Yahoo!ニュース

アフリカ最貧国から世界へ羽ばたく!14歳少年の偉業を映画化した『風をつかまえた少年』。名優が語る

水上賢治映画ライター
監督を務めたキウェテル・イジョフォー

 人口のわずか2%しか電気を使うことができないアフリカの最も貧しい国と呼ばれるマラウイ。そこで暮らす14歳の少年が、自らの手で風力発電のできる風車を生み出し、家族と村人たちを大干ばつの危機から救う! 今こういう希望と未来のある物語こそが個人にも世界にも必要ではないか? 映画『風をつかまえた少年』は、素直にそう思える1作だ。

 原作は世界23カ国で翻訳されているベストセラーの同名ノンフィクション。日本の池上彰氏や、アル・ゴア元アメリカ副大統領、アンジェリーナ・ジョリーらも絶賛した同作を、『それでも夜は明ける』『オデッセイ』などで知られるイギリス・ロンドン出身の人気俳優でナイジェリアにルーツを持つキウェテル・イジョフォーが自らの手で映画化した。

 この原作との出会いや映画化しようと思った理由は?忙しい撮影スケジュールの合間を縫ってキウェテルが電話インタビューで応じてくれた。

人生における苦難をどう乗り越えていくのか

 まず、彼が原作「風をつかまえた少年」を手にしたのは今から約10年前の2009年とのこと。原作には大いに感動したと明かす。

「本を読んでいろいろな理由で感動した。とりわけ感動的だったのは、人生における苦難をどう乗り越えていくかというところ。人は誰もが人生においてさまざまな困難に直面する。その苦難にどう向き合い、どう解決するのか。さらに言えばそういった危機を前に、嘆いてばかりではなく自ら動いて解決の糸口を見い出すことの大切さについて原作は教えてくれる。この真実の物語の中に存在する、ポジティブさや希望はそこに起因している気がする。いずれにしてもすばらしく感動的な物語だと思ったよ」

 その上で、自身が監督を務めての映画化を望んだ理由をこう語る。

「まず、自分自身が関心を持てるテーマだった。そして、アフリカにルーツを持つ僕が自分自身の問題であると感じたテーマでもあったのは、監督をする大きな決め手になったことは確かだね

 作品の舞台はアフリカのマラウイ。原作に触れる前、同国にはこんなイメージを抱いていた。

「マラウイの地理的なこと、貧困国であること、小国で数年前に大変な飢饉に見舞われたこと。実は原作を読むまでの知識はそれぐらいしかなかった。でも、原作を読んでマラウイという国やそこに暮らす人々のことをもっともっと知りたくなった。それぐらい原作はマラウイのことがいきいきと書かれている。それは僕のイマジネーションをすごく刺激してくれることでもあったんだ」

映画『風をつかまえた少年』より
映画『風をつかまえた少年』より

だからこそ、映画化に際しては、実話という事実を大切にしながらも、自分の感じた感動をそのまま描き出すことを心掛けたという。

「僕が本を読んだときに感じたマラウイという国の温かさや人間の豊かさをそのまま描きたいと思ったんだ。その中心にいるのは、やはり主人公で原作者のウィリアムにほかならない。14歳で中学校に通えることになったものの、彼は学費が払えなくなってしまって退学せざるをえなくなる。でも、図書館でエネルギーの作り方の本を手にして、大干ばつで農作物が作れなくなった親と村民を救うため、風力発電装置を作り、村と自分の未来を切り拓く。彼の成し遂げたことはほんとうにすばらしい。その感動を映画を観た方にも感じてもらいたいと思った」

 あとひとつ留意したことがあった。

「ウィリアム・カムクワンバの物語であるとともに、カムクワンバ家の家族史でもあるということかな。人というのは当然だけど、1人の個人として突然、形作られて存在するわけではない。先祖からつながって、いまの自分が存在する。ある意味、ウィリアムが起こすことというのは、カムクワンバ家の歴史と密接につながっていると思うんだ。個人というのは家族が歩んできた歴史を背負っている。14歳のウィリアム少年も当然、これまでの家族の歴史を背負っている。なにかを代々受け継いでいる。そのカムクワンバ家の家族史というか。彼らが受け継いできたといっていい、たとえば父のトライウェルの実直さや正義感、母のアグネスのたくましさ、そういったことも感じられるようにしようと心掛けたよ」

 その原作者のウィリアムに実際に会ったときの印象をこう明かす。

「彼はすごく正直で誠実な人間だと思う。たとえば、作品が完成して初めて観てもらったとき、僕自身は彼の物語をパワフルにしっかり描けたと自負していたから、彼は絶対気に入ってくれると思ったんだよね。ただ、彼の反応は予想とはちょっと違うものだった。まっすぐに自分が感じたまま、『人生の辛いときの記憶が甦る』と打ち明けてくれたんだ。そのときに、いかに彼が誠実で洗練された人間であるかを実感した。彼は自分の真実を真っ直ぐに語ることができる人。その正直さが原作の魅力で、僕自身、彼のそういう人間性に心を惹かれたことに改めて気づいたよ」

アフリカにはまだまだ世界に知られていない美しい物語がある

 近年、本作のような内戦や紛争だけではない、アフリカの日常や内実を描いた作品が増えつつある。アフリカにルーツをもつ自身がアフリカを映画で描くことの意義や意味をこう明かす。

「マラウイだけではなくて、アフリカ大陸にはまだまだ世界に知られていない美しくてすばらしい物語がたくさんあると思うんだ。実際、僕は世界中に喜びやインスピレーションを届けられるような物語があることを知っている。でも、ほんとうのアフリカを描き、世界中の人々に届くような作品って、今までさほどなかった気がする。それが、もったいないという気持ちがずっと僕の心の中ではくすぶっていた。あれだけ広大な大陸で、多くの人間が住んでいる。そこには素晴らしい体験が待っているし、その土地土地の物語がある。僕自身、マラウイで、今回の映画を作れたことはすごく豊かな体験だった。美しく、人間的な物語はまだアフリカにはたくさんある。もっともっと真のアフリカを描いた映画が登場することを願っているよ。僕自身もまたそういう機会がめぐってきたらうれしいね」

俳優業、監督業ともにこれからも情熱をもってトライしていきたい

 1997年に『アミスタッド』で映画デビュー。以来、『それでも夜は明ける』をはじめ話題作への作品が途切れることなく続き、俳優として輝かしいキャリアを誇る。その中で迎えた今回の長編監督デビュー。監督業は自身にとってどんな位置づけになっていくのだろう。

「自分にとっては演じることも、監督することも脚本を書くことも、ある意味、全部同じプロセスだと思っている。今回、とても幸運だったのは、惚れ込む原作に出会えたこと。そして、製作する過程で出会ったみんなも、このストーリーに惚れ込んでくれ、これを映画として表現したいと思ってくれたことにほかならない。こんなふうに自分がやりたいと思ったことが、多くの仲間に支持されて実現していくというのは、簡単なように見えて簡単じゃないからね。今回の『風をつかまえた少年』が僕の初監督作品になったことは、ほんとうに運がよかったと思う。自分が心からやりたいと思える題材に巡り合って、強い想いをもって挑むことができたわけだから。俳優をやるにしても、監督をやるにしても、僕は同じクリエイティブな作業として、そのことに強い情熱と愛をもって挑みたいと思っている。その気持ちさえあれば、どんな困難だって乗り越えられる。俳優業も、監督業も、そういう情熱をもってこれからもトライしていきたいと思っているよ」

映画『風をつかまえた少年』より
映画『風をつかまえた少年』より

『風をつかまえた少年』

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開中。

(C) 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC(掲載写真すべて)

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事