Yahoo!ニュース

日本プロボクシング界に物申す!反逆?いや正義を貫くボクサーの言い分とは?

水上賢治映画ライター
武田倫和監督(左) 山口賢一氏(右)

 現在公開中のドキュメンタリー映画『破天荒ボクサー』は、日本のプロボクシング界を敵に回したひとりのボクサーのドキュメントだ。男の名は山口賢一。元WBOアジア太平洋スーパーバンタム級暫定王者というキャリアを持つ。

 何やら敵に回したとなると彼に非があると思われるかもしれない。でも、本作に記録された事実を並べ、客観的に見てみると、そうは思えない。むしろ日本プロボクシングコミッション(以下JBC)の理不尽な対応が明るみになる。

 現在もJBCと袂を分かつ山口氏と、その現場に立ち会った武田倫和監督の主張にまずは耳を傾けてほしい。

当初は世界チャンピオンを目指す山口の密着取材のはずだった……

 この作品はいまから10年以上前の2007年から始まる。二人の出会いもまたそのころにあった。

「次回作をどうしようかと思案しながら沖縄を旅行していたんです。そのとき、たまたま知人の食事会に合流したんですけど、そこに山口さんがいた。実は奥様とは知り合いで、山口さんのことは知っていたんですけど、ほぼ面識はなかった。会話をもつ中で、『次の被写体を探している』といったことをいったら、『俺しかおらへんやんけ。撮ったらおもしろいで』ということで始まったんです」(武田)

 ただ、当初は世界チャンピオンを目指す山口の密着取材を想定していた。

「本人が日本で世界戦をやって世界チャンピオンになるというので、あくまでそこまでを追いかけていこうと思っていたんです。それが、実現に向けて彼が何かアクションを起こすと、JBC側から横やりが入ってご破算になる。僕はボクシング界に明るい人間じゃない。でも、社会通念に照らし合わせても『日本のプロボクシング界はなんかおかしいぞ』と思える、嫌がらせが続く。だから現実的にはその一部始終を押さえただけなんです」(武田)

日本ボクシング界の常識は非常識?

 そもそも山口が日本ボクシング界に疑問を感じたのは、ジムに入る前から始まっていたかもしれない。

「僕はもともと野球少年。でも、よく行くうどん屋のおばちゃんに『あんたボクシングやったらと』誘われ、チケットくれたから試合を見に行った。そこでやってみるわとなって、紹介されたジムに行ったら、狭くて汚くて選手にも覇気を感じられない。で、近所にもう1つあったんで、行ったら、きれいで大きい。選手にも活気がある。これで同じ月謝の料金。だったら、環境のいい方にいきますよね?このときはさほど疑問に思わなかったけど、よくよく振り返れば、この月謝の件からして僕はどこか違和を感じていましたね」(山口)

 大阪帝拳に所属した彼はデビューから11連勝。将来を嘱望されるボクサーへ成長していく。ところが次は日本タイトルマッチかと、周囲の期待が高まる中、いっこうに試合が組まれない。ジムに理由を聞いても「次はできる」の一点張り。ついに試合が組まれることはなかった。

「なんのスポーツでもそうだと思うんですけど、目標があってそれに向かって練習を積んでいくわけです。なのに勝っても勝ってもタイトルマッチが組まれない。選手としては自分が1番いい状態のとき、タイトルマッチに臨みたいですよ。でも、日本の現行のシステムでは選手の勝手は許されない。ジムの意向が1番の優先事項。その選手を生かすも殺すもジム次第なんですよ。その頃には、僕もいいときに試合が組まれないでキャリアが終わった先輩を多くみていた。モチベーションを保てず、辞めてく選手もいっぱいおる。これは自分も同じ目に遭うかもなと思い始めたわけです」(山口)

 いい選手が飼い殺しのなる可能性。素人考えだと、それはジムにとっても不利益なわけで、きちんと選手をプロデュースしてあげれば、いいのではないかと単純に思うのだが、そうはいかないらしい。

「自分がプロモーターをやってわかりました。ジムとしては経営が先に立つんです。選手はいわば商品。たとえば、僕は11連勝しましたけど、そうするとファンも多くついて試合をやれば観客が入る。まあ、1試合で何百万かの利益あるわけです。そうなると、下手に負けさせたくない。タイトルマッチはなるべく先延ばししたい。ジムの経営者としてはできるだけひっぱりたくなるんですわ」(山口)

 タイトルマッチが組まれないまま、数年が流れ、我慢の限界がきた山口は、JBCに引退届を提出する。

「僕の後援会長さんが周囲に言って回るわけですよ。『近くタイトルマッチやるので山口を応援してください』と、僕のために。それが待てど暮らせど組まれないから、『やるやる詐欺』みたいになってくる。それで、ジムの会長にきくとのらりくらりで最終的には『そんなこと言っていない』と。ジムには僕を強くしてくれたことには感謝してますけど、これはダメだと辞めることにしました」(山口)

 日本ボクシング界に見切りをつけた山口は、単身海外へ。そこでボクサーとして再出発を図ると同時に大きなショックを受ける。

「海外に行ってすぐ気づきました。『日本のボクシングと海外のボクシングは全然違う』と(笑)。日本はシステムが悪すぎる。海外でジムといったら貸し出す場所でしかない。いつでも練習することができる。プロのトレーナーがきちんといて、選手は自分で雇って習いたい人に習える。日本のジムでは好きなときに練習できないし、トレーナーの選択権もジムにある。そのトレーナーはボランティアがほとんどでトレーナーとして生計を立てている人はどれほどいるか。ジムの移籍も許されない。アスリート・ファーストがこれだけスポーツ界で浸透してきているのに、日本のボクシングはすべてがジム、もっといえばジムの会長ありきなんですよ」(山口)

 海外のボクシング関係者やファンからはこんな声をかけられたと明かす。

「かれこれもう10年前になりますけど、当時は日本から海外に挑戦するボクサーはほとんどいなかった。ほかのスポーツの日本人選手はどんどん海外を主戦場に羽ばたいていっているのに、僕から言わせたら日本は鎖国状態。海外のボクシング関係者からこういわれましたよ。『日本のボクシングはおかしい。なんで日本人選手は海外でやらない。なんでチャンピオンが挑戦相手の日本にわざわざ行かなあかんのか』と。それぐらい海外からしたら疑問だらけですよ」(山口)

なぜ、パッキャオもメイウェザーも日本では知られていなかったのか?

 こうして闘いの場を海外に移した山口は、当時JBC非公認のWBO(世界ボクシング機構)でアジア太平洋スーパーバンタム級暫定王者になる。続いてメキシコで、敗れはしたものの日本人初のWBO世界タイトルマッチに挑む。2013年には同じくJBCに引退届を出した高山勝成をサポート。高山はこちらも当時JBC非公認のIBF(国際ボクシング連盟)で世界ミニマム級王者となる。するとJBCはこれまで非公認としてきたWBOとIBFの2団体を承認。JBC選手資格のない山口は主戦場を別に求めざる得なくなる。

「JBCのルールにたてつくやつは、気に入らんと、つぶしにかかるということですわ。ほうっといたらええやんと思うんですけど(笑)」(山口)

 作品内では、OPBF(東洋太平洋ボクシング連盟)から山口のもとに世界タイトルマッチのオファーが。これをつぶしにかかるJBCとのやりとりが収められている。

「嫌がらせはこれだけではない。映画には出していませんけど、ほかにもいっぱいあります。詳細は明かしませんが、あるオファーがきたので了承したところ、その後、連絡が一切こない。どうしたことかと思って問い合わせたら『圧力がかかった』と。WBOの本部いって、事の真相をききましたけど、ここまでするかと逆に驚きましたわ(笑)。そこからは僕も考えて、事前まで情報を出さなかったり、いったんキックボクシングルールで組みながら、直前にボクシングルールに変えてたりして、だしぬけをくわせましたわ(笑)」(山口)

(C)ノマド・アイ
(C)ノマド・アイ

 皮肉なもので、山口と高山が挑戦したことでJBCは非公認にしていたボクシング団体を追認。結果的に、まだ世界は広く、さまざまな最強ボクサーがいることを我々は知ることになる。この道筋をつくったのは、山口と高山といっていいだろう。

本当の強さってなんやねんと思うんですよ。世界を目指しているのに、日本のジムに所属していると世界に行けないってどういうことって。メイウェザーやパッキャオが知られたのはここ数年のこと。それまで、日本のファンはほとんど知らなかった。なぜ、あれだけ世界を熱狂させ、最強のボクサーといわれている選手を知らなかったのか?そのことをよく考えないといけない。日本のボクシング界が鎖国状態だからですよ。JBCしか海外ルートがないと今でも多くのボクサーが思っている。でも、そんなことないと声に大にしていいたい」

 ただ、これだけネット環境が整い、世界の情報が得られる時代。ボクシング界も変革の時を迎えているのではないだろうか?

「僕はけっこう楽観視していて、否応なく変わるんじゃなないかなと。現行のジム制度はいずれ成り立たなくなる。プロ意識の高いボクサーほど、海外に目を向ける。優秀な選手ほど不満を覚えると思いますよ。僕や高山のようなボクシング人生もあることを知ってほしい」(山口)

 最後にこう訴える。

「タイトルは『破天荒ボクサー』ですけど、僕自身はやってきたことは確かにこれまでになかったので破天荒かもしれない。でも、ボクサーとしてはきわめて常識人。まっとうで外れたことは一切やっていない。一般常識で考えてどっちの言い分が正しいか映画をみて考えてもらえれば。あとはまあ、かっこいい結末とはいえないですけど、僕の挑戦の日々を見てもらえたらと思います」(山口)

「山口さんといっしょに僕も闘った日々の記録と思っている。スポーツ界では、団体と選手、指導者と選手の間をめぐってここにきてさまざまなトラブルが起きている。この映画が記録したことも、根底ではつながっている気がする。巨大な組織のやり方に正面から疑問を投げかけた山口さんの姿は、いろいろとわたしたちに教えてくれると思います」(武田)

 日本ボクシング界の問題点をその目で確かめてほしい。

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事