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「ネクスト・モンスター」中谷潤人が圧勝で二階級制覇。次戦は「チャンピオンなら誰でも」

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
強烈フィニッシュ!(写真:Mikey Williams / Top Rank)

取材できたのは誇り

 中谷潤人の存在を意識したのは4年前の2019年7月、当時WBAスーパー・IBF世界スーパーバンタム級統一王者だったダニエル・ローマン(米)にインタビューした時だった。日本でWBA王座の獲得と防衛を果たしていたローマンは、来日時にM.Tジムの関係者を通じて「ジュント」のことを知ったという。そして「あの選手は強くなりますよ」と太鼓判を押した。

 正直、私は有望新人ぐらいの認識だったが、当時の専門誌を読み返すと、すでに日本フライ級王者に就いており、WBC同級2位にランクされていた。彼に直接会って取材したのはコロナパンデミックが始まる前の20年1月。彼は師事するロサンゼルスのルディ・エルナンデス・トレーナーの自宅に間借りしながら特訓に明け暮れていた。

 世界挑戦スタンバイの状態だった中谷にようやくチャンスが巡ってくるのが同年11月。ジーメル・マグラモ(フィリピン)との決定戦で8回KO勝ちを飾り、WBO世界フライ級王者に就く。翌21年はコロナ禍の影響もあり、試合は米アリゾナ州で行った防衛戦のみ。その米国デビュー戦(相手はアンヘル・アコスタ=プエルトリコ)で強さを印象づけた中谷に再会したのは昨年の夏。初対面から2年半経っていた。その後もう一度ロサンゼルスに出かけて取材。そして先月末、2階級制覇を目指し、WBO世界スーパーフライ級王座決定戦に向けて合宿中の中谷に会った。

 これまで彼に話を聞いたり、写真を撮影できたりしたことを私はひそかに誇りに感じている。マロニー戦で、彼が見せてくれた強烈なKOシーンと試合のパフォーマンスにシビレないボクシングファンはいないだろう。

序盤から倒し優勢

 ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで20日(日本時間21日)行われたWBO世界スーパーフライ級王座決定戦は1位中谷潤人(M.T)が2位アンドリュー・マロニー(豪州)に最終12ラウンド2分42秒KO勝ち。フライ級に続く2階級制覇に成功した。

 2ラウンド、左アッパーカット2発から右アッパーカットでマロニーをキャンバスに落下させた中谷はカウント後、なおも右アッパーを決める。しかし続く3回、ヘッドバットが発生し、中谷は眉間に近い額をカット。ドクターチェックが入り、以後しばらく出血に悩まされる。それでも名カットマンでもあるエルナンデス氏の止血で大事には至らず、ダウンを奪った左右アッパーを主武器に試合ペースをキープする。

 5回終了時にガッツポーズを見せた中谷は次の6回、左フックを命中させる。だがマロニーも右強打を返して引く素振りを見せない。4月末の取材で「マロニーはボディー打ちも持ち味で運動量が多く全体的にまとまっている。相手として不足はなく、実力を発揮するには格好の選手」と評価した中谷。6,7回あたりマロニーに攻め込まれる場面もあったが、要所で左ボディー、左右アッパーを見舞って主導権を渡さない。

マロニー(右)に左アッパーを突き上げる中谷(写真:Mikey Williams / Top Rank)
マロニー(右)に左アッパーを突き上げる中谷(写真:Mikey Williams / Top Rank)

強烈左フックで仕留める

 挽回の糸口を探そうと努めるマロニーに、8回、サウスポーの中谷は距離を置いたアウトボクシングで対処。左右コンビネーションも繰り出して攻防をコントロールする。このあたりは今回のロサンゼルスキャンプで300ラウンド以上のスパーリングを積んだ成果の一つだろう。この自由自在さが「ネクスト・モンスター」中谷のストロングポイントである。

 さすがのマロニーも10回あたりからペースが落ちる。迎えた11回、中谷の鮮やかな左ストレートが命中してマロニーはたまらず背中からダウン。レフェリーのカウント9で続行に応じる。勝利にダメを押したように思えたが、クライマックスは最終回に残されていた。

 最後の力を振り絞って立ち向かうマロニーに中谷はまたもアッパー系を中心にパンチを散らす。ゴールテープは間近、判定決着が見えてきたところで放たれた左フック。映像で確認すると、明らかに狙っていた一撃に思える。食らったマロニーは体が硬直したように轟沈。倒れた衝撃で後頭部をキャンバスに打ちつけていた。4月、東京で行われた寺地拳四朗(BMB)vsアンソニー・オラスクアガ(米)のWBC・WBA世界ライトフライ級タイトルマッチを裁いたマーク・ネルソン主審は即座に試合をストップした。

中谷潤人vsアンドリュー・マロニー

メインのライト級4団体統一戦を食う?

 この試合はデビン・ヘイニー(米)vsワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)の世界ライト級4団体統一戦のアンダーカードでゴングが鳴った。当日は、このメインイベントを含めてPPV(ペイ・パー・ビュー=視聴者がコンテンツごとに料金を払って視聴するシステム)中継は3試合。中谷vsマロニーは、その一つ前に行われた。しかしスポーツ専門局ESPNとインターネット配信のESPN+で中継され、PPV中継の3試合よりも視聴者が多かった可能性がある。スペクタクルなKOシーンは今後の中谷のキャリア進行を加速させるに違いない。

 最後に会った時、中谷は「大きな舞台でやらせてもらえるので結果も内容も求められると思う。そこはプロというか。求められるものを発揮できるようにアクションを起こして行きたい」と話した。「KO勝ちを狙っているか?」と聞くと「その通りです」と即答。それをリングで実践し、しかも衝撃度抜群のフィニッシュブローを叩き込んだことで、前バンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)に次ぐモンスター性を内在していることを示した。

エストラーダ戦はファン垂涎カード

 前王者の井岡一翔(志成)が返上したベルトを受け継いだ中谷(25勝19KO無敗=25歳)は試合後「この階級で統一戦を実現させたい希望が強い。チャンピオンなら誰でもという感じです」と日本のメディアに発言。新たな目標を見据える。

 大みそかに井岡がドローに終わったWBA王者ジョシュア・フランコ(米)と3度対戦し、2敗1無効試合だったマロニー(25勝16KO3敗1無効試合=32歳)を倒したことで、対井岡、対フランコで中谷有利の予想が成り立ちそうだ。また6月に2度目の防衛戦を予定しているIBF王者フェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)とも分は悪くないとみる。そしてこのクラスの第一人者と目されるWBC王者フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)戦が実現すれば、ファンの胸をときめかせる対決となる。

4月下旬、ロサンゼルスで取材に応じてくれた中谷(写真:筆者)
4月下旬、ロサンゼルスで取材に応じてくれた中谷(写真:筆者)

 いずれの王者も今回イベントを主催したトップランク傘下の選手ではないだけに、交渉がスムーズに運ぶ保証はない。とはいえ、井上がプロモーター間の隔たりを超えて、スーパーバンタム級2団体王者スティーブン・フルトン(米)と対戦するように、実力と人気を兼ね備えた選手同士のカードは具体化するケースが少なくない。近い将来、中谷の統一戦が実現し、最後にエストラーダを引き出すことができれば、ストーリーは完ぺきだろう。

 他の王者たちはともかく、“ガジョ”(闘鶏)と呼ばれるエストラーダは「ビッグマッチ限定」のキャリア進行を公言している。エストラーダとの三部作で負け越した“チョコラティート”ことローマン・ゴンサレス(ニカラグア)も地元メディアに先が長くないと吐露している。まだ道のりは長いにしても、中谷が彼らに引導を渡す日を想像してしまう。今回の圧勝劇はそれほどのインパクトがあったと思う。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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