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「浅田真央絶賛」のメディアへの違和感

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

「これが浅田」。フリー自己最高点を出したソチ冬季五輪フィギュアスケートの浅田真央選手を、某全国紙は絶賛した。ほとんどのメディアがそうだった。確かにフリーの演技は素晴らしかった。でもショートプログラム(SP)の失敗演技(16位)が響き、総合6位となった。結果は結果。なぜメダルを取れなかったのか。

浅田選手の完ぺきに近いフリー演技に、ファンは感激の涙を流したことだろう。よくぞ失意の16位から立ち直った。浅田選手の姉の涙はともかく、テレビのスタジオも涙、涙のオンパレードである。

浅田選手のがんばりはすさまじかった。フリーは自己最高点(142・71点)だったが、それでも金メダルのソトニコワ選手(149・95点)、銀メダルのキム・ヨナ選手(144・19点)よりは低かった。

浅田選手は日本一愛される選手であるかもしれないけれど、世界一の「勝負師」ではなかったと思う。金メダルの期待がかかる中でのSPでは自分の演技を見失い、まさかの低得点に終わった。フリー演技までの一日は過酷な時間だったろう。浅田選手は見事、気持ちを切り替え、自分の演技に徹した。

ただ金メダルがかかったバンクーバー五輪のフリー演技と比べるのはナンセンスだろう。今回の浅田選手にはメダルへの重圧はほぼなかった。開き直って、自分の演技に集中するしかなかったのだ。

バンクーバー五輪で銀メダルに悔し泣きした浅田選手と、同五輪金メダルのキム・ヨナ選手の違いは何だったのか。努力家の浅田選手はこの4年間、調子を落としながらも、休まず、基本からスケーティング技術を改善してきた。今季も大会に出続けてきた。がんばった。がんばりすぎるほど、がんばってきた。

かたや、キム・ヨナ選手はバンクーバー五輪後長期間休養し、怪我したこともあり、今季も2、3回しか、大会で滑らなかった。五輪開幕前、某テレビで「大会に出続けた浅田選手が有利」と言った評論家がいたが、ほんとうにそうだったのか。はっきり言って、浅田選手にはバンクーバー五輪後、心身を休ませる休養が必要だったのではないか。とくにメンタルは疲れ切っていたのではないか。

それが団体戦のSPの失敗でダメージを受けた。環境が変わる場所を移しての調整も得策とは思えない。

メダル争いの土俵の外でのフリー演技だけを「会心のラストダンス」と絶賛するのはどうなのだろう。「五輪はメダルがすべてではないから」と言うのなら、なぜふだん、日本の多くのメディアは「メダル、メダル」と連呼し、期待するのか。応援団にならず、冷静に6位を分析するメディアがあってもいいと思う。

浅田選手に期待されていたのは、やはり「金メダル」だった。キム・ヨナ選手に勝つことだった。その実力はあったと思う。

でもメダルを逃した。なぜか。心身のコンディショニング失敗だったのではないか。スタッフを含め、4年に一度の五輪にピークを持っていく戦略が甘かった。運もなかった。残念ながら、それが現実なのだ。

ついでにいえば、浅田選手はソチ五輪での引退を示唆していた。前言撤回でもいいではないか。心身がリフレッシュするまで休養し、また滑りたくなったら復帰すればいい。やりたくなれば、次の平昌(ピョンチャン)五輪の金メダルに挑戦すればいい。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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