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メキシカンキラー三浦隆司に挑む“盗賊”バルガスは最強の刺客

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
WBCとWBOの地域2冠を保持するバルガス

世界戦5人目のメキシカン

対決まで間近と迫った注目のミゲール・コットvsサウル“カネロ”アルバレスのビッグマッチ。そのセミファイナルで“ボンバーレフト”と呼ばれる強打者WBC世界スーパーフェザー級チャンピオン三浦隆司(帝拳)がランク1位フランシスコ・バルガス(メキシコ)の挑戦を受ける。三浦はこれまで王座を獲得したガマリエル・ディアス、ダウン応酬でスリル満点だった初防衛戦のセルヒオ・トンプソン、V2を果たしたダンテ・ハルドン、V3戦のエドガル・プエルタとメキシコ人相手に圧倒的な強さを誇る。今回5度目の防衛戦の相手もメキシカン。晴舞台ラスベガスで“ボンバー”の炸裂が期待される。

三浦が立て続けにメキシコ人挑戦者を迎える背景には、ラテンのボクシング王国メキシコから130ポンドクラス(スーパーフェザー級)の強豪が軒並み台頭している事実がある。ランキング上位にはメキシカンの名前がズラリ並ぶ。今回、三浦が勝つにせよ、バルガスが戴冠するにせよ、引き続き防衛戦ではメキシカンを相手にすることになるだろう。ではWBC1位で対抗団体WBOでもトップコンテンダーを占めるバルガスはどんな男なのか。

無敗の元オリンピック選手

1984年クリスマスの日にメキシコシティで生まれたバルガスは30歳と三浦より1歳年少。メキシコのボクサーは貧困家庭の出がほとんどだが、バルガスは中流家庭の出身。両親とも安定した職業に就いている。これは複数階級制覇チャンピオンでラスベガスの殿堂入りしたマルコ・アントニオ・バレラの境遇に似ている。

ボクシングに興味を持ったのは2000年シドニー・オリンピックの時。メキシコ代表チームに刺激を受けたからで、15歳でアマチュアキャリアをスタートさせた。本人は「ムシが騒いだ。いても立ってもいられなかった」と回想する。オリンピックに憧れた少年は8年後、夢を現実とする。北京五輪メキシコ代表選手(ライト級)の座を射止めたのだ。その間、国内タイトルを8度獲得、世界選手権出場2回(07年、09年)、パンアメリカン大会3位など輝かしい戦歴を誇った。アマチュアレコードは150勝12敗。

北京では2回戦で敗退。次のロンドン五輪を目指すプランもあったが、10年3月テキサスでプロデビューした。私はバルガスのプロ4戦目、唯一の引き分け試合となったバイロン・ゴンサレス戦を偶然取材している。最初バルガスの判定勝ちとアナウンスされた試合はリングアナのミステイクで、ドローに訂正された。正直、その4回戦はバルガスに分があった印象が濃い。実質バルガスは無傷だと理解して間違いない。

ゴールデンボーイにサポートされる

5戦目まで約9ヵ月間隔が開いたのは、それまでトップランク(プロモーター)系の興行でリングに上がっていたのが、フリーに近い立場にシフトしたからだろう。そして11年11月の試合からトップランクのライバル、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)と関係が深いメキシコのペペ・ゴメス・プロモーター率いるカンクン・プロモーション主催の試合に登場。同時に米国ではGBPの興行にも登場し白星を重ねる。13年8月、カリフォルニアでブランドン・バーネット(米)に判定勝ちした一戦でWBC傘下のNABF(北米ボクシング連盟)とWBOインターコンチネンタル・スーパーフェザー級王座の2冠をゲット。黒人選手バーネットは典型的なアウトボクサーだが、三浦と同じサウスポーで、今回の世界初挑戦に有益だったと想像される。

続いてライト級で世界挑戦歴があるジェリー・ベルモンテス(米)に判定勝ちで2冠を防衛。14年に入り、ミゲール・コットのいとこに当たるアベル・コット(プエルトリコ)を下すと、同じプエルトリコのビッグネーム、フアン・マヌエル“フアンマ”ロペスを滅多打ちにして序盤でストップ。ラスベガスデビューを飾った。ちなみにロペスもサウスポー。その後メキシコでの調整試合で快勝すると、今年3月には豪州のランカー、ウィル・トムリンソンを8回で沈めて世界挑戦のウェーティングサークルに入った。

元王者”フアンマ”ロペスを倒して躍進
元王者”フアンマ”ロペスを倒して躍進

スパーリング相手はウェルター級

「ファンのハートを熱くするのが私の仕事」と自ら語るようにバルガスのファイトスタイルはアグレッシブという言葉に集約される。連打が効くタイプで、一度打ち出すとノンストップで打ちまくる。そこにぎこちなさは感じられず、どこまでもパンチの打ち出しがスムーズ。同時にパワーも兼備するから相手は厄介だ。“フアンマ”戦、トムリンソン戦でも散見されたが、いきなり放つ右オーバーハンドは威力があり、ジャストミートするとノックダウンが生まれる可能性が高い。またノーモーションで撃ち込む右ボディーは地味ながら相手の戦力を削ぐ効果があり、要注意だ。またメキシカン特有の左フックも武器に挙げられる。

本人のコメントでは三浦挑戦に備えたキャンプの初期には高地トレーニングも実行したバルガスだが、その後はメキシコシティに戻り、アマチュア時代から馴染みのオリンピック・センターで鍛える日々を送った。プロに転向してもアマチュアからコンビを組むギエルモ・ベセリルというコーチの指導を受けている。それがバルガスの“こだわり”に思えてならない。スパーリングはメインパートナーにダニエル・エチェバリーア(メキシコ)という選手を起用。エチェバリーア(23歳)はスーパーフェザー級より3階級重いウェルター級のサウスポーで、これまで19勝17KO1敗の強打者。バルガス陣営の打倒三浦にかける意気込みが伝わる。

キャンプ前半から佳境に入ってもバルガスは一貫して「前半は距離を取りアウトボクシングを貫く。徐々に接近戦、打ち合いに持ち込み勝負を決したい。同時に12ラウンド戦うフィジカルコンディションを強化している」と語っている。三浦の破壊的なパンチに対しても「恐れは感じていない。むしろ、こちらのベストパンチがヒットした時、どんなリアクションが起きるか見てほしい」とアピール。そして「アメリカでたくさんのファンを獲得した。メキシコよりもアメリカの方が名前が浸透している」と不敵に言い放つ。

賭け率はやや挑戦者有利

少なくともバルガス(22勝16KO1分無敗)は三浦が撃退した4人のメキシカンより総合力では勝るだろう。現時点では最強の挑戦者と呼んでいい。三浦の全キャリアでもWBAチャンピオン内山高志に次ぐ実力者だと推測される。ニックネームの“バンディード”は盗賊の意味。何でも以前、殿堂入り名トレーナー、フレディ・ローチ氏のワイルドカードジムで練習する機会があり、スパーリングで同氏の選手をボコボコにしたのが由来だという。「私の選手をやっつけて逃げて行った。まるで盗賊だ」(ローチ氏)

不安があるとすれば、まだ耐久力が試されていないこととピンチに陥ったケースでの対応策だろう。またバルガス自身はGBPとの契約が完了し新しいマネジャーとサインを交わしたと公言するが、GBPは相変わらず「ウチの選手」という認識をしており、両者は一枚岩でない。リング外の動向が心理的に影響しないとは言い切れない。

それでもオッズメーカーの賭け率は微差ながら5-4ほどでバルガスが若干有利と出ている。バルガスに詳しいメキシコの関係者に聞くと「ノックアウトなら三浦。判定勝負ならバルガス」という答。果たして王者が盗賊を退治するのか、それとも挑戦者が怪傑ゾロのごとく母国へベルトを持ち帰るか?開始ゴングが待ち遠しい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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