政治家のおごり、格差社会の果ての事件に目を向ける。韓国映画『悪の偶像』が問うこと

演出をつける「悪の偶像」イ・スジン監督(中央) 

 このコロナ禍で、もうずいぶん前のことのように思えるが、今年2月のアカデミー賞で主要部門を独占したのは韓国のポン・ジュノ監督、『パラサイト 半地下の家族』だった。ただ、これは快挙ではあるが、韓国映画界にとってはひとつの始まりでしかないかもしれない。というのも、韓国には、ポン・ジュノ監督やナ・ホンジン監督のような社会性とエンターテインメント性を拮抗させた作品で世界を視野に入れる監督が次々と現れているからだ。

『悪の偶像』イ・スジン監督(左) 右は主演のハン・ソッキュ
『悪の偶像』イ・スジン監督(左) 右は主演のハン・ソッキュ

 これからの飛躍が期待される韓国の新鋭のひとりにあげたいのがイ・スジン監督だ。1977年生まれの彼は、2013年に『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』で長編デビューを果たした。女子中学生集団暴行事件の実話にインスパイアされた同作は、第43回ロッテルダム国際映画祭の最高賞タイガー・アワードや、シッチェス・カタロニア国際映画祭最優秀作品賞など、国内外の映画祭で数多くの賞を受賞。あの世界的巨匠、マーティン・スコセッシ監督がその才能を高く評価した

スコセッシも絶賛。しかし本人は「冷静に受け止めています」

 まず、スジン監督はこのデビュー作の成功をこう語る。

「これほどの評価を受けるとは夢にも思っていませんでした。いろいろな方から評価をいただいて、ほんとうに感謝しています」

 ただ、それは自身にとって自信にはならないと明かす。

「なにかうまくいったからといって大喜びして、それが大きな自信になるような性格ではないんです(笑)。かといって、うまくいかなかったからといって、意気消沈したり、絶望したりという性格でもない。そういう性格なんです。

 あと、もちろん評価されたのはうれしかったのですが、『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』はほんとうに胸が張り裂けるような内容で実話をベースにもしていましたから、そのことを思うと、賞をいただいたからといって浮かれたり、喜んだりする気持ちにはなれなかったんです。

 ただ、ほんとうに大勢のスタッフが支えてくれ、俳優さんたちが頑張って努力してくれた作品なので、そこには報いることができたかなと思います」

『悪の偶像』は、幻のデビュー作

 そのデビュー作から6年を経て届けられた新作が『悪の偶像』。日本でもおなじみ、『シュリ』『ベルリンファイル』のハン・ソッキュと、『ペパーミント・キャンディー』『オアシス』のソル・ギョングという韓国を代表する二人の実力派俳優を主演に迎えた本作は、実はデビュー作に考えていたという。

「実は『悪の偶像』のシナリオは、『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』よりも前に書きあげていたんです。2007年か2008年には初稿を書き上げています。それで、もし自分が映画を撮るとしたら、これを第1作目にしたいと思っていたんです。

 幻のデビュー作といっていいかもしれない。ほんとうに『悪の偶像』でデビューしたかったんです。でも、当時はなかなか出資が得られず、製作費を工面できなかった。

 そういう経緯があったんです。『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』を撮り終えたあと、もう少し軽いトーンの作品を撮りたいなと当初は思っていました。ただ、やはり『悪の偶像』をあきらめきれない。気づけば、こちらに気持ちが傾いていました。それで大幅な変更はないんですけど、少し手直しして挑むことになりました」

映画「悪の偶像」より
映画「悪の偶像」より

 そのオリジナル脚本は、ひとつの犯罪をきっかけに人生が大きく狂ってしまう人間たちの物語だ。

 きたる知事選挙での勝利をほぼ手中にしている市議会議員ミョンフェの息子ヨハンが、ある夜、飲酒運転中に人をひき殺してしまうのが事の始まり。ひき殺したのは、小さな工具店を営むジュンシクの息子だった。

 政治生命を絶たれかねないこの事態に直面したミョンフェは、息子に自首を促すも、彼が殺人や死体遺棄の重罪で告訴されるのを免れるために巧みに工作を図る。

 ところが事故現場に被害者の新妻リョナが居合わせていたことが明るみになり、彼女が行方不明になっていることが判明。

 加害者の父であるミョンフェと、被害者の父であるジュンシクはともに消えた目撃者の行方を追う。

 クリーンで鳴らすエリート政治家と、しがない労働者の運命が交差する皮肉なドラマが展開していく。

 ナショナリズムの高まり、政治家の腐敗、親と子の関係の断絶など、物語の背景はいまの時代に既視感を覚えるもの。約13年前に書かれたものとは思えない。

「『悪の偶像』のはじまりは、ある短編映画を撮っているときに、いつか自分が長編映画を撮るとしたら何を撮るべきか考えたんです。そのとき、父親に関する作品というテーマが浮かびました。

 そこで、当時起きていた、家族の大小さまざまな事件や事故をいろいろと総合して考えて、ひとつの物語に紡いでいったのです。

 なぜ父親をテーマにしたかというと、私自身がすごく父親を尊敬していて。田舎で農業を営んでいるごくごく普通の市民なんですけど、私が子どものころから大人になるまで、ほんとうに愛情を注いでくれました。

 なので、もし私自身にこういう事故が起きたとしたら、父はどうするだろうかと。格差社会の果ての事件や権力をもつ者の横暴といったことが韓国でも多く起きていましたから、それらと合わせて想像を巡らせてみたのです。なにももたない市井の人間が、巨大な権力を前にしたとき、対峙できるのか考えたのです」

理想主義者と言われそうだが、性善説を信じたい

 ふたりの父親、ミョンフェとジュンシクは、事件に翻弄され、もはや引き返すことのできないところへたどり着く。

わたしは理想主義者と言われそうですが、性善説を信じたいといいますか。人は生まれつき善だと考えているんです。ただ、善人として生まれてくるが、環境がその人を変えてしまうことがある。そして、環境によって自分を時に見失い、正しくない選択をしてしまうこともある。人間とは弱いものです。

 ミョンフェを政治家に設定したのもここに理由があります。政治家は、常になにか選択して判断が迫られる職種ですよね。しかも、ひとつの判断の誤りが、取り返しのつかないことになることがある。人の人生は紙一重で、どちらに転ぶこともあることを描きたかったのです」

映画「悪の偶像」より
映画「悪の偶像」より

 また、作品は、ショッキングな事件が過熱する報道でいつしか独り歩き。猟奇的な事件として片付けられ、事の核心や検証がなされないままで終わり、事件を起こした犯人をモンスターとだけレッテルを貼って終わってしまう。作品はこの風潮に警鐘を鳴らす

「それはほんとうに考えなければいけない点だと思います。私も、実はこの映画を見て、果たしてヨハンやリョナという人物たちは、私たちとかけ離れているのか、まったく相通じない人間なのかということを考えてほしいと思ったのです。

 犯罪の本質を検証するかについては、韓国も、日本とさほど変わらないと思います。どこかメディアがひとつのレッテルを貼ってしまって、事件の本質が検証されないまま終わってしまう。容疑者はたとえば異常者のひと言で片付けられてしまう。それで済ませてしまって果たしていいのか

 この映画の中で、果たして誰が一番怖いモンスターなのか?そのことを考えながらみてもらえるとうれしいです」

映画「悪の偶像」より
映画「悪の偶像」より

6月26日(金)よりシネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開

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