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厳しさを楽しみ、経験を糧にー王者帝京大

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
苦しみながらも慶大を下した帝京大フィフティーン(撮影:志賀由佳)

 チームとは生き物である。とくに学生スポーツのそれは。ラグビーの大学王者、帝京大が慶大に競り勝ち、連勝を伸ばした。まだチームは成長途上。勝って反省、未熟さを実感しながら学生たちの力が伸びていく。王者は対抗戦8連覇、大学選手権10連覇の偉業にひた走る。

 <ひるまず、ゆるまず、迷いなく、厳しさを楽しめ>。21日の慶大との全勝対決に向け、決意の寄せ書きの模造紙の真ん中に帝京大の岩出雅之監督はそう、墨字でしたためた。同監督は試合後、秩父宮ラグビー場の外で丁寧に説明してくれた。

 「いいプレーができない時って、ひるんでいる時、ゆるんでいる時、迷っている時でしょ。まだ、うまくゾーンに入り切っていない選手がいると思ったんです。今日の試合が象徴するように、痛い時、しんどい時、どれだけがんばれるか。それを義務的にやるのではなく、やりたいと思ってやるのが大事なんじゃないでしょうか」

 過去をみれば、この時期、苦戦するケースが多々、あった。大学選手権決勝にターゲットをおくチームにとって、だから、この慶大戦から始まる早大、明大との伝統校との3連戦は重要と位置付けている。厳しさを楽しみ、経験を糧とし、成長を促すのである。

 慶大の全身を凶器のようにした奮闘に帝京大は後手を踏んだ。低く突き刺さるタックル、ズバッズバッと音が聞こえてきそうなダブルタックルに帝京大は前進を阻まれた。ほとんどディフェンスに回り、前半7分、慶大に先制トライを許した。

 だが、2年生のCTB尾ざき泰雅は慌てていなかったそうだ。帝京大をこの春、卒業した尾ざき晟也(サントリー)の弟。兄同様、淡々と試合を振り返る。(*尾ざきの「ざき」は「山へんに右側のつくりが上に「立」つと下に「可」)

 「先制トライ? 全然、(気持ちが)落ちることはありませんでした。勝負はここから、と。相手のスキを狙っていました」

 先制トライの直後、またも帝京大は自陣に釘付けになった。慶大の重圧を受ける。敵ボールのラインアウト。ラインに回され、タックルされた相手がパスを懸命につなぐ。ボールが浮いた。刹那、身長182センチのCTB尾ざきが飛び出し、パスを受けようとした慶大選手の手前に長い左手を伸ばしてポンと手前にはじき、右手に持ち替えて走りに走った。インターセプトだ。大きなストライドでスピードアップし、約80メートルを走り切った。

 嫌な流れを変える値千金のトライだった。尾ざきが笑う。あとでテレビ録画を見れば、スタンドの岩出監督の表情も緩んでいた。

 インターセプトを狙っていましたか?と聞くと、尾ざきはニヤリとして言った。

 「はい。たぶん、“パスするだろうな”って。あとはもう、“走り切れたら”と」

 その後も帝京大は慶大の厳しいディフェンスに苦しみ、相手の猛攻を受け続けた。でも、一瞬のスキを逃さない。慶大がPKからのタッチキックをミスし、自陣から反撃に転じた。ボールをうまくつなぎ、最後はSH小畑がトライを奪った。さらに8分後、今後は自陣からFB竹山が大幅ゲインし、相手ディフェンスの裏にキック、自分で捕って、フォローしたSO北村が左隅に飛び込んだ。

 ほとんど自陣での戦いを強いられながら、3トライを奪った。前半終了直前、左からの角度のあるPGを竹山が蹴り込んだ。この時、PGが外れた時に備えて、「広がれ~」というコールが出ていた。PKの選択の判断とリスクマネジメント。帝京大の選手は右隅まで横に並び、相手の逆襲に備えていたのだった。

 後半も防戦一方で、慶大に2トライを返された。ラスト5、6分はブレイクダウンを連取する形でボールをキープし、時間をつぶしにいった。2度、ボールを離さない「ノット・リリース・ザ・ボール」のペナルティーを吹かれた。それでもリードを守り切った。

 副将の竹山は「選択を誤ってしまいました」と説明した。電光掲示板の数字とレフリーの時計の違いを確認せず、残り時間がもっと短いと思っていたのだろう。反省する。

 「(監督から)あの時間帯からあそこ(自陣のポイント近場)で戦うのは成長を止めてしまうと言われました」  

 岩出監督は最後の場面を思い出し、「オモシロくないと思って見ていました」とこぼした。

 「あの時間帯なら、バーンと敵陣に蹴って入っていけば、ディフェンスからチャンスが生まれることもある。あんな保守的なラグビーはやめろよって。やっていて楽しいかって。楽しくないならやめた方がいい」

 帝京大は今季、春に明大、夏には明大、早大に敗れている。かつてあったフィジカルや体力、スキルの差は他校の努力でそれほど差が感じられなくなった。帝京包囲網が強まり、戦術、戦法も研究されている。でも、公式戦では負けそうになっても負けない。

 やはりチームとしての経験値があるからだろう。部内の激しい切磋琢磨、ラグビーという競技のナレッジ、つまり知識、理解度でもある。

 帝京大が負けない理由を聞けば、岩出監督はしばし、考えた。

 「難しい質問になりますけど、1人ひとりの個性が違うので、その個性をうまく見極めながらどう伸ばしていくのか。本人が気づけるような環境じゃないですか」

 いわばクラブのカルチャーか。また、監督はこうも漏らした。

 「こういう経験をさせてもらうと、また(チームは)強くなるよ」

 そういえば、冒頭の試合の決意の寄せ書きには尾ざきが「本気」、竹山は「丁寧さ」と書いた。

 次の相手は夏合宿で苦杯を喫した早大(11月4日・秩父宮)である。

 記者会見。竹山副将は言った。

 「きょうの経験をどうつなげるかが大事だと思います。油断することなく、80分間、ゲームを楽しみたい。次の試合がゴールじゃない。まだまだ成長できる」

 隣の岩出監督は竹山副将を見やり、こう笑いかけた。

 「有言実行で」

 記者から笑い声が起きた。

 「(早大は)100周年の伝統のあるチーム、記念すべき年です。ワセダさんには育ててもらったこともありますし、挑戦してきた思いもあります。感謝を込めてしっかり戦いたい」

 この謙虚さがコワい。プレーヤーとして、人間として。学生の成長を促す真剣勝負がつづくのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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