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薬物疑惑にも動ぜず。引退する(?)メイウェザーの歴史的格付は真っ二つ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ベルトを一蹴したメイウェザー(右)は公約どおり引退を宣言

ラストファイトも無風のうちに終了

ホームリング、ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナに集まったファンは13,395人。世界ウェルター級、スーパーウェルター級チャンピオンに君臨する現役最強ボクサー、フロイド“マネー”メイウェザー(米)が12日(日本時間13日)アンドレ・ベルト(米=元WBC&IBFウェルター級王者)に3-0の判定勝ち。試合後、彼は公言していたように、プロデビュー以来49連勝(26KO)無敗のレコードとともにグローブを脱ぐと宣言した。

メイウェザーが偉大な先達、元世界ヘビー級王者ロッキー・マルシアノが60年前に達成した49という数字に執着していたのは紛れもない事実だった。ただ、5月のマニー・パッキアオとの「世紀の一戦」で常軌を逸する報酬を手にし、半永久的に突破不可能な興行収益レコードを樹立した彼にとりベルト戦は半分、消化試合の意味合いもあったのではないか。テレビ(ショータイム&CBS)と締結した6試合契約の最後がベルト戦だった。

それでもメイウェザーはもちろん勝利は確約するものの、ベルトを立て、スペクタクルなファイトを約束。最近では珍しくノックアウト勝ちも匂わせた。「ベルトは自分の強さを最大限、引き出してくれる男だ」とPRに余念がなかった。

確かにパッキアオ戦に比べると面白かった印象がしたが、やはりメイウェザーの試合だった。ファンが期待するドラマ性はなし。攻撃面では、いつもより積極的に仕掛けるシーンがあったが、それぞれの局面では絶対にある一線を越えず慎重に対処。売り物のディフェンス・スキルは相変わらず変幻自在だったが、それを鑑賞するだけで、どれだけ金を払う価値があるものだろうかと考えさせられた。たとえば彼が最初に世界タイトルを獲得した相手ヘナロ・エルナンデス(米=故人)も“ディフェンスで魅せる”タイプだった。だが日本でもコアなファンがいるエルナンデスは報酬面でビッグな存在とは言えなかった。なぜにメイウェザーは大成したのか?やはり持って生まれたもの――と言うしか答は見つからない。

試合前に衝撃の報道

ベルト戦まで2日となった時点で重大ニュースが流れた。なんとメイウェザーに違反薬物摂取疑惑が浮上したのだ。

発端は米国の著名ボクシングライター、トーマス・ハウザー記者の「ボクシングはUSADAを信用できるか?」というレポート。USADAとは合衆国アンチ・ドーピング協会のことで、「世紀の一戦」の薬物検査を一手に引き受けたエージェントだ。ハウザー氏の記事は長文で、最初に今まで薬物検査でアウトになった各ボクサーに関して詳しく触れ、タイトル同様USADAの存在を際立たせている。その延長としてメイウェザーを取り上げているのだが、レポートの肝の部分であるのは確か。時期的にも大スクープで、他の米国メディアが一斉に飛びついた。

記事ではパッキアオ戦前日の5月1日、計量終了後メイウェザーが「脱水症状を予防するため」ラスベガスの自宅で打った静脈注射(通称アイビー)を問題にしている。USADAは「世紀の一戦」が成立した直後、両選手に対し「健康維持の目的に限り、薬物の使用を許可する」という書類にサインさせた。だが、そのメイウェザーが打った注射の液体に規格以上の分量の違反物質が注入されていたとされる。ちなみに成分は250ミリリットルの塩分と複合ビタミンの混合物と500ミリリットルの塩分とビタミンCの混合物。ハウザー氏は独自にUSADAの職員に接触して証拠をつかんだもようだ。

USADAは試合後にも検査を実施することを通達していたが、なぜか試合から3週間後、メイウェザーだけ再検査を免除された。だからメイウェザーは怪しい、クロの可能性が強いとハウザー氏は指摘する。

収まらないのはパッキアオ側で、やはり試合前、「(管轄の)ネバダ州コミッションに右肩の痛め止め注射をリクエストしたのに、どうしてこっちは拒否されたんだ」と強く抗議。試合後の会見で、負傷のままリングに上がったことを告白し、それを敗戦の口実のように受け取られ、周囲からバッシングされたパッキアオ。「経済的に大きな損害を被った」としてラスベガスの商店街などから訴訟を起こされる事態にまで陥った。もっともパッキアオが注射を拒否されたのは事前に報告を怠ったせいなのだが・・・。

試合2日前、会見で弁明したメイウェザー
試合2日前、会見で弁明したメイウェザー

疑惑をきっぱりと否定

事態が明るみになった直後、メイウェザーは弁解に努めた。「すでに私の行為はUSADAの書類によって(正当性が)証明されている。私はネバダ州コミッションとUSADAの薬物テストに関していかなる違反もしていない。両者のルールを私は金科玉条と認識して従っている」

冷静に見て、パッキアオ戦の交渉段階で厳格な薬物検査の実施を標榜してきたメイウェザーが自ら違反物質に手を出すとは想像しにくい。本人が知らずのうちに摂取してしまったケースもあるかもしれないが、現状では結論が出るまで少し時間がかかる見込みだ。判断を下す立場のネバダ州コミッションは「まだ正式にUSADAから報告を受けていない」とメディアに回答。同時にベルト戦が終わると、この話題はメインテーマから沈下したような様子もうかがえる。

パウンド・フォー・パウンド(最強ボクサー)キングの威光がそんな喧騒を一掃したのかもしれない。数日前の出来事がまるで一時の疾風のように感じられるから不思議だ。メイウェザー絡みの話題はラストファイト(米国メディアの多くはそう見ていないが)を終え、歴代強豪選手たちの中で、どのくらいのポジションを占めるかに推移している。

歴代最強は俺だ!

ベルトを下したリング上で「私は19年間このスポーツに従事し、18年チャンピオンでいる。すべてのレコードを破ってきた。ボクシングで証明するものがなくなった」と引退の常套句?を発した。そして「マネーが私をつくるのではない。私がマネーを生産するのだ」、「自分ではどのくらいにランクされるか言いたくない。でもボクシングのベストは私だ」と締めくくった。

TBE(The Best Ever=過去最高)と広言するメイウェザーは歴代パウンド・フォー・パウンド・ナンバーワンに迷わず自分自身を指名している。それでも彼を取り巻く評価は両極端の印象がする。“マネー”ほど査定が分かれる選手も珍しいというのが主要メディアの見解だ。

49戦の中で限りなく敗北に接近したのはライト級タイトルを獲得したホセ・ルイス・カスティーリョ(メキシコ)との第1戦だろう。記録上はメイウェザーの判定勝ちだが、論議を巻き起こすボクシングのスコアリングの中でも上位に位置づけられる。まだプロキャリアの初期だったとはいえ、4ポイント差ぐらいでカスティーリョに分があった。だが仮にこの試合で一敗地を喫していたとしてもメイウェザーの名声に汚点を残すことはなかったと断言するエキスパートもいる。たとえディフェンシブ過ぎると批判されてもマスターフル(職人芸)と形容される実力はオールタイム・ランキングの五指に入ると断言する専門家も少なくない。

その一人はWBCのマウリシオ・スライマン会長。「卓越したテクニックによって相手のスタイルを解読することに長けたウルトラ・クレバー・ボクサー」と絶賛する同会長は続ける。「メイウェザーは多くのファンが期待する激闘を回避する。だがフェアで正直に言わせてもらうと、彼はパンチをもらわないで撃ち込むボクシングのエッセンスを熟知している。彼のスタイルはしばしば誤解されがちだ」

スキャンダル記事を書いたハウザー氏も「メイウェザーは世界戦12ラウンド制の時代の15ラウンド選手。試合が進行しても相手よりスタミナが衰えない」とベルト戦の後、記す。また歴代最強ランキングではメイウェザーより上位を占めることが多い複数階級王者シュガー・レイ・レナード(米)は「メイウェザーは例外なく私が見たもっともコンディショニングが優れた選手だ。時々スキャンダラスな話題が流れるけど、彼は必ず万全の体調でリングに上がる。だから私は彼をリスペクトするんだ」と称賛を浴びせる。

レナードのコメントはプロ意識の表れと換言できる。またメイウェザーの頭脳に言及する関係者も多い。ある知人のトレーナーは「メイウェザーはセコンドのアドバイスがいらない選手。試合中なにか問題があっても自分で修正し解決してしまう」とその能力の高さに舌を巻く。

WBCスライマン会長(後方右)もマネーを絶賛
WBCスライマン会長(後方右)もマネーを絶賛

えり好みがあるマッチメーク

他方で、無傷の49連勝はつくられた記録だと見る意見は根強い。

もっとも説得力がある理由は「対戦相手を選別して戦っている」である。これは今回のベルト戦にも当てはまる。最終戦と銘打っただけに、台頭中の生きのいいプロスペクトとかライバルチャンピオンを迎えてほしかったというのが偽らざる要望。ベルトは確かにメイウェザーが保持するタイトルのひとつWBA世界ウェルター級王座の暫定チャンピオンなのだが、全盛期を過ぎた、実力に差がある選手であることは試合内容と結果で証明された。同じアル・ヘイモン代理人にサポートされるベルトは個人的にもメイウェザーと親しい。試合が成立した過程で、私的な感情が流入した印象も濃い。

エルナンデス戦以降、メイウェザーがリングで対峙した主な相手を列挙してみると、その傾向は顕著だ。ベルトのように、力に翳りが見える時点で抜擢された選手も多く、フアン・マヌエル・マルケスのように体格差が目立ったケースもある。パッキアオの場合は、この2つのハンディがミックスされたと見る向きも無きにしもあらず。本当の実力勝負はミゲール・コット、カネロ・アルバレスぐらいではなかったろうか。

レジェンドたちとの力比べは?

また試合自体のインパクトのなさ、ドラマ性の欠如は歴代の名チャンピオンたちと比べると見劣りする。

よく比較されるのは1980年代、中量級の覇権を争った前述のレナード、マービン・ハグラー、トーマス・ハーンズ、ロベルト・デュランの4人。後年“ファンタスティック・フォー”とか“ザ・フォー・キングス”と呼ばれた彼らはリーグ戦のように対戦し、ファンの胸を熱くするファイトを繰り広げた。彼らレジェンドたちの血たぎるメモリアルファイトに対してメイウェザーのヒストリーは金銭的な部分が誇張されるだけで、インパクトに欠けるのは事実である。

実力評価もレジェンドたちの後塵を拝すると語るのは、ショータイムのアナリスト、スティーブ・ファーウッド氏。鋭い指摘と明解なコメントで定評がある同氏は「おそらく(歴代ランキングで)メイウェザーは10位から15位ぐらいにランクされるだろう」とテレビで発言している。

「メイウェザーが“過去最強”と自画自賛するのはどんなものか?」とツッコミを入れるファーウッド氏は自論を展開する。「なぜ彼はモハメド・アリやシュガー・レイ・ロビンソンを低く見るのだろう。同様にロイ・ジョーズも。きっと彼らが峠を過ぎた時期と今の自分を比較しているのだろう。ライターや歴史家たちはそう見ていない。私の意見はこうだ。現役選手と70年前のロビンソンらを比較するのはアンフェアだ。昔は毎月のように試合をこなさないとボクサーは稼げなかった。ジョー・ルイス(元世界ヘビー級チャンピオン)の時代になって1年1試合でもよくなり、今のフロイドは年2試合のペースで戦う。いくつかの違ったジェネレーションを研究すると、どの時期に各々が活躍したことが判明した。全盛期を比較対象とすると、フロイドが彼らより上位にランクされることはないはずだ」

階級が近い、注目のザ・フォー・キングスとの仮想対決に関して同氏は次のように話す。

「メイウェザーの全盛期と彼らの頂点だった時代を比べると、私はデュランにメイウェザーが勝つチャンスは少なくないと思う。でもライト級ではなく、ウェルター級の試合に限る。ハーンズとレナードはフィジカル的にフロイドにとり大き過ぎるし、強すぎる。ハグラーはもっとナチュラルな体格がビッグ。フェアな試合にはならない」

モハメド・アリに敗れた後、長年の空白を経て突然カムバックし、奇跡の王者復帰を果たしたジョージ・フォアマンは「ボクシングはジャズと似ている。上手になればなるほど、人々に評価されなくなる」という名(迷?)フレーズを吐いた。メイウェザーが19年に渡りリングで奏でたメロディーは名曲だったことは間違いない。でも彼はどうもジャズを演奏していたようだ。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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