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ゴロフキンはゲットできてもワイルダーは拒否。DAZNの札束攻勢に待った

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ワイルダーvsブラジール発表(Amanda Westcott/SHOWTIME)

大物GGGを一本釣り

 10日あまり前、ロサンゼルスで元ミドル級統一王者“GGG”ことゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン=37歳)のライブ・スポーツストリーミング配信サービスDAZN(ダゾーン)との契約が発表された。ボクシング中継のアイコンだった米国のブランド・チャンネルHBOが放送から撤退。同局との契約も完了したゴロフキンは新たな中継媒体(プラットフォーム)を探し求めていた。早い時点からDAZN加入が有力と噂されていただけにニュース自体は大きな驚きではなかった。

 彼を王座から引きずり下ろした宿敵サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)が昨年DAZNと11試合、日本円で総額400億円を超える契約を交わした。カネロは同時にDAZNの広告塔として地位を築いている。ゴロフキンの3年で6試合という契約は金額的にカネロほどゴージャスではないだろう。それでも発表イベントでゴロフキンと同席したDAZNのジョン・スキッパー会長が「彼は我々のキー・エレメント(要素、成分)だ」と強調したことから絶対に傘下に入れたかったことが推し量れる。

 私は一日かけてゴロフキンとDAZNとの契約内容(総額)を調べてみたが判明しなかった。また知り合いの記者にも聞いてみたが誰も具体的に答えてくれる人はいない。メディアに明かされているのは1試合あたり米ドルで8ケタ(10億円以上)ということだけだ。3年経過すればゴロフキンは40歳になる。DAZNとの契約は年2試合。それとは別に彼自身が望めば母国カザフスタンあるいは周辺の国でリングに立つケースもあるという。

DAZN加入のプレゼンで抱負を明かすゴロフキン。左はスキッパーDAZN会長(写真:BoxingScene.com)
DAZN加入のプレゼンで抱負を明かすゴロフキン。左はスキッパーDAZN会長(写真:BoxingScene.com)

8年で10億ドル

 いずれにせよ、ゴロフキンはキャリアの最終章をDAZNに託し再びリングに情熱を傾ける決意を固めた。トップランク&ESPN、PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)&ショータイム(あるいはFOX)も熱烈コールをゴロフキンに送っていただけにDAZNの業界内の躍進ぶりが鮮明に浮かび上がった。英国で産声を上げ、その後ヨーロッパ諸国や日本へ進出したDAZNがエディ・ハーン・プロモーターを旗頭に米国へ上陸したのは昨年9月。その時、予算は向こう8年で10億ドル(約1100億円)と発表された。1年で1億2500万ドル(約137億5千万円)。これはHBOの全盛期の年間予算1億5000万ドルにやや足りない。とはいえ一時はタイトル承認団体や各コミッションよりも業界に影響力があったと吹聴されたHBOに迫る勢いが今のDAZNに感じられる。

 ではその豊富な予算の財源はどこにあるかというとDAZN発祥の地イギリスの投資家に突き当たる。DAZNの実質的な主導者ハーン・プロモーターはインタビューで「我々は天国へ導いてくれる、底なしの金を持つ一連の人々を捕まえた」と明かしている。

統一王者ジョシュアの人気が原動力

 それではその投資者たちは誰かというとカネロと並ぶDAZNの顔、ヘビー級3冠統一王者アンソニー・ジョシュア(英)の爆発的な人気に着目するボクシング愛好家のリッチパーソンたちだと推測される。

 何しろナイジェリア人の両親を持つ、このオリンピック金メダリストは17年4月のウラジミール・クリチコ戦でロンドンのウェンブリースタジアムに9万人の観衆を集め、その後もウェールズ・カージフのプリンシパリティ・スタジアムでの2試合で合計15万人を動員。さらに昨年9月のアレクサンドル・ポベトキン戦でもウェンブリーに8万人を集結させた。最近4試合で32万人のファンをスタジアムに呼び込んでいるのだ。そしてこの4試合で300万件を超えるPPV(ペイパービュー)購買件数を記録している。

 このジョシュアの人気があってこそ、DAZNは米国進出を決断し、次々と有力選手を支配下に参入させたとみる。とりわけダウン応酬などボクシングとヘビー級の醍醐味が満載されたクリチコ戦のインパクトは絶大だった。確かにHBOの天下からストリーミング配信にシフトしている時勢は見逃せない。しかしDAZNのボクシング業界における促進の原動力はジョシュアvsクリチコに端を発している気がしてならない。

米国デビューで巨漢ミラー(右)と対決するジョシュア。発表で火花を散らす(写真:BoxingScene.com)
米国デビューで巨漢ミラー(右)と対決するジョシュア。発表で火花を散らす(写真:BoxingScene.com)

加入者は伸びているのか?

 順風満帆に思えるDAZNの航海だが、課題がないわけではない。まず最大のミッションである契約者の確保、拡大が挙げられる。

 メディアによると米国進出後1ヵ月で顧客(契約者)が100万人に達したといわれる。だがそれ以後、公に状況が発表されていない。米国でDAZNはボクシングや総合格闘技のコンバット・スポーツが売り物だが、野球やサッカーなどのコンテンツも供給している。

 経済紙ウォールストリート・ジャーナルの記事で、米国のスポーツファンのうち6パーセント程度が熱烈なコンバット・スポーツのファンだという。そのうちの30パーセントから50パーセント、人口にして270万人から300万人を集めればDAZNはペイできる計算だそうだ。おそらく契約者は毎月増加しているだろう。だがターゲットを300万人と仮定すると、そこに到達しているか定かでない。月ごとの契約も自由で、解約料金も課されないため、価格は月9ドル99セント(約1100円)とリーズナブルなものの、安定した加入者確保が難しい面があるのかもしれない。

1億ドルのオファーをはねつける

 DAZNの課題はボクシング業界のビギナーだということだろう。その点、このビジネスの酸いも甘いもかみ分け、ノウハウを熟知するトップランク&ESPNのタッグとは大きな差がある。同じくPBC&ショータイムとも老舗と新参者の違いが隠せない。

 ここまで一気に攻勢をかけたDAZNだが、WBC世界ヘビー級王者デオンタイ・ワイルダー(米)獲得は失敗に終わった。昨年12月、元ヘビー級統一王者タイソン・ヒューリー(英)と大激戦を繰り広げ、引き分けに終わったワイルダーは、英国人とのダイレクトリマッチが待望された。ところがヒューリーがトップランク&ESPNと大型契約を締結したことでプランが狂ってしまった。そこへ最初にオファーを送ったのがトップランク。ヒューリーとの再戦に1250万ドル(約13億7500万円)を提示した。しかしヒューリーと陣営を満足させるものではなく破談。ならばと名乗り出たのがハーン・プロモーターとDAZNだった。

 ファンもヒューリー戦を超える垂涎カード、ジョシュアvsワイルダーのヘビー級4冠統一戦がいよいよ実現かと俄然、色めき立った。しかしDAZNがオファーしたといわれる3試合で1億ドル(約110億円)をワイルダー側は熟考の末、拒否。WBCが通達するドミニク・ブラジール(米)との防衛戦に臨む決断を下した(5月18日ニューヨーク)。同時にワイルダーはPBC&ショータイムとの契約を更新するかたちとなった。

 DAZNの最初の正念場は6月1日、同じくニューヨークにセットされたジョシュアのジャーレル“ビッグ・ベイビー”ミラー(米)との防衛戦。ここでジョシュアがスペクタクルな勝利を飾り、収益面でも会社を満足させれば前途は明るいとみる。そこで再び(本当は三たびか四たびだが)ワイルダー戦がクローズアップされればファンにはうれしい。せっかく盛り上がりかけたヘビー級シーンをプロモーターやプラットフォームの壁で阻まれるのは忍びない。DAZNの一極集中が阻止されたことだけがせめてもの救いに思えるが……。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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