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アオザイ旋風を起こしたベトナム発のファッション映画。日本のカワイイ文化がヒントに!

水上賢治映画ライター
映画『サイゴン・クチュール』 グエン・ケイ監督 筆者撮影

 「ベトナム」と聞いて頭に思い浮かぶことは何だろう?真っ先にイメージするもののひとつに、ベトナムの伝統的な民族衣装「アオザイ」があるのではないだろうか。

 本作『サイゴン・クチュール』は、ベトナム国内はもとより世界で「アオザイ旋風」を巻き起こしたという大ヒット作になる。

ベトナムの若い女の子にアオザイは不人気。そのイメージを変えたい!

 監督と脚本を手掛けたグエン・ケイはベトナム映画界のヒットメイカーといわれるほど成功を収めている注目の女性クリエイター。アオザイに着目した点について彼女はこう明かす。

「よくベトナムの記者にも言われるんです。『あなたはなぜ古い時代のものが好きなのですか?』と。これまで発表した作品もひと昔前のことで、確かに古風なものが好きなところがあります。慎重派で保守的な性格が多いとされる山羊座だからかもしれません(笑)。

 だから、わたしはアオザイはベトナムが世界に誇るファッションだと思っています。でも、アオザイはいまのベトナムの若い女の子たちにとっては古臭いものという認識があるんです。ティーン世代はできれば洋服を着たい。ただ、ベトナムにおいてアオザイは高校の制服になっていて、一番多感でおしゃれをしたいときに、半ば強制的に着せられている感覚がどこかにある。それから、おかあさんもおばあちゃんも着ていたから『あなたも着なさい』といったような、いわば押し付けられているものとの印象もある。だから、若い女の子たちは敬遠し気味なんです。

 そのイメージを一新できないかなと思ったんです」

映画『サイゴン・クチュール』より
映画『サイゴン・クチュール』より

 そういう思いに至ったきっかけは実は「日本」にあった。グエン監督はアメリカ、イギリス、日本の映像分野でキャリアを培っている。日本では2008~2013年にNHKで放送されていた情報番組「東京カワイイ★TV」の「kawaii project」に参加している。ここでの経験が今回生きていると打ち明ける。

「わたしが『東京カワイイ★TV』に携わっていたのは2010年のこと。実はその少し前に、ロサンゼルスで映画製作をしていました。そのころ、ベトナムの若い人に向けた何かを描こうと思っていたのですが、アメリカの若い女の子たちの考えや好きなことと自分の間にはちょっと距離があるというか。相通じるものがあまり感じられなかったんです。

 でも、『東京カワイイ★TV』をみたときに、『これはいい』と思ったんです。当時、ベトナムにはティーンに向けた番組はほとんどありませんでした。こういう番組を作ったほうがいいと思ったんです。それで、NHKに連絡をして、運よく携わることができてその制作現場を見ることができました」

 このときの経験は忘れられないという。

「ベトナムやアメリカにいたとき、周囲の知人と日本の話になると必ず『伝統』という話がでてきた。着物やお寿司など、とにかく古いものを大切にする国だと。

 ただ、『東京カワイイ★TV』の取材でわかったことは、もちろん古い伝統や文化を大切にしているところもある。でも、日本には若い世代が自ら新しい何かを発信するようなところがある。渋谷や原宿、秋葉原など独自に発展した文化があることを初めて知りました

 当時、アメリカで映画を作っていた知り合いに東京に行くことを伝えたら、『東京で撮影するなんて無謀だ。みんな常に走っているし、夜遅くまで働いている。楽しいことなんて何もない。ブラックな仕事になるよ』とさんざん脅かされたのですが(苦笑)、蓋を開けてみたら楽しいことばかり。ファッションや、食べ物とか、若者向けのものがきちんと存在していることに驚きました。そうそう、メイドカフェにも行きましたよ(笑)

ベトナムの伝統衣装「アオザイ」に「カワイイ」を見い出す!

 この経験が『サイゴン・クチュール』へとつながっているという。

「いまのベトナムの若い人たちは、アオザイに対して辟易している。そのイメージをどう変えるか?若い人にアピールできること、何か新しいことを提案できる可能性はないか?

 そのときに、『東京カワイイ★TV』のことを思い出しました。とにかく『かわいい』というコンセプトがすばらしい。ベトナムにはこうした観点から作られたものがほとんどないのです。でも、若い人たちはいつもかわいくて楽しいものを求めている。香港だろうと中国だろうと、ベトナムだろうと、アメリカだろうと、ヨーロッパだろうと、みんな『かわいいもの』は好きなんですね。それは変わらないんです。

 アオザイの中にかわいい局面を見い出していく。そうしてできたのが今回のストーリーなのです」

映画『サイゴン・クチュール』より
映画『サイゴン・クチュール』より

 確かに作品はかわいさと楽しさがあふれている。9代続くアオザイ仕立て屋の娘ながら最新ファッションが大好きなニュイを主人公にした物語は、ポップな音楽が盛り込まれて軽快で、映像の色彩も豊かで遊び心が満載。1969年から現代のベトナムへと彼女がタイムトリップしてカルチャーギャップで騒動を巻き起こすコメディ作の要素もある一方で、代々続く仕立て屋を守る母と娘の確執と愛情を見つめた親子ドラマでもある。また、アオザイのコレクションのファッション・ショーといった趣もある。

とにかく若い世代、とりわけ女性にみてもらえる魅力的な物語にしようと思いました。そして、アオザイの魅力をもっとアピールしたかったので、ファッションにはこだわりました。カラフルでキャッチーで目でみるだけで楽しく、そして『kawaii』映画になったと思っています

アオザイのファッションから見えてきたベトナムの歴史

 改めてアオザイの歴史をリサーチして、こんなことを発見したという。

「あくまでわたしの見解なのですが、ベトナムという国を改めて考える機会になりました。

 たとえば、ベトナムの料理というのは、簡単に食べられて、簡単に作れる。それで、決まった手順はなくて人によって作り方が違うんですね。日本の和食のように、最初に出汁をとってみたいな、型がない。あるコンセプトがあって、その中で応用が利く。

 アオザイも同じ。前と後の生地を合わせて作るというコンセプトはある。でも、それ以外は自由。丈が短いものもあれば長いものもある。素材もなんでもいい。模様も自由で、刺繍をしてもいいし、それがプリントでもいい。

 これはベトナムの歴史に起因しているのかもしれません。1950年代、南ベトナムが陥落したら、すべて共産圏になってしまうという危機感から、アメリカはベトナムを支配しようとしました。その前の過去にも、古くは中国、そしてフランスに支配されています。その影響か、ベトナムはどんな文化に対してもオープンなところがあります。どんな文化でも広く受け入れる土壌が生まれた。ベトナムはフレキシビリティがある。そんなことを考えながら、ベトナムとアオザイの歴史を考える貴重な時間になりました」

ベトナム新世代の女性クリエイターたちが結集

 最後になるが、本作は、グエン・ケイ監督を筆頭に、これからのベトナム映画界を牽引していくかもしれない女性クリエイターたちが総集合しているといっていい。製作を担当しているのはふたりの女性。ひとりは、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』への出演でも知られ、現代のベトナムを代表する大女優で映画製作にも進出しているゴ・タイン・バンで、彼女は主人公ニュイの母役も務めている。もうひとりのトゥイ・グエンは、ベトナムを拠点に世界で活躍するデザイナー。彼女はファッションがキーポイントとなる本作のコスチューム・デザイナーを務め、大きな役割を果たしている。

「ベトナムの映画界において、女性のクリエイターはまだまだ少数でメインストリームにいるとはいえません。ただ、映画において女優の存在は不可欠です。女優がいないと映画は成り立たない。だからこそ、女優のゴ・タイン・バンさんのような方が製作スタジオを設立して積極的に映画界に進出することは大きい。彼女が切り拓いた道は、必ず今後のベトナム映画界にいい影響をもたらすことと思います。女性の作り手たちにとっても心強い存在だと思います。

 わたし自身、今回、ゴ・タイン・バンさんとトゥイ・グエンさんに出会えなければ、今回のプロジェクトは成し遂げられなかったといっていいでしょう」

映画『サイゴン・クチュール』より
映画『サイゴン・クチュール』より

『サイゴン・クチュール』

現在、新宿K’s cinemaにて公開中

場面写真はすべて(C)STUDIO68

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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