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ミニシアターの灯を消さないために!劇場公開と併せ「仮設の映画館」しばし継続へ

水上賢治映画ライター
想田和弘監督 提供:東風

 ご存知のように国の緊急事態宣言以降、全国のほぼすべての映画館が休業を余儀なくされ、多くの新作映画が公開延期に。他業種と同様に映画業界は大打撃を受けている。先ごろ発表された、4月の映画興行収入は前年同月比96.3%減と明らかになった。

 こうした苦境を見越して、新作映画のデジタル配信「仮設の映画館」は4月25日にスタートした。「仮設の映画館」は、新作映画を楽しみにしている観客、劇場、配給、製作者すべてにとって何かよいことができないかという発想から生まれた新たな試み。インターネット上に「仮設の映画館」を開設し、そこに賛同した全国各地の劇場が集まる。その鑑賞料金は、「本物の映画館」と同じように、それぞれの劇場と配給会社、製作者に分配される。映画の経済を回復させるための新たな試みのひとつとしてオープンし、約1カ月が経つ。

 ここで改めて、発起人である『精神0』の想田和弘監督と、配給会社『東風』を代表してスタッフの石川宗孝氏に、「仮設の映画館」の成り立ちから船出までを振り返ってもらうととともに、スタートしてから現在までの手ごたえ、そして今後のビジョンについて訊いた。

地方の映画館からの相談の電話、先行きの見えないことへの危機感

 「仮設の映画館」の情報がオープンになったのが4月8日のこと。信じられないかもしれないが構想自体が立ち上がったのはそこからわずか1週間前だったという。東風の石川氏はこう明かす。

「想田監督が来日したのが3月下旬のこと。その時点で、刻一刻とコロナ禍が悪化して、公共交通機関で移動することにリスクもあれば、自分たちに症状がなくてもいつのまにか感染していて、誰かに移すかもしれない可能性が出てきた。となると、『精神0』の想田監督の取材に関しても考えねばならず、安全に万全を期すにはSkypeなどのオンラインに切り替えるしかないとの判断に至りました。

 同じころ、東京の映画館は自主的に週末休業をしたり、レイトショーを削ったり、感染予防対策を行いながら営業は続けていましたけど、これがこの後どうなるか分からない状態になって。全国の映画館が臨時休館する可能性が出てきた。その間にも、どんどん新作映画の公開延期が決まり、地方の映画館から東風に相談の電話がかかってくるようになりました。新作の公開が延期され、上映プログラムに穴が開いてしまったため、いま上映できる作品はないだろうかと

 このころから、先行きが見えないというか、公開に対しての危機を感じはじめていました

 製作者と配給会社の先に、映画館と観客がいるわけですが、万全な予防対策をしていても映画館や製作者をはじめとする映画を届けるサイドは、『観にきてください』となかなかいえない。お客さんも行きたい気持ちがあっても、行きづらい状況が現実になってきてしまった。

 そのとき、この置かれた環境の中で、どうにか新作映画を延期することなく安全に届ける方法はないのかと考え始めました。そこで、想田監督と話し合いを重ねて『仮設の映画館』の構想を練りました。そして『精神0』のメイン館であるイメージ・フォーラムの支配人にまず提案をし、そのあと既に上映を予定していた全国の各劇場に連絡をして、仕組みの説明と賛同をとりました」

 想田監督自身は、当初、公開延期が妥当と考えていたという。

「正直にいうと、こんな状況の中で、公開してもどれだけの人が観てくれるかわからない。それから、安心して観ていただける状況でもない。僕自身が積極的に『ぜひ映画館に来てください』とも言えない。こうなってしまうと、もう 1年ぐらい思い切って延期するのが作品にとってはいいのではないかと、個人的には思いました。これは僕だけじゃなくて、多くの製作者がそう思ったのではないでしょうか。実際、延期を決めた作品がいっぱいありましたよね」

 ただ、思い直したという。

「東風に延期を提案したら、意外な答えが返ってきた。『いまみんなが作品の公開を延期にしたら、劇場が全部つぶれてしまうかもしれないですよ』と。

 政府による休業補償が不十分かつ遅れている中、来月の家賃が払えないっていうような状況のミニシアターも多い。そのうえ上映する新作映画がないとなると、ますます苦境に陥るでしょう。そうなると、1年公開延期をしたのはいいものの、そのときにいざ映画を見せようと思っても、『もう見せる場所がなくなっていた』なんて可能性が現実に起こってしまうかもしれない。そうなってしまったら、1年後に延期することで、自分の作品を守ったかのようにみえて、実はまったく守れなかったということになりかねない。つまり、自分の作品を生かそうと思ったら、ミニシアターにも生き延びてもらわないと困る。

 そこでの話し合いの中から生まれたのが、今回の『仮設の映画館』です」

「精神0」より (C)2020 Laboratory X, Inc
「精神0」より (C)2020 Laboratory X, Inc

日本にあるミニシアターの存在の重要性

 アメリカ在住の想田監督は、日本のミニシアターの重要性をこう説く

「日本のミニシアターってほんとうに独特なんですよ。アメリカにもミニシアターはある。でも、もっと商業性が強いというか。日本よりも採算性がシビアにみられていて、経済的な見返りがあまりないと判断された作品はなかなか上映されない気がします。だから僕のようなドキュメンタリー作品は、昔よりは増えてるとはいえ、上映されるところはかなり限られてしまう。日本のミニシアターのように国内外、多様なジャンルの作品を絶えず観られるという感じではないんです。

 まあ、日本のミニシアターの場合、一つ一つの作品の収益が少ないから、いろいろな作品をかけざるえないという事情もあるのは確か。でも、それが結果的には映画の多様性を保証してるようなところがあるこんなにドキュメンタリー映画が常に上映されている国ってあまりないと思う。日本のミニシアターは独自の文化を築いているところがあるんです

 なので、映画の多様性を考えたとき、ミニシアターがなくなることの文化的なダメージはそうとう大きい。ほとんど多様性が失われるといっても過言ではない。シネコンだけになってしまったら、ほんの一握りの作品しかスクリーンで観られなくなってしまう

 それは、僕のようなインディペンデントの作り手にとって作品を発表する場がなくなってしまうことを意味するといっていいかもしれない。ミニシアターがなくなってしまうのはもう死活問題。ある意味、劇場あっての作品だし、作品があっての劇場で相互で共存している。これは人間社会の本質なのではないでしょうか。自分ひとりでは生きていけない。

 人間の臓器にたとえるとすると、劇場が心臓で、配給会社が血管、作品が肺だとしましょう。肺(作品)だけ健全であったとしても、心臓(劇場)がつぶれちゃったら、結局生きていけない。恐らく世の中の多くのことはそういう形で支え合っている。だから、何かを切り捨ててしまうことは、自分を切り捨てるということになって返ってくると思う。自分を大切にしたいなら、他者も大切にしないといけない。『仮設の映画館』は、そういう考えが結実したものでもあります」

 ただ、この形に至ったものの、苦渋の決断だったと明かす。

「配信を実際の劇場公開と並走させることに話はまとまりましたけど、複雑な心境ではありました。やはり『映画館のスクリーンで観てほしい』という気持ちが、配給会社にも、劇場にも、作り手にもある。多くのみなさんにあくまで映画館で観てほしいと、公開に向けて、配給も作り手も劇場も一丸になって取り組んでいますから。想田監督もそうだし、わたしたち配給(東風)としても悩んだ末の決断でした」(石川)

「このような方策に舵を切ることに、映画作家としてためらいがなかったといったら嘘になります。常に映画館で観てもらうことを考えて、映画を作ったり届けたりしているわけですから。本来なら、映画館で『精神0』を観てもらいたい。でも、いまは非常時。人が集まることや公共交通機関で移動すること自体がリスクとされ、観客の皆さんが実際に劇場に来にくくなっている中では、代替方法も考えなければならなかった。この『仮設の映画館』がうまく機能すれば、映画館だけでなく、配給会社や製作者にも、通常の劇場公開を行った場合と同程度の収入が見込める。コロナ禍の中、劇場・配給・製作の三者が生き残る可能性が高められる。ここはインターネットを最大限に活用し、しのぐしかないとの考えに至りました」(想田)

「自分たちとしては、映画館になかなか行けない状況があるからデジタル配信で公開すればいいっていうふうには全然思っていないんですよ。いわば現在問題が起こっている映画館と観客との間をつなぐ応急措置で。お客さんが安心して映画館に行くことができたら、いつでも閉めていい。そういう意味もこめて、『仮設』の映画館とさせてもらいました」(石川)

全国にある個性的なミニシアターを知ってもらえる機会になれば

 こうして「仮設の映画館」はスタート。応急措置、急場のことではあるが、映画館に行ったような気分が味わえる工夫がされている。これは実際にアクセスして確認してほしい。

「全国各地にある映画館をこの際、知っていただければなと。各劇場のみなさんに自分たちの映画館について紹介文を書いていただいたり、それぞれの劇場の雰囲気を味わってもらえたらと思って、その劇場の客席込みのスクリーン写真を配信ページの背景に入れたりしています。少しでもお気に入りの映画館にいって、イスに座って観てもらえるような感覚になってもらえればなと思っています。

 ふだん通っている最寄りの映画館を訪れてもらってもいいと思いますし、逆に昔なじみのある劇場を訪れてもらってもいいかもしれない。いつか訪れたいと思っている映画館を覗いてみてもいいかもしれない。これはデジタル配信だからできる楽しみ方なのかもしれません。この機会が、全国に点在する個性的な映画館の魅力を伝える場にもなれたらと思っています。そして、営業再開後、改めて本物の映画館に足を運んでもらえたら嬉しいです」(石川)

 映画館で映画を観ること。これまで当たり前のことだったこのことが緊急事態宣言以降はできなくなった。この「STAY HOME」期間で、映画館で映画を観ることさえできないことがどれだけ息苦しいものか実感した人はけっこう多いのではないだろうか?もしかしたら、このコロナ禍は映画館で映画を観ることの喜びを改めて想う機会だったかもしれない。

「食料品の買い出しと散歩ぐらいで、あとは基本は自宅で過ごさなくてはいけない。ほんとうに生活が単調になる。そういうときは普通は『じゃあ、ちょっと食事にいこうか』とか『知人とお酒でも飲みにいこう』となるわけですけど、それが叶わない。

 映画館に限らず、お気に入りの店とか、美術館をはじめとした文化施設とか、そういった場がいかに自分の生活に溶け込み、心を豊かにしていてくれたかを今回は実感しましたよね」(想田)

「仮設の映画館の『仮設』という言葉に関してさらにいうと、元々、普段の生活の中でインフラとしてあるものが、非常時などになるとたとえば『仮設住宅』となりますよね。ある意味、劇場で映画を観ようと思っている人たちにとって、普段の日常の中では映画館が大切な場所だったり、あるいは映画を観ることというのが大切な生活のインフラではないかと。ネーミングにはそういう意味も込められています」(石川)

劇場の営業再開も、現実問題、しばらくは「仮設の映画館」も併せての継続へ

 緊急事態宣言が解除され、エリアによって映画館は営業を再開させたが、映画界は依然として厳しい状況が続く。これだけ自宅生活が余儀なくされたなか、解除されたからといってすぐに映画館に観客が戻ってくるかはわからない。その状況を受け、「仮設の映画館」もまた当初よりも長いスタンスでの上映を視野に入れる。

「あくまで『仮設』の劇場なので、少しでも早く終息して、ふつうに劇場で作品が観られる日がくればと思っています。必要なくなったらいつでも撤去できる準備はできています (苦笑)。ただ、現状をいうと、長期化する可能性を否定できない。しばらくは劇場にいくことをためらう人もいることを考えると、劇場が営業再開してもある程度、併せて『仮設の映画館』も続けていくのがいいかなと」(想田)

「『仮設の映画館』に参加いただいている映画館にお願いしているのは、事態が改善したら必ず映画館で『精神0』をはじめ、参加している作品を上映してもらうことはお願いしているんです。あくまでこのデジタル配信の『仮設の映画館』は、一時的に、この事態の中でできることとしてやっているものなので。実際に映画館のスクリーンで上映してもらって、それでお客さんにも、本当のスクリーンでも観てもらいたいとおもっています。状況を注視しながら、製作者、各映画館、参加する各配給会社とも相談のうえ、『仮設』を閉じることがゴールです」(石川)

 スタートして1カ月。ここまでの手ごたえをこう明かす。

「まず『仮設の映画館』には、現時点で、60館以上の映画館、8つの配給会社による12作品が参加しています。停滞している『映画の経済』を回復するための施策として取り組んでいますから、通常、どの映画館も同時に何作品かを上映していることを考えると、東風だけが行っていても、微々たるものなんです。ですから、参加する配給会社・上映作品が増えたことはとても良いことだと思っています。

 各映画館も営業再開にむけて、日々、機材・設備のメンテナンスに加えて、さらなる感染予防対策等を準備するなかで、『仮設の映画館』での上映作品のアナウンス等をホームページやSNSでも積極的に宣伝してくださっていて、ありがたく思っています。このような緊急事態が今後またいつ訪れるかはわかりませんが、いざとなればこのような方法で新作を公開することもできることを実証できたと感じています」(石川)

 劇場サイドや実際に仮設の映画館を訪れた人々からはこういう声が入っている。

「参加している映画館からは、本物の映画館へ行けない映画ファンが、自宅で新作映画を観て、それが映画館の売り上げにもなるというのはありがたい、という声をいただいています。また実際に『仮設の映画館』を訪れたお客さんの声としても同様です。自分が選んだ(訪れた)映画館に鑑賞料金が分配されることを喜んでくれる、そのうえで『本物の映画館』のスクリーンでもう一度観たいとSNSに書き込んでくださっていることが多いです。

 また、『精神0』公開初日の5月2日には、想田和弘監督・柏木規与子プロデューサーのオンライン舞台挨拶をYouTube Liveで生配信(のちにアーカイヴ)し、たくさんのお客さんが参加してくれました。ほかの作品でもオンライン上での配信イベントを行っています」(石川)

 そして、今後をこう見据える。

「徐々に劇場が営業再開し、『仮設の映画館』で上映している作品の劇場公開が始まっています。なんといっても映画館は映画を観る最高の環境です。どの劇場も消毒、入場者数や上映回数に制限を設けるなど、さまざまな防疫上の配慮と工夫をしながらお客さんをお待ちしています。ですから、状況が許すかたはぜひ『本物の映画館』に足を運んでいただけたら幸いです。それが難しい場合は、いましばらくの間、『仮設の映画館』を利用していただければと思っています」(石川)

(c) Temporary CINEMA
(c) Temporary CINEMA

「仮設の映画館」

http://www.temporary-cinema.jp

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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