。

 環境に関してであれ、政治に関してであれ、あるいは私たちの市民の権利であれ、それを奪うような反民主的政府に対して、みんなが声をあげていくことは大切。どんどん声を上げていってほしい

アレック・ボールドウィンは大ファンだった

映画「パブリック 図書館の奇跡」より
映画「パブリック 図書館の奇跡」より

 また、ひとりの映画ファンとして気になるのは、2人のキーパーソンに役者としての先輩にあたるアレック・ボールドウィンと、同時代を青春スターとして活躍し、その時代に『ヤングガン2』で共演しているクリスチャン・スレーターを起用したこと。この2人についてこう明かす。

「実のところ、僕はアレック・ボールドウィンの大ファンでね。でも、いままで仕事をしたことがなかったんだ。それで、10年くらい前に『ディパーテッド』で、父のマーティン・シーンが彼と共演していて、すごいいい俳優だと言っていた。

それで今回、僕が演じるスチュアートと交渉することになるベテランのラムステッド刑事を考えたとき、彼の名前があがって、脚本を送ってみようということになった。そうしたら届いて2時間以内に読んでくれたみたいで、すぐに『話がしたい』と返事がきたんだ。それで連絡したら、『君の過去の監督作品は大好きだし、君から電話があったら、それはやるしかないだろう』というぐらいのことを言ってくれてね。彼がそんなことを言ってくれるなんて、僕としても光栄だし、ほんとうにうれしかった。作品を作り上げていく上で、素晴らしい友情も育めて、出来た作品もすごく応援してくれた。また、一緒に仕事をしたいと思っているよ。

 検察官のデイヴィスを演じてくれたクリスチャン・スレーターに関しては、僕はもうとにかく彼のことが大好きでね。とくに彼の役者としてのプロフェッショナルなところを尊敬している。彼ともまた一緒に仕事をしたいと思っているよ」

映画「パブリック 図書館の奇跡」より
映画「パブリック 図書館の奇跡」より

 では自身にとっては図書館はどういう場所だったのか?

「親によく図書館に連れられていって、『遊んでいなさい』と言われていたんだ。だから、図書館がベビーシッターみたいなところがあるんだよ

 よく覚えているのは、当時は図書カードみたいな、本がそれぞれカード式になっていて、そういったカタログを調べたり、あとは昔、日本も一緒だと思うけど、図書館のソートのシステムに数字がいっぱいあって、SFはここ…みたいな。そういうシステムをまず学ばないと図書館のどこにどの本があるのかわからなくてね。小学校で確かそういう授業があった気がするんだよなぁ。

 ちょっとおたくっぽい子供だったんで、この月のSF1冊、みたいな本を読むクラブに入っていた。それで新しいSFが入るたびに直ぐに借りて読んでいて、マイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』も、5、6回読んだ記憶がある。

 だから、自分の学校に通い始めた頃の思い出と、図書館で過ごした思い出というのは、ほぼ同じような感じであるよ」

 青春スター時代の代表作『ブレックファスト・クラブ』で、図書室への居残りを命じられる高校生を演じていたエステベスが、時を経て、再び図書館と対峙。最初にエピソードを訊いてから11年の歳月をかけ、主人公のスチュアートも演じて、監督・主演で挑んだ渾身作に注目してほしい。

映画「パブリック 図書館の奇跡」より
映画「パブリック 図書館の奇跡」より

『パブリック 図書館の奇跡』

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開中。

[longride.jp/public longride.jp/public]

場面写真は(C) EL CAMINO LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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