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同性カップルの切なる願いとは?LGBTQ映画のその先の未来に踏み込んだ『バオバオ フツウの家族』

水上賢治映画ライター
映画『バオバオ フツウの家族』より (右)が蔭山征彦

 ここ数年、世界ではLGBTQをテーマにした作品が数多く誕生している。日本で公開される映画からも、それは感じられるのではないだろうか?

 そして『WEEKEND ウィークエンド』のアンドリュー・ヘイ監督らの登場で、かなりデフォルメしたり、特別視して描かれることが多かったところから脱し、LGBTQの実情や日常を丹念にすくいとった、いわば等身大の性的マイノリティの姿を収めた映画がようやく出始めるようにもなった。

 現在公開中の台湾映画『バオバオ フツウの家族』も、LGBTQ映画の中に入る1本だ。

LGBTQに関する映画の枠を超えて、これからの家族の未来像を見つめる

 ただ、本作は、LGBTQに関する映画の枠を超えるというか。もう一歩、新たな領域に踏み込む。これからの未来に増えるであろう家族像を見つめる。

 同性のカップルが「子どもをもつ」という、シビアなテーマに真摯に向き合いながら、さらには、同性カップルが子どもを持つという、現段階ではまだまだレアなケースをもって、これからの時代の家族の在り様を見つめる。

 本作の出演者のひとりで、ほかのキャストに先立ち、脚本に目を通したという日本人俳優の蔭山征彦は、その印象をこう語る。

「2012年に主演を務めた台湾映画『父の子守歌』のカメラマンが、実は『バオバオ フツウの家族』のプロデュサーで。そのときの僕の芝居がとても印象に残ってくれたみたいで、いつかまた一緒に仕事がしてみたいと思っていてくださった。ということで、俳優陣ではまず僕が一番先に脚本を読ませてもらった次第です。

 印象としては、近年、LGBTを主題にした映画は、台湾に限らず、世界中に沢山ある。でも、今回の作品は、(同性カップルが)子どもを持ちたいと願う事にフォーカスしていた。そこが珍しいし、新しいと思いました

映画『バオバオ フツウの家族』より
映画『バオバオ フツウの家族』より

 映画は、ロンドンに住むジョアンとシンディ、チャールズとティムという2組の同性カップルが主人公。この双方のカップルの関係はどこか似ている。

 まず、会社に勤務するジョアンは、画家のシンディと偶然の出会いから恋愛に発展。同棲をする中で、シンディは家庭を築くことを望み、ジョアンもまたそのことを意識するようになる。

 ジョアンの性格は仕事をバリバリこなす、キャリアウーマンタイプ。画家のシンディはアーティストらしく繊細な感性の持ち主だが、自分を押し付けたりはしない。ジョアンはそんな彼女にどこか心の安らぎを求めている。

 もう一方の同性カップルのチャールズは、ジョアンの会社の取引先に勤務。ジョアンとは友人で、同志のようでもある。同性の恋人、ティムは台湾在住の植物学者。そのティムが研究のため、ロンドンに長期滞在することになり、彼らもまた家庭を築くことを強く意識し始める。

 チャールズは、ジョアンと同様で仕事ができるキャリア志向の切れ者。一方、恋人のティムは学者といっても頭でっかちの堅物ではない。広い心の持ち主で植物学者ということからこよなく自然を愛する。そのおおらかさは、ハードワークで神経をすり減らすことも多いチャールズにとって、唯一のオアシスになっている。

 実は、このジョアンとシンディ、チャールズとティムの関係及び性格の対比は、重要な意味を持つ。とりわけ仕事人間のジョアンとチャールズは、ロンドンでアジア人が認められることの困難を体現。どちらかというとパートナーの意見にひっぱられて家庭に目覚める。一方、シンディとティムは自分らしく生きることを模索。その延長線上として家庭があり、さらにその先に自然な形で子どもをもつ生活を視野に入れている。

 蔭山はこう語る。

「ジョアンとチャールズは似た者同士。英国在住の先輩後輩として、また同志として、お互いを良き理解者として認識している。白人社会の中でアジア人が頭角を表すには、ずばり能力を示すしかない。それは自分自身が海外で孤軍奮闘してきたことから経験値としてわかる。だから、チャールズがいばらの道を歩んできたことは容易に想像できます。おそらくジョアンも同じだと思います。厳しい現実と向き合う毎日がある。だからこそ、彼らはそれぞれパートナーに安らぎを求めたんだと思います。どこかほんわかとしたタイプを選んだのは自然だと思いました。人間は誰しも自分には無いものを求めるのもの。無意識にバランスを取ろうとするのではないでしょうか」

ロンドンで一堂に会した、男性カップルと女性カップルの子を持つ願い

 こうしてロンドンで一堂に会した4人が計画したのは共同での妊活。ジョアンは子どものいる家族を願うシンディのため、チャールズは孫を切望するティムの母親に認めてもらうため、子どもの誕生を願う。

 最終的に4人は病院での体外受精を選択。ジョアンとシンディの卵子にチャールズとティムの精子を注入してできる2つの受精卵をシンディの戻して、男の子と女の子を出産する計画を立てる。

 幸運にもシンディは双子を妊娠。男の子はジョアンとシンディが、女の子はチャールズとティムが育てる約束で話はまとまる。

 しかし、事はそう思い通りに進まない。子どもを産むことへの不安、親になることの覚悟、それぞれの家庭を持つことに対する考え方の相違、母性、父性、シンディの妊娠から出産に至る過程でさまざまな問題が露呈。作品は、同性カップルが直面する様々な問題を見つめながら、通常の男女のカップルであっても妊娠から出産で起きるであろう問題や困難を提示していく。そういう意味で、LGBTQについての映画ではある一方で、子の誕生を待ち望むカップルの普遍的な生活の営みを収めたドラマともいっていい。

 蔭山はこう語る。

「ジョアンとシンディ、チャールズとティム、この二組における最大の違いは、ロンドンにおける社会的地位だと思います。ただ、その違いがあっても、愛する人と幸せになりたいと言う願いは、目の前にある様々な問題を乗り越える原動力になる。そのことをこの作品は描いている。そこに同性カップルということはあまり関係ない

映画『バオバオ フツウの家族』より
映画『バオバオ フツウの家族』より

何をもって「親子」とするのか、「普通の家族」とはいかなる関係か?

 4人の目指す家族のカタチは、何をもって「親子」とするのか、「普通の家族」とはいかなる関係をもってそう言えるのか?など、さまざまな問いを投げかける。同時に、もっと血のつながりだけではない。いろいろな結びつきもつ家族があっていいのではないかというメッセージが隠されているようにも映る。

 蔭山はこう明かす。

「僕はこの家庭環境ならば、きっと色々な価値観を持った子供が育つのだろうなと思いました。それはすごくすばらしいことだと僕は思います」

 本作は台湾映画。ご存知の方もいると思うが、台湾はアジアで初めて同性婚が認められたところでもある。台湾を拠点に活動をする蔭山は自分なりの肌で感じる現状をこう明かす。

「確かに台湾では、街中でLGBTのカップルが手を繋いでいたり、抱き合ったりしている光景を見かけます。日本と比べれば明らかにオープンであると思います。しかし、それをタブー視する人たちがいるのも当然です。

 今回、同性婚が社会的にも法律的にも認められた事は勿論、僕としては賛成ですが、四半世紀、半世紀先に何らかの影響が出るとも思います。思春期を迎えた子どもたちの選択肢が一つ増えたわけですから、異性愛者にも無関係な話ではないと、僕は考えます

 最後にこう日本のファンにメッセージを寄せてくれた。

「海外で活動している俳優にとって、主役の一人として参加した映画が、映画祭ではなく、母国で正式に上映される事を、とても嬉しく感じています。俳優であろうが脚本家であろうが、これからも魂を込めて作品を創りたいと思いますし、自分のやりたい事をしていける幸せをしっかりと噛み締めながら、自身も成長していきたいと思います。沢山の皆さんに観ていただけたら嬉しいです。宜しくお願いします」

 昨今のLGBTQを映画にありがちな、LGBTQに対する社会の無理解や窮状を声高にうったえた作品とは一線を引く『バオバオ フツウの家族』。来るべきこれからの社会の在り様について、考えるとともに、性的マイノリティだけではない人間同士の相互理解を深める1作といっていい

映画『バオバオ フツウの家族』より
映画『バオバオ フツウの家族』より

「バオバオ フツウの家族」

新宿K's cinemaほか全国順次公開中

写真はすべて(C)Darren Culture & Creativity Co.,Ltd

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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