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山中慎介に勝ったネリはボクシングのマラドーナだ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ティファナに到着すると家族、友人の歓迎攻めにあったネリ(写真:Zanfer)

島津アリーナ京都で15日行われたWBC世界バンタム級タイトルマッチはメキシコの挑戦者ルイス“パンテラ”ネリが王者の山中慎介(帝拳)に4回2分29秒TKO勝ち。具志堅用高氏の保持する日本人世界チャンピオンの連続防衛タイ記録に迫った山中を阻み、ベルトを母国へ持ち帰った。

 メキシコでも22歳の無敗挑戦者ネリへの期待は大きく、これまで彼の試合を放映してきたTVアステカがインターネット発信ながら試合をライブで中継した。日本など他国からボクシング大国と見られるメキシコだが、先日現役引退を発表したフアン・マヌエル・マルケスが「最後の大物」と呼ばれたように近年、タレントの枯渇が目だっている。その最中、伝説の王者たちを輩出したバンタム級王座獲得はメキシコに朗報となって轟いた。

 ただスポーツ紙などで報じられるように4ラウンド、試合がストップされたシーンは論議の対象となった。山中コーナーのチーフセコンド、大和心トレーナーがタオル(棄権)を要求し、レフェリーが止めたものだが、タイミングが問題となった。私も「もう少し見たかった」と感じた一人だ。それでも2,3日経つと、「山中はあの選手に負けたのだから、何も恥じることはないのではないか」と思うようになった。

ヤツは特別な選手とトレーナー

 ボクシング・ビートの取材で6月下旬、メキシコ・ティファナのジムでネリに会った。ネリが到着するまで少し時間があったので彼のトレーナーでアマチュア時代からコーチするイスマエル・ロドリゲス氏にインタビューした。インタビューといっても雑談に近いものだが、テープをもう一度聞いてみた。

――山中はパウンド・フォー・パウンド・ランキングにも入るチャンピオンだが・・・。

ロドリゲス「確かにそうだけど、何というかなあ、ルイスは他のボクサーと違うんだよ。ヤツは言ってみればボクシングのマラドーナ。フエラ・デ・セリエ(規格外。特別の)な選手に思える」

――具体的にどこが規格外?

「それはインテリジェンスがあって、同時に相手を不快にさせることできること。パンチを避けて自分の強打を決める。途中から対戦者は嫌になってしまう」

――相手が試合を投げることもあると?

「シー。山中はベリーグッドな選手だけど、誰でも欠点はある。彼の嫌がるところを突けば、こちらの勝機は開けるだろう」

 スポーツ界で、そしてラテンアメリカでディエゴ・アルマンド・マラドーナという名前が出れば、意味するものは果てしなく大きい。ロドリゲス氏がごく控えめに話したことが逆に印象を強くさせた。正直、山中戦の4ラウンズでネリがそこまでの逸材とは判断しかねたが、もし試合がもっと長引いていれば、彼の才能がより引き出されていた可能性はある。同じくネリと彼のチームは念入りな作戦を立てていたことがうかがえる。

アマチュアからネリを指導したロドリゲス・トレーナーと(写真:筆者)
アマチュアからネリを指導したロドリゲス・トレーナーと(写真:筆者)

約束どおりの序盤決着

 時差を考慮すると試合から約3日後、ティファナで凱旋会見を開いたネリはこう言っている。

 「山中は素晴らしいボクサーだ。1ラウンドにもらった左クロスは効いた。作戦は日本人を驚かせることとカウンターを反復して食らわないことだった。だから早めに仕掛けることを心がけた。強打で圧倒し、ディフェンスでは動きが止まってターゲットにならないことを肝に銘じて戦った」

 他方で、ESPNデポルテスのインタビューでは「山中のジャブはものすごく正確で、さすがと感じた。でも判定でも勝てる準備をして臨んだ。体重がスムーズに落ちたことも結果につがった。5ラウンドまでにKOすると言ったけど、約束どおり4ラウンドで終わった。本当はこんなに早く終わるとは想像していなかった。すべては用意周到だったおかげ」と誇らしげに語った。

 結果から判断すると、どうやら準備段階で両陣営には相違があったような気がする。メキシコ人というと、陽気で大雑把な性格のように捕らえられかちだが、ネリ陣営は綿密でしたかかなプランを講じていたようだ。そこにトレーナーが天才と断言する実力が加わった。V12王者には失礼な言い方かもしれないが、ネリは高いハードルだった。あそこでストップがかからずラウンドが進行しても、かなりの確率で同じシーンが訪れていたのではないだろうか。

S・フライ級でロマゴン、井上と戦う?

 これまで“ミスターKO”ルーベン・オリバレスを発端とし、チューチョ・カステョーリョ、ラファエル・エレラ、カルロス・サラテ、ルペ・ピントール、フェルナンド・モンティエルら珠玉の名チャンピオンを生んだメキシコ・バンタム級の歴史を継承したネリ。同国でも“ラ・イスキエルダ・デ・ディオス”(神の左)と畏怖された山中をTKOしたことで、一躍スポットライトを浴びている。

 ESPNデポルテスは「1990年、リカルド・ロペスが大橋秀行を倒しWBCミニマム級王者に就いた試合と数年前フェルナンド・モンティエルがワンチャンスを見逃さず長谷川穂積をストップした場面を想起させた」と記した。

ミット打ちでパンテラ(豹)のような動きを披露するネリ(写真:筆者)
ミット打ちでパンテラ(豹)のような動きを披露するネリ(写真:筆者)

 凱旋会見の席でネリを傘下に置くサンフェル・プロモーションズのフェルナンド・ベルトラン代表は11月、初防衛戦をティファナで挙行したいと発言。可能性のある相手として5人の名前を挙げた。同時に同氏は元ライトフライ級&フライ級世界王者ブライアン・ビロリア(米=帝拳ジムとプロモート契約)とも交渉があると伝えた。

 一方、ネリは現地時間18日午後収録されたフアン・マヌエル・マルケスがキャスターを務める番組「ゴルペ・ア・ゴルペ」(パンチ・トゥ・パンチ)で興味深い発言をした。「(バンタム級から)115ポンドのスーパーフライ級へ下げ、ローマン・ゴンサレス、ナオヤ・イノウエ、カルロス・クアドラス、フアン・フランシスコ・エストラーダと戦うこともあるかもしれない」(ネリ)

 1年ほど前、すでに世界ランキングに入っていたネリは「スーパーフライ級でも世界挑戦が可能」と公言していた。だが今回、バンタム級でも減量に苦しんだ様子がうかがえた彼がそんな英断を下すだろうか。これはきっと「彼らがバンタム級に上がってくれば、いつでも相手をしてやろう」というのが本音だろう。

 いずれにせよ、ロマゴンvsネリ、井上vsネリというカードを想像するだけで胸が躍る。軽量級シーンが確実に動き出した。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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