カネロもゴロフキンも去る?ストリーミング配信の巨人DAZNがボクシング撤退の危機

ゴロフキンがDAZNと契約して行ったのは2試合のみ(筆者知人からの提供写真)

カネロの訴訟で表ざたに

 コロナパンデミックによる中断から徐々にイベントが再開されているボクシング業界。2018年に試合中継のプラットホームとして華々しく米国に参入したスポーツ映像ストリーミング配信DAZNがトラブルに直面している。事が表ざたになったのは大型契約を結ぶ当代きっての人気選手、サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)が契約違反を理由にDAZNとプロモーターのゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)、同社のCEOオスカー・デラホーヤ氏を相手に280万ドル(約297億円)の損害賠償訴訟を起こしたことが原因。しかし問題は以前から存在していた。

 コロナ危機でスポーツ中継が軒並み中止になり、DAZNが甚大な打撃を被ったことは容易に想像がつく。だが同時にメディアから指摘されたのはコロナウイルスが蔓延する前から業績を軌道に乗せる対策が講じられなかったことである。契約件数が伸び悩んでいる噂が流れていたが、だからこそ、一発でも二発でもファン垂涎のカードを提供すべきではなかったか。具体的にはカネロと宿敵ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との第3戦を昨年中に開催していれば状況は少し違っていたかもしれない。たとえそれが予算を超えた支出であっても契約者たちをつなぎ留める効果があったのではないだろうか。

笑い者になったユーチューバー対決

 料金が当初の1ヵ月10ドルから20ドル(約2100円)にアップしたことは「それまでのPPVイベント1件で70ドル以上払うのに比べれば安い」という見方がされていた。1ヵ月単位で契約でき、解約してもキャンセル料は発生しない。カネロやゴロフキンの試合がある月だけ契約することができる。ボクシングだけではなく、サッカーなど他のスポーツを自由に観戦できるメリットもある。

 だが船出からわずか2年で目玉選手で広告塔と言われたカネロが離脱寸前になるとはどうしたことか。「DAZNのボクシング中継は今年限り。来年から撤退を余儀なくされる」という話も聞かれる。一つ確かなことはDAZNが米国のスポーツ市場にストリーミング配信という新規のビジネスを定着させようとしていたことだ。とはいえ、すべてがボクシングのコアなファンに受け入れられたとは言い難い。

 DAZN・USAの牽引者エディ・ハーン・プロモーター(マッチルーム・スポーツ)は昨年末あたりからKS1やローガン・ポールといったユーチューバー同士の対決を売り物にしている。彼らは一般のボクサーよりも知名度があり、関心が高いファンも少なくない。一時的に契約件数を増やす効果がある。だがしょせんは素人、色モノの試合。外野からは嘲笑が浴びせられていた。「そこまでやるのか?」ということだ。あまりにも短絡的な発想に思える。

カネロ側はとにかく試合をさせたい

 DAZNとともにカネロが提訴したGBPとデラホーヤ氏に対してカネロのマネジャー兼トレーナーのエディ・レイノソは「意見の不一致は以前からあった。ゴールデンボーイ(プロモーションズ)と素晴らしい関係にあったというのはウソだった」と告白している。そこへコロナパンデミックが襲来して両者の関係はよりこじれたとみる。今年はカネロが一度もリングに上がらない事態もあり得る。

デラホーヤ氏(右)とカネロの関係修復は不可能なのか(写真:GBP)
デラホーヤ氏(右)とカネロの関係修復は不可能なのか(写真:GBP)

 これに関してレイノソ氏は「こちらはどの試合でも歓迎。ビリー・ジョー・サンダースがいる、カラム・スミスもいる。セルゲイ・デレフヤンチェンコも。もちろんゴロフキンも。個人的に次はビリー・ジョーがいいと思っている。そして(スーパーミドル級の)空位の王座決定戦が通達されているアブニ・イルディリムもタイトルを争う価値がある。多くの人は彼のことを知らないけど、ナンバーワン候補になるかもしれない。またIBF王者のカリブ・プラントというオプションもある。ここに挙げた誰とでもこちらは歓迎する。でも試合をつくるのはプロモーターの仕事だからね」と一気にまくし立てた。

 前回の記事でGBPとDAZNが「できればやりたくない相手」と書いたトルコ人のイルディリムがナンバーワン候補というのは意外だが、それだけカネロとチームはリング登場を欲している証拠だろう。レイノソ氏は続ける。

 「今年はここまで活動ゼロ。願わくば1試合やらせたいね。ダメなら来年に備えてジムに戻って鍛えるだけ。他のアスリート同様、不活動はボクサーにも影響する。でも今は練習、学習、復習をジムで行うしかない」

 コロナという未曾有の危機でプロモーターはイベント開催に慎重にならざるを得ない。だが無観客試合にしてもGBPがカネロの試合を組んでいたら両者の関係は改善へと向かっていたかもしれない。あるいはレイノソ氏が「デリケートな問題」と明かすようにファイトマネーの配分などが軋轢が生まれた理由なのであろうか。

リング登場が待望されるカネロ。一人はさんで右がエディ・レイノソ氏(写真:DAZN)
リング登場が待望されるカネロ。一人はさんで右がエディ・レイノソ氏(写真:DAZN)

ショータイム社長「オファーは山ほどある」

 そうこうしているうちに有料チャンネルのショータイムが「カネロがフリーエージェントになればアグレッシブに接触する」という記事が米国メディアに流れている。コロナ危機を巧妙に乗り切り今年後半の注目マッチを次々に発表した業界のやり手、スティーブン・エスピノサ・ショータイム・スポーツ社長が経済誌フォーブスのインタビューで答えたものだ。

 これまでDAZNで3試合行ったカネロはその前はショータイムのライバルHBOの看板選手。だがそれ以前、2013年9月のフロイド・メイウェザー戦をはじめ5試合をショータイムが中継したイベントで戦っている。そのせいか「我々は望むところ。カネロと仕事ができたことを誇りに感じる」とエスピノサ氏は過去を振り返り大物に食指を伸ばす。

 もっともカネロはGBP、DAZNと溝が生じただけで契約はもちろんまだ有効。元のサヤに収まる可能性もある。エスピノサ氏はその辺は承知で「あくまで我々は現状の契約をリスペクトする。口をはさむつもりは毛頭ない。でもこちらが動けるときが来ればアグレッシブに対応したい。オファーしたいことは山ほどある」と強調する。

 風雲急を告げるとはこのことだ。ついこの間まで「カネロの登場はいつ?相手は誰か?」を頭に浮かべていたら今度は「カネロの移籍先はどこだ?」と切り替えなければならなくなった。カネロの試合となればエスピノサ氏は別料金を徴収するPPV中継を考えているようだ。もし移籍が実現すればショータイムがどれだけのオファーを提示できるか今のところ不明。今月26日に行われるジャモール&ジャメール・チャーロ双生児兄弟をメインとするPPV中継でどれだけ数字が残せるかでショータイムの出方がある程度、定まるのではないだろうか。

次はゴロフキンの動向

 カネロ同様、DAZNと大型契約を結びながらリングに立てない状態が続いているのがライバルのGGGことゴロフキン。コロナ危機が到来する前にIBFから通達された挑戦者カミル・シュレメタ(ポーランド)と防衛戦を行う運びになっていたが、中断後も一向にスケジュールが発表されない。

 率直に言ってこれはDAZNが世界的に無名のシュレメタを敬遠しているからだろう。だったらなぜカネロ戦を締結しない?とツッコミたくなるが、いつまでも待たされるゴロフキンはいい迷惑だ。噂ではゴロフキンにも「フリーエージェントになれ」とけしかける動きがあるという。契約額が相当な額に達しているだけにあまり収益が望めない相手とはできるだけ対戦を控えさせるというのがDAZNの方針。シビレを切らしたゴロフキンの決断も時間の問題だろう。

報酬4割カットで乗り切る?

 カネロの場合、たとえリングに立てたとしても1試合で3500万ドルあるいは4000万ドル(約37億円から約42億円)といわれるファイトマネーは3分の1から4割以上がカットされると伝えられる。これは先に触れたエディ・ハーン・プロモーターの意向。5月頃「コロナ危機最中でもDAZNは将来的に安定した経営を続ける」(ハーン氏)と豪語していたのがウソのように現状は尻に火がついた状態に陥っている。

 この重大な危機を脱出できればすごいことだが、行き詰ったDAZNとGBPは果たしてどんな手段で打開を図るつもりなのだろうか。ショータイムに続き、米国で真っ先にイベントを再開したトップランク社&ESPNのタッグもカネロとゴロフキンの動向を凝視し始めた。「選手の試合、勇姿が見たい」というファンの素直な願いを叶えてくれる救世主はいったい誰になるのか?